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93 お兄様の1日。

 俺の1日はドアのノックで始まる。


 来た当初から、良い意味で俺を大人扱いし、決して誰も立ち入ろうとはしない。

 それは行動に関しても、この部屋に関しても同じく。


 そして俺が部屋から顔を出すまで、そのノックを続けるのは灰色兎。


 偶に黒いネコを持っていたりいなかったりするが、今日は持っていない。

 そして俺が部屋から顔を出すと、一礼し、立ち去る。


 それから俺は支度をし、朝食の席に向かう。


 ぶっちゃけ、異世界だと言われなければ分からないだろう住環境が整っている。

 金属の剃刀に、シャワー、しかも捻る角度で温度を操作出来る状態。


 身体と頭を洗うのは固形石鹼だが、匂いは良いし洗い上がりも悪く無い。

 それにメシもだ。


《おはよう》

『おはようございます、今日は豆腐とワカメの味噌汁です』


《そうか、頂きます》

『はい、頂きます』


 俺が体調を崩して以来、納豆が常備されたせいかヒナも和食が多くなった。

 向こうでも多少は馴染みの味が有るらしい、ただ、それが少ない事が俺の鳩尾を抉る。


 ヒナには母親の味が無い。

 

 殆どが素麵かうどん、それと母親の食べ残し。

 いっちょ前に体型は気にしていたらしく、ヒナが食べて良い場所、冷蔵庫の1番背の低い場所に食べ残しを置いていたらしい。


 そこで食いかけの食べ物は食えていたらしいが、暖かい食べ物。

 特に手作り料理の記憶は殆ど無いらしい。


 この話をネネにも聞かせたら、同じく血反吐が吹き上がったらしいが。

 泣くよりも怒りだった。


《ご馳走様でした》

『ご馳走様でした』


 それと、ヒナの中の家族との食事中に会話する、と言う当たり前も無い。

 ネネは友人だからこそ、お喋りしながら食べる、と言う理論が構築されているらしい。




《お、時間通りだな》

「はい、でも今日はアズールと行きます、帰りもアズールに迎えに来て貰います」

「畏まりました」


《気を付けてな》

『はい、行ってきます』


 朝食後に着替えてから、学園へ。

 以前は貴族用の学園に行っていたらしいが、少し問題が有り、間を空けて今の学園に入ったらしい。


 しかも、その問題も転移者。

 正直、ネネが稀有に見えるが、割合は3:7。


 悪魔に飼われている人種の中にも、マトモなのも居るが。

 ココの倫理観だ死生観に未だに馴染めず、俺がその仲立ち、カウンセラーになる事も仕事の1つになった。


 ネネも納得が難しかったらしいが、それはあくまでも大多数であり恵まれた者だからこそ。

 そして、本当に納得して良いのか、そうした情報精査の為の必要な摩擦。


 実際、俺はココの価値観になんら疑問は無い。

 中途半端に産み育てられる位なら、どうして産んだんだ、どうして預けなかったんだと。


 あぁ、灰色兎とネコはいつもの場所か。

 今日は天気が良いからな。




《はぁ、触って良いか、灰色兎》

《どうぞ》


 どうしてか、灰色兎が喋れないと思い込んでいた俺は、返事に驚かされた。


《アンタ、話せるのか》

《はい、この言語はヒナ様の加護のお陰です》


 だから日本語なのか。


《そっか、アイツ何で教えてくれて無いんだ》


 予想としては独占欲か、単に忘れていたか、俺に合わせ敢えて紹介しなかったか。


《多分、単にご説明を忘れているだけかと、俺に興味が無さそうでしたから》


 それは無いな、なら敢えてか。


《いや正直、無心を装ってはいたが、物凄く触りたかった》


 俺には居ないが、灰色兎はヒナの魔獣。

 主従関係を築いている。


 だからこそ、本当の事は僅かにしか聞けないだろう、と思ってはいる。


《でしたら、もしかすれば、敢えて言わなかったのかと》


 ソレが何故か、だ。

 なら、本音を引き出す為の技、敢えて真逆を話し探ってみるか。


《あぁ、アイツ最近、俺への意地悪を覚えたからな。この前はアイスをくれなかったんだぞ》

《でしたら初めての事、かと、ココでは特には無かった筈ですから》


 コレは意外だった。

 俺の頭に全く無かった。


《マジかぁ、いや、だよなぁ》


 思わず頭を抱えた。

 何処までも無邪気な子供が出来無い原因は、最も近しい者との接点が殆ど無かったからだ。


 だからこそ、意地悪だなんて危険な賭けはヒナの頭には無かった。


《あの、どうぞ、大概の部分なら触られても問題は有りませんから》


 灰色兎は良いヤツだ。

 幾ら魔法が有ろうと、俺ならこんな男に撫で回されるのは嫌だ。


 しかも、他で散々に嫌な目に遭っていたら。


《あぁ、助かる》


 動物は飼った事が無いし、付き合いでネコカフェだのには行った事は有るが。

 何の興味も無かった。


 手間と時間と金が掛る、俺にとっては必要の無いモノ、だった。


 けれどコレは凄い。

 どんな高級な毛皮よりも手触りが良い、しかも暖かく匂わない。


 吸い付く気持ちが良く分かる。


《あの、どうかしましたか》


 そうだった、ヒナの事だったな。


《悪戯は、意地悪は子供の特権なんだ。そうやって何処まで安全か、何処からがダメか学んで、次は他人との関係に生かす》


 この毛皮、トぶな。


《成程、確かに幼い兄弟姉妹も、そうでしたが》

《酷いといきなり試し行為になるんだ、悪戯じゃなく許されるかどうか、になる》


《あぁ、悪霊種や妖精種みたいですね》

《そこも関わるのかぁああああ》


 ココには人種以外が寧ろ多く居る。

 そして例え人種でも、純粋な人種は俺ら転移者のみ、必ず何かからの影響を受ける事になる。


 まだ日が浅いのと、周囲に人種の外見ばかりで、しかも問題が無いせいだ。

 その当たり前を、つい忘れる。


《問題ですか》

《いや、半ばコレは俺の問題だな、情報の整理が必要だ》


《成程》

《少し手伝ってくれないか》


《はい、俺で良ければ》


 そこからは少々脱線し、灰色兎の予備人員確保の件が出たが。

 解決案が出たんで、それも相まって悪魔に相談へ向かった。




「悪戯、意地悪が無い、か」

《あぁ、向こうを分かる者じゃないと分からないと思ったんだ。その問題や、対処について》


「君は、どうすれば良いと思っているんだろうか」

《正直、悪魔の性質だ、で終わるなら問題無いと思う。だが、ヒナの思考に悪魔はさして混ざって無いんじゃないか》


「観察者による、その殆どは悪魔の知恵を使い、自らで出した答え。それを悪魔の思考だ、と言うのなら、そうなのだろう」

《なら俺から見てヒナは虐待されていた向こうの子供のままだ、けどヒナはココで生きる、何処まで俺の中で考えを融合させたら良いか分からない。どうすれば良いのか、何が最善なのか、その指標が欲しい》


「では、ココの者が持っていると思うか、その指標を」


 悪魔バルバトスの答えは、要は各々其々、だった。


《確かに、完璧な育児本が有ったら、誰も苦労はしない》

「妖精種でも人種に惹かれず、悪戯をしない者も居る。その逆も同じ事、ただ、悪戯に関して言えば間違い無く愛着形成に問題が有ると言えるだろう」


《最初は、弟が心配で勉強したんだが、弟は》

「悪戯は幼い頃だけ、だからこそ、この問題が抜けていた」


《あぁ》


「だが、良く考えて欲しい。何故、どうして、優しく思い遣りの有る弟が君と縁を切ったのか」


《まさか》

「大多数なら、相手は異性、けれど見本となる者が居なかった。幾ばくか失敗し、君のせいにした」


《はぁ、相談してくれれば》

「コレ以上、迷惑を掛けたく無かった、心配を掛けたく無かった。けれど、許せない、自分も君も」


《アイツ、何をしたんですか》

「いや、相手が悪かっただけだ」


 好きだって言うクセに、私に興味が無さそうで本当に意味が分からない、だから家族が居ない人って面倒なのよ。


 水晶玉に映った弟は、そう吐き捨てた女に真っ青になりながら謝り、相手の要求通りに別れた。

 それは脅迫文が届く、少し前。


 そうして弟は、恋愛の失敗と俺を結び付けた。

 兄弟共に愛着に問題が有る、と。


《俺の、何がいけなかったんでしょうか》


「全てを話せとは言わない、だが本音とは、距離だ。幾ら近くに居ようとも、本音を出さなければ距離が縮まる事は無い。君達は互いに思い合い、敢えて踏み込まず遠慮し続け、本当に親しい者との距離を見失った」


《それでも、俺は、言えなかった》

「味方が互いに1人だけ、なら、遠慮もまた仕方の無い事だろう」


 弟は俺に甘えられなかった。

 俺は弟に本当の事を言えなかった。


 母親の事も。

 仕事の事も。


《はぁ、すみません、もう少し考えてみます》

「あぁ、それと案についてだ、一体何を思い付いたんだろうか」


《分かってるのでは》

「殆どの悪魔は楽しみをパンドラボックスに入れ、敢えて聞く事を楽しんでいる、私もその1人だ」


《簡単です、きっと今日中に解決します、ココなら》

「ほう、では協力を対価とし、この耳で聞かせて貰おう」


 そうして俺は灰色兎の予備の解決案について、協力を得る事が出来た。




『アズールが大きくなって、しかも、もふもふ』

《灰色兎には及ばないが、かなりのもふもふだぞ》


『もふもふ、コレで一緒に眠ってくれるんですか』

「はい、ヒナ様が嫌でなければ」


『嫌じゃないです、でもアズールは良いんですか』

「はい、勿論」


『もふもふ』


 案とは、着ぐるみだった。

 大した事では無いけれど、我慢させる事も無く、予備は幾らでも用意出来る案。


 最大の賭けは、ヒナが気に入るかどうかだった。

 だが勝算は有った。


 ヒナは肌触りもそうだが、温もりと反応が欲しいからこそ、ぬいぐるみでは無く灰色兎を得た。

 ならお気に入りのアズールなら、間違い無く気に入る筈だろう、と。


 賭けに買った。

 ヒナは満足げに青年サイズの着ぐるみアズールに包まれ、小さい手でもしゅもしゅと肌触りを堪能している。


《どうだ、灰色兎》

《俺にしてみれば、まだまだ、ですけどね》

『灰色兎は最高ですから、でもコレで、灰色兎が離れても大丈夫だと思います』


《申し訳御座いません》

『いえ、家族を作って下さい、コレは増えるべき素晴らしい血筋です』

《だな》


 後は、悪戯と愛着、意地悪についてネネと相談だな。

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