87 悲しみと葛藤。
「なんてモノを見せますか、思わず同情しそうになりましたよ」
《ココで泣かないから、王子様に見初められたんだろうな》
「血反吐で溺れそうですが、私は死にませんから」
《俺は、死にそうだ》
良い大人の男が泣いている。
反省し、後悔している。
壊したかったのに、間違えた。
巻き込む相手を間違えた。
「そうでしょうね」
《俺達の事で、怒ってくれた大人は、初めてだった》
大泣きしてくれてて助かります。
堪えてますが目から出てしまってますから、血反吐。
「運が悪かったんです、犯罪を誘発しない子の方が多いんですから」
《けどさ、この父親であの母親だろ。無理だろ、アレだぞ》
彼の母親は酒と男に依存せずには居られなかった。
そして父親は、離婚以外には無いのに粘った。
アレはもう、愛と言うより保身にしか見えなかった。
そして、そんな姿を晒す事で、更に相手を傷付けているのに。
決して、諦めようとはしなかった。
愛しているから、と言い訳をし、最後に言いたくない事までも娘にまで言わせた。
そうして家族全員から、本当に嫌われる醜態を晒した。
あの言葉を引き出したのは、あの父親だ。
「隔世遺伝です、そこそこ賢い遺伝子がお2人、3人に入った。ですけどそこそこだから苦しい、中途半端に賢いなりの辛さ、愚か者の辛さ。其々です、愚か者だったなら餌食になっていた、餌食になるかソチラ側しか無かった」
《アンタが被害に遭ってたかも知れない》
「だとしても、現代の鍛冶師が包丁による殺傷事件で責任を取っていたら、手作り包丁は全滅ですよ。それとも手引き書はアナタしか書いていなかったのか、違う筈です、優秀だからこそ何人もが手に取った」
《けれど、俺が》
「実際は分かりませんが、アナタは視野狭窄に陥っていた、そして復讐心も有ったが為に愚策を弄した。鞭打ちの刑だろうが皮剥ぎの刑だろうが受ければ良いですけど、死刑になる必要性は感じません、反省し悔いているなら特に」
ココまで悔いてくれたら、きっと、あの男を許せるだろう。
そしてあの親子も、ココまで父親が反省していたなら、あんな切り札は出さなかっただろう。
《本当に、悪かった》
ドアの向こうには、女王の兄とネネ。
ネネは本当に心配していた、女王の兄を。
「“死に掛けましたね”」
《“あぁ、だな、あんなになったのは初めてだ”》
「“見事な大泣きからの過呼吸でした”」
《“アンタだって泣いただろ”》
「“そのアンタって、お前って言わない配慮ですよね、母親が言われてキレてた後遺症ですか?”」
《“流石、王子様に見初められる女は違うな”》
「“あぁ言えばこう言う、本当に口の減らない年増、だから向こうでも良い年して独身なんですよ可哀想”」
《“可哀想なオジサンに少しは優しくしても良いんじゃないか?”》
「“あ、タルタルチキン南蛮作って作って差し上げましょうか、若葉マーク仕様で”」
《“アレは本当にダメだ、次はマジで死ぬ。って言うか鶏の半生はマジでダメだろ”》
「“そうなんですよ、優しさって毒にもなるみたいですから、私からの優しさは捨てておきますね”」
《“結婚して欲しい”》
「“良い男と、ですよね、アナタ以外としますから安心して下さい”」
《“そうだよな、こんな血筋じゃな”》
「“言っておきますけど血筋で選んだワケじゃないですし、問題は血筋じゃない、アナタです”」
《“手加減してくれよ、マジで死ぬ”》
「“いやもう、その手法を間近で見たので本当に無理です、アレは本当に良い勉強になりました”」
《“もう引っ掛かるんじゃないぞ”》
「“本当、そうですわね、お兄様も善人と悪人をもう少し見分けられると良いですわね”」
《“血反吐が溢れそうなんだが”》
「“出せば良いじゃないですか、もうアレだけ大泣きしてる姿を晒してるんですから、溺れるよりマシでは”」
《“男には男のプライドが有る”》
「“じゃあ耐えろ、頑張れ”」
ネネ達の言葉は少ししか分からないけれど。
仲良さげに会話している事は、このドア越しにも伝わる。
それに、言葉が崩れる事も。
《“本当に憎たらしい、落ちる気配も無いとか本当に失礼だな”》
「“プライドがバキバキに折れて崩れ落ちろ、そして惚れた女に遊ばれて同じ苦しみを味わうが良い”」
あぁ、ネネが本当に気を許している。
僕らのネネなのに。
《“兄貴似か”》
「“コレは姉です、私の為に呪いの言葉を作ってくれました”」
《“心底羨ましい”》
「“でしょうね、同じ人生は私には無理です、きっと壊れて弟を守れなかったでしょう”」
《“いや、無いね、アンタは意外と気が強い”》
「“強くなったんです、泣き虫で引っ込み思案でしたから”」
《“兄弟が居たからだろ、俺の弟だって、逆だったら出来た筈だ”》
「“ココにも身内びいきが居るとは。大丈夫そうですね”」
《“いや、今にも死にそうだ”》
「“アナタには無理ですよ、ヒナちゃんが居るんですから、意地でも死なない”」
《“はいはい、流石ですお妃様”》
「“マジでなりませんからね、絶対に”」
《“ならフれ、懸念事項が有るなら逃げろ”》
「“じゃ、帰りますねー、失礼しまーす”」
ネネが言葉を崩すのは、打ち解けている証。
女王には悪いけれど、正直今は、彼を殺してしまいたい。
《ネネ》
「何で溶けてますか」
《仲が良さそうだったから、殺したい》
「まさかの嫉妬、アレはほぼ叔父ですよ?」
あぁ、本当に気付いていない。
そうやって身を守ってきたんだろうか。
《はいはい》
「もー、その形状は不安になるんですから、しっかりして下さい」
《ハグして、ネネも大変だったんでしょ》
「少し、色んな家庭が有るんだなと、分からされました」
《それ、ネネが知る必要有ったのかな》
「少なくとも許せる方法は分かりました、やっぱり後悔と反省です」
《反省してる、本当にごめんね》
「それはもう許しました、その道しか無かったのだと納得しましたから」
《でも後悔してる、本当に》
「はいはい、アナタが誠実で居てくれる限り、私が嫌う事は無い筈です」
《うん》
あの男の作った手引き書は、専門家だけが見れる特別な書となった。
コチラを試しているのか、そこまでの頭が無いのかは分からないが。
結局は諸刃の剣。
その裏をかけば、騙す手法となる。
正直、何を考えているか分からない。
けれど、人を落とす技術が有るのは確かだ。
「あの、ヒナちゃんに報告に行きたいんですが」
《じゃあ、また後でね》
「はい」
あの男に関わらせたくは無いけれど、女王には必要な男。
とても厄介な存在だ。
『そんなに大変な状態ですか』
「そうですね、主にプライドが、ですね」
『じゃあ無事なんですね』
「はい、体は。でも暫くは感情の波風が立つかと、私でも心が揺らぎましたから」
『泣く程ですか、そんなに酷かったんでしょうか』
「元恋人が彼の手引き書を使っていたとしても、許せる程に」
ネネさんに怒りは有りますが。
方向は違います。
『じゃあ、優しくします』
「んー、いえ、プライドが高いので敢えて普通が良いと思います。いつも通り、何事も無かったかの様に。怪我をさせて自分も怪我をして、情けない、そんな感情も持っていそうですから」
怒りは適量を適切な相手に、適時ぶつけるべきだと。
ヴァプラから教わりました。
きっと、間違えてしまった事を知ったのだと思います。
怒りをぶつける相手や、加減を失敗した。
『分かりました、そうしてみます』
失敗した。
失敗していた。
合わせる顔が無い。
ただでさえもう、失敗しているのに。
《ヒナ》
『私は中身を知りませんが、想定は出来ます。失敗した事が悲しいですか、悔しいですか』
《その、両方だな》
『私はまだ失敗した事が無いので分かりませんが、嫌なのは分かります。恥ずかしいですか』
《あぁ、恥ずかしい》
『なら挽回の機会が有ります、今度は成功させて下さい』
《俺は、ダメなお兄ちゃんなんだ》
『知ってます』
《他にも失敗してたんだ》
『人種には良く有る事です』
《けど、悔しい、申し訳無い》
『私には不要です、失敗されていません』
《けど、こんなんだぞ》
『はい、知っています』
《泣き過ぎて、過呼吸になった》
『今も苦しいですか』
《気持ちが、苦しい》
『忘れたいですか』
本当に、悪魔の囁きだ。
けど。
《何処からだ》
『好きな所から全てです』
《だと、無理だな、弟を忘れる事になる》
『なら、どうしたいですか』
俺は楽になりたいのか、後悔したいのか、償いたいのか。
いや、多分、その全部だ。
《後悔してる、償って楽になりたい》
『辛い事を続けられる生き物はいません、辛い事を誤魔化したいですか、忘れたいですか』
《償って、楽になりたい。償って、謝りたい》
もっと方法が有った筈だった。
マニュアルにしても、巻き込むにしても。
最低限、傷付けるだけで済んだ筈が。
俺が馬鹿だから、大勢を巻き込んだ。
『手伝います、だから見本を見せて下さい。どうすれば許せるのか、許されるのか、見せて下さい』
真顔だけど。
多分、ヒナは悲しんでる。
分からない事が多くて、困ってる。
《俺が居た方が良いか》
『はい、私には居た方が良いです』
離れないで欲しい。
その言葉が親のせいで出ないヒナ。
どんなに素直でも、ソレが何か分からないと言葉にはならない。
《こんなんで良ければ、まだ兄で良いか》
『はい、問題有りません、大丈夫です』
きっと、ココで逃げ出したら本当に嫌われる。
それに俺が自分を許せない。
あんな事無責任な事は、絶対にしたく無い。
《頼む、手伝ってくれ》
『はい喜んでー』




