91 執事と使用人の1日。
日の出と共に目覚め、朝食の準備の最後の確認をし、ヒナ様を起こしに行きま
す。
「おはようございます」
『おはようございます』
「朝食はどうなさいますか」
『納豆にします、ごはんにします』
「はい、準備して参ります」
『うん、はい』
「宜しくお願いしますね、灰色兎」
《はい》
僕は朝食の指示を出しに向かい、灰色兎はヒナ様を鏡台の前まで連れて行き、櫛を持たせるとヒナ様はネコにブラッシングを始めます。
そして朝食の指示を終えた僕は部屋に戻り、灰色兎には自身の身支度とヒナ様のお兄様を起こして頂き、僕はヒナ様の身支度の補佐をします。
『長いのは邪魔です』
「ですけどネネ様やジュリア様のお気に入りですよ、今日はどの様にしましょうか」
因みに、こうしている間も、ネコへのブラッシングが行われています。
『いつもと違うのにします、オススメをお願いします』
「はい、畏まりました」
ご要望にお答えし、今日はフルアップにします。
そこに幾つか編み込みを混ぜ、学園指定のリボンを付けて、終わります。
『お味噌汁の匂い』
「今日はお豆腐とワカメだそうです」
お腹が鳴ると、ヒナ様は完全に目を覚まします。
『行きます』
「はい」
そして食事を終えるまでお傍に居り、ヒナ様とお部屋に戻り歯磨き等を終える間に、寝室を綺麗にし学園用の道具と制服の再確認します。
『磨きました』
「はい、ではお着替えを致しましょうか」
『はい』
そうして準備を終える頃には、学園へ向かう時間となります。
《お、時間通りだな》
「はい、でも今日はアズールと行きます、帰りもアズールに迎えに来て貰います」
「畏まりました」
《行ってらっしゃいませ》
《気を付けてな》
『はい、行ってきます』
庶民用では相当の事由が無けれ徒歩で通います、体力面は勿論、周囲の者が無事を確認する為です。
《あら、今日は彼なのね、おはよう》
『はい、おはようございます』
向こうでは事件の殆どが顔見知りの犯行、そしてココでも同様の割合なので、こうした挨拶は基本となっています。
防犯の為、抑止の為の基本です。
「ただいま戻りました」
《ヒナ様のお兄様はお出掛けなさいました、俺の事で良い案が出た、と。恐らく、悪魔貴族の方の家かと》
「そうでしたか、他には何か変わりは有りませんでしたか」
《はい》
「分かりました、ありがとうございます、引き続きお世話を宜しくお願いします」
《はい》
灰色兎の仕事は少ないですが、それも今だけ。
いずれは家庭を持ち、忙しくなる身。
だからこそ、特に気にする必要は無いと言ったのですが。
相変わらず、幾ばくか申し訳無さが漂っている。
「僕が成せない事です、それまでの束の間の休養だと思って下さい、そしてそれは事実です」
《はい、ありがとうございます》
灰色兎の杞憂は消えない。
確かに知識は浅いが、代え難いモノを持っている。
数多の人種を魅了する、最高峰の手触りの毛皮を有している。
それは知識だけでは補えない、安らぎや喜びを齎すもの。
足りないのではなく、持っているモノが違うだけ、なんですが。
灰色兎はまだ若い。
しかも寿命は人種の半分。
出来るなら、直ぐにも結婚して頂くべきなのですが。
あの不安定なヒナ様を見ると、もう少し待って頂く必要が有る。
「すみません、もう少しだけ、宜しくお願いします」
《はい、勿論です》
問題は代替案。
成功して頂けると良いのですが。
『あ、お帰りなさいませ』
「ただいま戻りました、何か変わりは無いですか」
『はい、つつがなく』
「では引き続き、宜しくお願い致します」
『はい』
私は女王様の侍女とは知らず引き受けてしまったのですが。
とても、良い職場です。
幼く見えますが、立派な執事、多分ですが国1番の毛並みを持つ灰色兎。
料理人は新しい事が大好きな、温厚で優しそうな顔の妖精種のニッセ属、通称じいじ。
屋内の雑用には、寡黙だけれど凛々しい女性ブラウニー属は、通称ラニ。
屋外担当のドモヴォイ属は、とても強面だけれど、閉所恐怖症。
皆さん、とっても勤勉で。
正直、何故私が雇用されたのか、全く分かりません。
いえ、確かに補佐はしますが。
それはとても稀です。
《あの》
『はい、何なりと』
《庭に、菜園を少し、作りたいのですが》
『ほう』
《もしかすれば、俺の親族が、気に入るかも知れないので》
『確かに、それは良い案ですね。では早速、お買い物に出掛けましょうか』
《はい》
正直、お嫁さんになる方が羨ましいです。
滅多に触る事は無いのですが。
もう、本当に凄いんですよ、このモフモフ。
なので外出には必ずコートを着用。
ですので夏場は多分、引き籠られるかと思います、どうしても目立ってしまいますから。
でも、刈って頂きたくはない。
勿体無いです、あまりにも勿体無い。
そしてヒナ様が仰る通り、是非、広まるべき種です。
「菜園か」
《はい》
『まだ、何か足りませんかね?』
「いや、問題無い、全て自分でしたいんだな」
《はい、ただ、教えて頂けると助かります》
「問題無い」
『では、宜しくお願い致しますね』
《ありがとうございました》
「先ずはこの一画から、手本を見せる」
《はい》
私には嫌な記憶が有る。
あまりにも醜い子だからと、小屋に閉じ込められていた記憶。
長い間、真っ暗で狭い場所に閉じ込められ。
精霊種と言えど死が間近に迫った程だった。
「後は都度教える」
《はい》
だからこそ、私は屋内には入れない。
そして夜は、ガラスで出来た温室で眠る。
それを許す主人は、そう多くない。
そして人種は、直ぐに死んでしまう。
「大丈夫だ、問題無い」
《はい》
私は人種が怖い。
私の母も父も人種だった。
そして兄も、妹も。
私だけが、妖精種だった。
私だけ、産まれて直ぐに祝福されなかった。
だが、妹が助けてくれた。
小さな妹だけが、私を助けてくれた。
私を、あの小屋から出してくれた。
「問題無い、次を教える」
《はい》
もう、家族は途絶えた。
家族の居た国は潰え、家族も寿命が尽き。
血縁は、誰も居ない。
「時間を掛けて構わない、出来るだけこの畝と同じ様にするだけだ」
《はい》
私は、このまま寿命を終えるつもりだ。
家族を持たず、ただ誰かに仕えるだけ。
だがヒナ様を家族の様に思っている。
あの小さな妹に、あの真っ直ぐさが良く似ているからだ。
私は、ココに仕えられて良かったと思う。
私は血より、この私の知恵を、継承させたいと思う。
「筋が良い、その調子だ」
《はい》
料理とは芸術です、新しいは素晴らしい事です。
《成程、コレを植える、と》
《はい、1つだけ成長させて頂きました》
『美味しそう、やっぱ採れたてですよね』
《はい、ですが、如何ですか》
《良い、良いですよ、実に良い》
きっと、食卓をご一緒したいのでしょう。
ですが、かなりの食性の違いが有りますから、はい。
そこで、コレです。
菜園で育てられた野菜を、共に食す。
良いですね、実に良い。
ミツバ料理、頑張らせて頂きましょう。
『試食』
『はい、是非』
私は人種が好きで好きで好き過ぎて、緊張してしまうブラウニー属。
ヒナ様も大好きだけれど、今の私のお気に入りはこの侍女。
可愛い。
何故、自分がココに雇われたのか全く分かっていない所など、可愛いとしか言いようが無い。
しかも、私を凛々しい等と勘違いしている所も、もう本当に堪らなく可愛い。
『頂きます』
『はい、どうぞ』
以前にヒナ様がネギより食べ易いと仰っていた、ミツバ。
確かに香りが良く歯触りも有り、美味しい。
本来なら、私も料理が出来る筈なのですが。
はい、精霊との繋がりの中に料理は全く無く、料理以外の家事全般なのです。
なのに栄養補給は主に食事。
ブラウニーやシルキーは光合成や魔力で補うのですが、私は食事一辺倒。
はい、稀有です。
大体は出来ます。
なのでガッカリされると、消えてしまいそうになる。
と言うか消え掛けた事も有ります、あまりの情けなさに、恥ずかしさに消え掛けました。
『私は美味しいと思います』
『ですよねぇ、育ったら灰色兎と共にお庭でお食事会をするつもなんです』
『あぁ』
『皆でお食事、楽しみですよね』
『はい』
彼女はこの家の繋ぎ、中和剤で緩衝材。
どうしてか私達使用人は、絶望的に相性が悪い。
けれど、彼女が居る事で連携が取れる。
居なくてはならない存在なのに、その自覚が無いのが堪らなく可愛い。
『あ、帰って来た?ヒナ様には内緒でお願いしますね』
『はい、行きましょう』
跳ねる様に歩いて、可愛い。




