89 学園と可哀想について。
引っ越しをして、庶民用の学園に入りました。
家も使用人もそのままです、家ごと引っ越しました。
《あら、今日はお兄さんなのね、おはよう》
『はい、おはようございます』
彼女は近所になったお花屋さんのおばさんです。
毎朝、挨拶をしてくれます。
貴族用は何処でも通えますが、庶民用はその地区に家が無いと通えません。
なので貴族の子供でも、ココに引っ越して通う必要が有ります。
「おはようございます、ヒナ様」
《ヒナ様、おはよー》
『おはよー』
『はい、おはようございます』
ココでは貴族令嬢と、庶民の男の子と女の子と一緒に過ごしています。
「ヒナ様、私塾には行かれませんの?」
『はい、家で暫くゆっくり過ごします』
《家、中庭凄そー》
『遊びに行って良いー?』
『はい、皆さんどうぞ』
『やったー』
《わーい》
「ちょっ、もう、私は遠慮させて頂きますわ」
『何故ですか』
「お作法が気になって何か言ってしまいそうなんですもの、後日にさせて頂きますわね」
『そうですか、気遣いが出来て偉いですねヴァイオレットは』
「と、当然ですわ、違いは時に諍いを生んでしまいますもの」
『はい、気にしないが出来無いなら控えるのが当然です』
「勿論、出来る者がして当然の事、ですもの」
ヴァイオレットは以前の貴族令息とは違い、庶民の子に色々と言います。
でも言うべき時にだけです、我慢も出来る子です。
『折角です、アナタには招待状を出します』
「あ、ありがとうございます、楽しみにしておりますわ」
そして今日は、体験授業です。
自分とは違う生き物を体験出来る授業の日です。
『少し分かった気がします、可哀想について。最も生きるのが不得手な人種の感覚を知りました、とてもつまらない紙芝居みたいでした』
相当に衝撃的だったらしく、珍しく急ぎのお誘いが入り。
全てをすっぽかし、ヒナちゃんの家に来ました。
「成程」
『後から例えて貰って良く分かったのですが、字は私のひらがなの字だけで、大きさも大中小だけ。白い紙に黒い文字だけで、匂いも味も殆ど無くて、音も一定で殆ど無い紙芝居みたいなんです』
「情報がかなり限られている、と」
『その分、余分な情報、雑音も殆ど無いんです。前の私に似てました、知らないから分からない、だからいっぱい考える。でも答え合わせはいつも間違うんです。知らないから、分からないから、似た事なのに全く違う様に思っているんです』
「聞く限り、サイコパスや何かの感覚、でしょうか」
『はい、それらを混ぜたモノだそうです。今なら良く分かります、情報量が多いか少ないか、精霊種は情報量が多くて大変だと分かりました』
確かに、精霊種は精霊と繋がっている。
その分だけ情報量が多い。
その分だけ、受ける刺激も多い。
「では、精霊種に、可哀想だと思ったのでしょうか」
『いえ、生きるのが不得手な者を可哀想に思いました。分かりたいのに分からないまま、知りたいのに知らないままは可哀想だと思いました』
あぁ。
確かに、言いたくなる気持ちが分かりました。
「大昔の映画で、分からない事が分からない方がマシだ、そんなセリフを聞いた事が有ります。それに本でも、頭が良くなったネズミと人の話です。分からなかった事が分かり、また分からなくなる、それが怖くて悲しいのに止められない。どちらも大泣きしました、私にも何処かに経験が残っているからこそ、悲しかったのだと思います」
『どんな、事でしょうか』
「多分ですが、学校で綺麗なリボン結びが出来なくて、どうしても縦になってしまって揶揄われたんです。上手く出来無い事が悔しいのに、更に揶揄われて悲しくなった。皆が出来るのに、私だけが出来無い、初めて劣っている事を嫌に思ったんです」
『比較が出来る事は思い遣りに繋がります、でも致命的で無ければ比較を続ける事は良くない事です』
「その理屈を私も周りの子も知らなかった、それが間違いだと指摘する賢い大人も周りに居なくて、私は家に帰ると泣きながら黙って練習しました。でも家族が異変に気付き助けてくれました、似てるけれど少し違う、正しい結び方を教えてくれました」
『家族は見本で支えです』
「はい、その後で教えて貰いました。成長には個体差や個性が有る、だからこそ出来無い事を評うのは恥ずかしい事なので、してはいけないと教わりました。それから数年後、映画を見て大泣きしました。出来無い事が悔しくて恥ずかしいのが良く分かる、それは過去の出来事を覚えていたからだと思います。でも、例の評った子は、良く分からないと言っていました」
『教育されなかったのですか』
「いいえ、どうやら情報量が少ない子だったらしく、暫くして学校から居なくなりました。それから数年後、今度は本を読みました、また泣きました。それから考えました、あの子は今でも分からないままなら楽なのかも知れない、と」
『分かっていない事を分からないなら、劣等感を感じないそうです』
「はい、なのでヒナちゃんの事は躊躇いました。知ってしまう悲しさ、怖さが有りました」
『だから私に何も聞かずに、何も言わなかったんですね』
「大体半分はそうですが、もう半分はどうしたら良いのか分からなかったからです。ユノちゃんは、聞かれたり問題が起きた時だけ、その事だけ先ずは解決すれば良いと言ってくれていたんですが。それが本当に最善なのか、問題を見過ごしてはいないか、常に葛藤が有りました」
『不愉快では有りませんでした、知らなかったから、でも今はあまり悩んで欲しくないです』
「そこは大丈夫です、お兄様も居ますし、ヒナちゃんは成長している事が良く分かりますから」
『不便な苗木だとは思いますが、恩返しがしたいです』
「なら綺麗な花や実を付けてくれると嬉しいですね、そして枯れずに無理せずに、生を全うして欲しい」
『だから苗なんですね、私の寿命がいつ終わるのか分からないから』
「終わりは、私は有った方が良いと思います。大きな悲しい事を忘れる事は、老いても尚無理なモノは無理、だそうですから」
『お祖父さんですか』
「ですね、目の前で交通事故で子供を亡くしたそうで、忘れられないと言っていましたから」
『忘れたくない思い出と一緒だと大変ですね』
「ですね、どうでも良い事なら、簡単に忘れられるのが人種ですから」
白黒の子供の写真について尋ねた時、直ぐには教えてくれなかった。
そりゃそうですよ、子供に子供の死について言うのは、辛い筈なんですから。
『安心して下さい、悪魔は悪魔により一時的に記憶を封じられます。ふとした時に思い出してしまうそうですが、ちゃんと嫌な事は忘れる事も出来ます』
「そうなんですね、良かった」
『まだ私には分かりませんが、可哀想だと思える事は、知っているからこそだと思います。ネネさんは悲しい事を知っていて、有効活用して偉いと思います』
「有効活用」
『優しいに使えてます、それは配慮で有効活用です、悲しや可哀想が活きてます』
「成程」
『私にはまだ分からない部分も有ります、知らなくて大丈夫でしょうか、優しく出来るでしょうか』
「賢いなら、応用が利くと思います。似た事を知っていれば、賢いなら、応用出来る筈」
『では失恋は知らない様にします』
「是非回避して下さい、いつか別れで悲しさを充分に理解出来る筈ですから」
『早く死なないで下さい、相応の寿命まで生きて欲しいです』
「はい、気を付けますね」
『可哀想じゃないけれど、悲しいです』
「人種は短命ですし、私の方が年上ですからね。出来るだけ幸せに生きる様にします、苦痛からは走って逃げ出します」
『そうして下さい、苦しんで欲しくないです、可哀想になって欲しくないです』
「私も、そう思ってます、お互いに幸せになりましょうね」
『はい』
可哀想、について学んだらしい。
《どの位、分かったと思う》
『半分位、だと思います。そうかも知れないとの想定です、分からなくても可哀想だとは思いません、其々に良さが有りますから』
《なら、なりたいか》
『いいえ、今はなりたくないです、したい事の邪魔になります』
《なら、いつならなりたい》
『分かりません、分からなくて良かった事が無いです』
《だよな、俺もそんな事なんて無いと思ってた、知らなかった事をこんなに後悔するだなんて思わなかった》
『知る事が怖い事だと思いました、まだ痛そうです』
《すまん、本当に、箍が外れたらしい》
『泣きますか』
《いや、出ない程度なんだなコレが》
『大人で男だからですか』
《いや、情けなさが勝ってるんだと思う、泣く資格も無いと思ってる》
『資格が必要ですか』
《時と事情によるが、俺には資格が無いと思う。俺には調べる事が出来た、なのに調べず決め付けて、害した》
『彼女は害したと責めますか』
《いや、だから、余計に申し訳無いんだと思う》
ココ数日、ヒナとマトモに対話が出来て無い。
結論や結果、確定的な事が言えない。
確実に気を使わせている。
『私が可哀想を知る方法は何だと思いますか』
気にしてくれてると思った傍から、血反吐質問か。
いや、気にしてはいるが。
何も知らない子供だからな。
《良く似てるけど違う、自分より不便そうだ、からだな》
『探す必要が有りますが今はお休みです、散策に行きますか』
ほら、気にしてはくれてるんだ。
けど、可哀想が抜けてるんだよな。
《よし、行ってみるか、意外と出会うかもだしな》
『それは困ります、今は休養期間です』
《あぁ、そうだな》




