96 兄の名と虹の国。
《うん、名前をくれ》
『前の名前は嫌ですか』
《まぁ、俺を知るのが来て迷惑を掛けても困るしな》
『好きな食べ物はどうですか』
《んー、名前に使えそうなのは、無いな》
『アズール、普通はどう名付けますか』
「憧れた何か、でしょうか」
《憧れ》
「はい、有名な方でらっしゃったり、神の名からお借りする方もいらっしゃるそうです」
『好きな神様は何ですか』
《意外と、居ないな、寧ろ恨んでた方だからな》
『私は次は可愛い名前が良いなと思ってました、起きたら付いてました』
《そうか、似合う似合う》
『はい、ありがとうございます』
「あ、定番ですと、カインやアベルですね」
《マジか》
「概念が根本的に違いますから」
『罪を背負わされた可哀想で勇敢な子の名前、です』
「はい、兄弟殺しと言う罪を作る為だけに、その名を付けられた子供。だからこそ、今世では幸福にと、幸せにする為に名付けられる名の1つです」
《マジか》
『はい、マジです、どの学園にも必ず居ました』
《あぁ》
「ご希望が無ければ、候補をコチラでお出ししますが」
『お兄様の憧れの方は居ませんか』
《宮本 武蔵》
今なら分かります、私は尋ねるのが怖かったのだと思います。
あの殴られていた子の様に、怖かったのだと思います。
無視をされたく無いからです。
無視は何故か嫌だからです。
『どんな方ですか』
《ココの資料と、合わせて説明するか》
「はい、直ぐにご用意致します」
『有名な方ですか』
《文武両道で商売も上手い》
『成程、お兄様はそうなりたかった』
《あぁ、確かに、そうだな》
『今からでも出来ます、鍛えましょう』
《いや、けど》
『私のお兄様です、商売もしてお勉強も出来て、いずれ結婚して子を設けます。そうして子供や孫達の心配をしつつ、泣きながらこの世を去るんです、それが当然です』
馬も蝶も、番を作り子を成します。
生き物の当たり前を、人種の当たり前を、身近で見て知りたいです。
私は殆ど知らないから、知りたいです。
《まぁ、考えておく》
『はい』
知るのは、とても楽しいです。
知らなかった時に戻る事は有り得ません。
《ヒナに、俺で本当に良いんだろうか》
人種は器用で不器用だ。
生が短いせいか、知識を新たに吸収せねばならないせいか。
兎に角、人種は手間が掛かる。
「誰かにご相談なされば宜しいのでは、ココでは貴族ですら行っている事ですが」
《だが》
「ジュリア様やロミオ様に遠慮なさるなら、慣れてらっしゃる、飲み屋などに行かれては」
《あぁ、確かにな》
悪魔は人種が好きです。
だからこそ、とことん選り好みし、人種の命が潰えても復活させる程。
何度でも何度でも繰り返し、何度でも何度でも愛でる。
僕には全く分かりませんでした。
こんなに脆弱で愚かな種を、どうして寵愛するのか。
どうして守るのか。
『1人で出掛けて大丈夫でしょうか、今は夜です』
「既に成人してからかなり経ってらっしゃいますし、ヒナ様のお兄様は傷付ける者は、ココには誰も居りません」
今なら分かります。
守る事は楽しい、変化も愛おしく思えるのです。
『お兄様の顔を変えるべきでしょうか』
「確かに、ですがそこは了承を得た方が宜しいかと、人種は外見に依存し易い種だそうですから」
『あぁ、向こうは変えるのが大変ですから』
「はい、ですがヒナ様のお兄様ですし、意外と直ぐに受け入れるかも知れません」
『はい、お兄様は賢いですから』
気晴らしにもと、夜の街に出て頂きましたが。
彼は答えを見付け出せるのでしょうか。
《ただいま》
「お帰りなさいませ、早かったですね」
《あぁ》
確かに参考にはなったが。
結局は根本だ。
俺で良いかなんて、俺を知る者にしか答えは出せない。
「お名前の方はどうでしかた」
《そこは有意義だった、マスキュリズムから思い至ったんだが、ファレルにしようと思う》
「それは、ココでは単なる地名ですが」
《元は地方の単なる子供だった、だから太郎かファレル、どっちかだな》
「分かりました、では僕の提案と致しましては、レンズです」
《結構、良い名前過ぎるんだが》
「字は、透鏡、こう書くと知りました」
《成程》
「アナタは鏡であり凶器です、アナタが間違えばヒナ様も間違えてしまうかも知れない、その自覚を持って頂く為には最適だと判断致しました」
全てはヒナの為に。
そうだよな、俺が居るのはヒナが居たから。
あのまま向こうに帰されるか、死ぬか。
なら俺の全ては、ヒナに使うべき。
《そうする》
「いえ、熟考して頂いてからで」
《いや、ヒナを1番に考えた者が出した答えだし、俺にも馴染みが良い。それにする》
「もしかすれば、一生使う事になるんですよ」
《おう、だからレンズで良い。じゃあな、おやすみ》
「はい、おやすみなさいませ」
起きると、既に名前が決まっていました。
《どうだ?》
『キラキラしていそうで綺麗だと思います、夜でもピカピカしていそうです』
《だろ、で漢字だと、こうらしい》
『なんて読みますか』
《透鏡、レンズでもキョウでも良い、そう登録して貰った》
「はい、コチラでの名をレンズ、東の国では透鏡で登録させて頂きました」
『行きたいですか』
《いや、頭をガッチガチに固定すんのは嫌だ》
『ネネさんも言っていました、それで諦めたそうです』
《ヒナは行きたいか》
『いつか旅行に行きたいです、住むのは難しいです、着物は大変でした』
《あー、ちょっと苦しいもんな》
『はい、直ぐにお腹いっぱいになるので苦手です』
《それにサービエも、はい、苦い顔》
顔をくしゃっとさせると、ネネさんもお兄様も喜びます。
悔しいです、次は笑顔で喜ばせます。
『笑顔の練習をします』
《おうおう、頑張れ》
『はい、頑張ります』
今日は、私のお祖母様とヒナ様が会う日。
覚悟をしてはおりましたが、やっぱり緊張してしまいますわね。
《何故、今なのか、ですかしらね》
『はい、教えて貰えますか』
《ウチは3代以上続く貴族の家系、だからこそ、婚約者のお誘いも多い》
『断る為だけですか』
《以前は婚約の申し込みをして頂いた方だけに、お話していた事ですが。虹の国の復活が間近だからこそ、王族の方から知らせが届いたのです。もし良ければ、様子を伺いにだけでも来てくれないかと》
「えっ、ですが」
『戻れば虹の国の者となる、それは同時に帝国への恩返しも直接的には叶わなくなってしまう』
《はい、しかも私が居る国はココ、ゲヘナです。2国への恩を返し戻ったとて、風見鶏で有ると受け取られてしまうでしょう》
『では戻らないのですか』
《いいえ、私だけが戻るつもりです》
「お祖母様、どうして」
《今でも、あの場所が懐かしい、忘れられないの。けれど、アナタ達を巻き込むワケにはいかない。いつか、戻る事が出来るならと、ずっとそう思っていたの》
「何故、どうして、あんなにも苦労なさったって」
《嫌な事ばかりでは無いわ、良い事だって有ったの。でもアナタ達には無い、分かって貰うつもりは無いわ、コレは私の我儘なのだから》
民と共に逃げる為、食べ物も何もかも殆ど無い中、一緒に逃げ出す事がどれだけ大変だったか。
お祖母様はいつも、目に涙を浮かべながら話してらしたのに。
『私は少し分かります、私のお兄様は来訪者です、向こうを知る者と話している時はとても楽しそうでした。でも悲しそうで辛そうな時も有ります、私は、良い事も有ったのだと安心しました』
《ありがとう》
「でも、でも、私は苦労して頂きたく無いのです」
《償いたいの、逃げ出してしまった事を、見捨ててしまった事を》
「でも」
『いつ、何をすれば償いは終わりますか、どうすれば手助けが出来ますか』
《親の罪は親のモノ、親の借金は親のモノ、相続放棄をし継がない選択肢が存在する》
『では悪魔が子でも何もさせないつもりですか、コレを見せられても、何もするなと言いますか』
ヒナ様がお祖母様の目の前に行き、何かをお見せになったのか。
お祖母様は少し驚くと、暫く悩まれ。
《そうですね、私の問題は私だけで解決したい。ですが、その事を悲しんで欲しくは無い、寧ろ誇って欲しい》
『分かりません』
《私が作った不味い料理を、捨てる事も誰かに食べさせる事もしたくは無い。それに、私には苦くても美味しい味なんです》
私は分かった気がしてしまいました。
私が不味く作ってしまったお菓子を、誰かに食べさせたくは無い。
しかも私が美味しいとも思えるなら、私は捨てず食べて終わらせたい。
『なら、美味しく食べて下さい、でなければ私達が勝手に食べます』
《それは困るわね、ならしっかり、美味しく食べなければならないわね》
「分かりますわ、でも私は、とても寂しい」
《私は帝国では無くココでも貴族として生きてきたのよ、いつかアナタが何の遠慮も無しに来れる様にするわ、だから待っていて》
お祖母様は私の祖母である前に、貴族。
貴族とは、民と国を繋ぐ者、民と国を思う事が仕事。
お祖母様は最後まで貴族として生きると決めた方。
もう、私には止められない。
止める理由が見つかりません。
「はい」
まさか、孫娘が連れて来た方が。
まさか、次代の悪魔の女王だとは。
《巻き込んでしまい、申し訳御座いませんでした》
『まだ分からない事が有ります、何故、言わなかったのですか』
《ふふふ、もし良いお友達だろうとも悪しきお友達であろうとも、孫娘に話すには良い機会になる。言い出し難かったのです、私の我儘を、罪悪感を孫娘に話す事に躊躇いが有った》
『お婆さんでも、ですか』
《そうなの、大人を通り過ぎても、私にはとても難しい決断だった》
本当に孫娘を置いてまで行くべきか。
もう、行っても良いのか。
ずっと、決断が出来ずに居た。
『先程決めましたか』
《良い友人が居るなら、あの子はどんな事を言われようとも折れない。なら、寧ろ私は行くべきです》
『私のせいですか』
《いいえ、違うの、コレが私の運命。そうであって欲しい道なの》
『私はまだ友人ではありません』
《けれど、きっとあの子が困っていたら、きっとアナタは助けてくれる。違うかしら?》
大人より狡いのが老人、なのです。
まだ若く幼い女王に、私は大変失礼な事をしてしまいましたが。
いつか女王なら、分かって下さる筈。
最後の最後まで、親は親なのだと。
『分かりません、心配なら長生きして下さい、手を貸すかどうかはアナタ達次第です』
《はい、女王はご賢明であらせられます。どうか、コレからも民をお導き下さい》
『はい、勿論です』
私の最後の場所が決まりました。
孫娘も、この国も安泰だ、と分かったのですから。




