85 脅迫の罪人4。
僕は死んで初めて後悔に気付いた。
優しい親友に甘えていた事を、傷付けてしまっていた事に気付いた。
《凄い綺麗になってるじゃん》
本当は謝ろうと思っていたのに、思わず褒め言葉が先に出てしまった。
「何で、アナタまで」
《ココは悪しき者にとっての地獄、つまり良き者には天国なんだよ》
「なら大丈夫なのね」
《勿論、そんなに虐められたの?》
「ううん、違う、違うけど」
《はいはい、ごめんね、急に死んじゃって》
アレは自殺と言うには、あまりにも惰性的だった。
このままココに居れば、必ず死ぬだろう。
そんな状況で僕は、生きようとしなかった。
そこまで辛い人生でも無かったけれど、そこまで生きたいとは思えない時期、機会が重なっての事だった。
事故死ともなれば、さして悲しまないだろうと思っていた。
それが間違いだった。
甘かった、舐めていた。
彼女が男を憎んでいたなんて思いもしなかった。
いずれ当たり前に男と結ばれるだろう、いずれ勝手に幸せになるだろう。
そう思い込む事で、彼女が相談を受けた先を考えもしなかった。
「今は、どう」
《幸せだよ》
子孫を欲する本能も、快楽を欲する本能も抗い難い。
だからこそ、去る者は追わず、来る者はそこまで厳選しなかった。
自分を大事にしなければ周りが傷付く、その事は分かっていた。
分かっていたからこそ、自分なりに妥協しての事だった。
でも、その妥協こそが、傷付ける結果になった。
その事を理解するまで、自分の罪には気付けなかった。
そして気付いてからは、地獄だった。
ずっと、彼女を見ていた。
ココへ来る前も、来た後も。
「ごめんなさい」
《僕の方こそ、本当にごめんね》
同性愛者だから、結婚を期に捨てられても仕方無い。
だなんて、本当は許されるべきじゃない。
最初から言えば良い。
それでも構わない者だって居る、けれど結局は保身の為、騙して嘘を吐いていただけ。
僕は見抜くべきだった。
良く考えて相手を選ぶべきだった。
肉欲が満たされないと死ぬワケでも、恋人が居ないと死ぬワケでも無いのに。
僕は、同性愛者の悪しき見本だった。
高潔で何が悪い。
相手を選んで何が悪い、そう開き直るべきだった。
彼女の為にも、他の子の為にも。
「ううん、私は」
《分かってる、僕の為にありがとう、ごめんね》
「違う」
《はいはい、自分の為ね》
以前の生き方をとても後悔してる。
けれど、知れて良かったと思う。
本当にごめんね。
『はぁ』
《嫉妬か、見苦しい》
『君に言われたく無いね』
悪魔はあまり人種同士を関わらせない、ましてや縁故の有る者同士は特に、滅多には関わらせない。
悪魔が最も欲するのは、人。
孤独な者、孤高な者に手を差し伸べ、依存される事を何よりも好む。
人を壊すのは人。
悪魔は解放の手助けはすれど、決して人を壊さない。
例え壊そうとも、必ず治し可愛がる。
壊れてはもう、人では無い。
それは単なる魂の器、ガラクタも同然なのだから。
「ありがとうございました、会わせて頂けて」
『先ずはその顔を治そうか』
プルフラスは女に接吻の嵐をお見舞いし、ついでに目の腫れを治してやった。
泣き顔すら独占したがるのが悪魔。
悪魔には、この貴族の生活が合っている。
滅多に他者と交流させず、囲い込み閉じ込め、愛でる。
そうした環境に適性の有る者は稀有だ。
大概は悪魔の存在に怯え嫌悪し、拒絶する。
だが一部の者は、悪魔より地獄を恐れる。
罰を、贖罪を。
だからこそ、悪魔を案内人としか思わぬ者も居る。
ウチのコレの様に。
《イケメン好き》
「そ、そっちこそ、相変わらずじゃない」
《凄いんだよ本当、体がっ》
《余計な事を言うなら帰るが》
「すみません、聞かなかった事にしますので」
《構わない、コレは躾けだ》
「あぁ、すみません、お手数お掛けします」
《いや、アナタも大変だったろう》
「いえ、私の前では良い子でしたから」
悪魔とは、愛想笑いにすら独占欲を発揮する。
実に面倒な存在だ。
『また会わせてあげるから、今日はもう帰ろう』
「はい、ありがとうございました、この子を宜しくお願い致します」
《あぁ、また》
《またね!》
抱えて飛んで帰るとは。
あの後が大変だろうな、何か労いの品を送ってやるか。
《アレは何が喜ぶ》
《それは、気に入ったからじゃないよね?》
人種と悪魔は良く似ている。
思わぬ所で嫉妬し、不安を抱える。
《あぁ》
《それどっち?》
《聞き方が悪いお前が悪い》
《ごめん、何で贈り物をしようと思ったの?》
《悪魔は嫉妬深い、あの後が大変だろう、それだけだ》
《あー、また悪い事しちゃったかな》
《いや、仕方の無い事だ、気にするな》
嫉妬せぬ悪魔の方が稀有だ。
人により人に似せ創られた悪しき存在、なのだから。
「根本的に、私が思い違いをしていた」
『うん、そうだね』
「ですが、あの流れは」
『そうだね、体を売って償わされるかも知れない、そう思っても仕方が無いよ』
「何故」
『君を知る為だよ』
全ては、悪魔の掌の上だった。
思い悩む事も、何もかも。
「何故ですか」
『愛しいから、賢さや優しさを味わいたいけれど、ひけらかしては欲しくない。泣き顔も他に見せては欲しくない、苦悩している様も何もかも、愛しいからだよ』
「いつから」
『出会った時から、もし僕に不適格なら、君は他の者に譲られていた。アレは精霊の振り分け、君達の言う運命だよ』
「でも、もし」
『愛されたく無いなら愛さない、君を愛しているから』
ココまで手が込んだ事をされて。
思われて。
容姿にすら、何1つ難癖すらも付けられない相手を。
いや、ココから、自ら地獄を科すべきなのかも知れない。
私は何も償いを。
「なん」
『償いたいなら僕に償えば良い、善人は誰も、君に償いを求めてはいないのだから』
悪魔は一定の条件の下、正直一辺倒であったり、嘘しか言えない存在。
少なくとも彼は家という結界内に居る、そして彼は1度も嘘を言わなかった。
「では、悪人が」
『そうだね、君に償えと望んでいるけれど、君に償う気は無いだろう』
「はい、全く」
例え親友に責められようとも、私の考えは変わらない。
因果が帰結しただけ、ただそれだけ、何も後悔は無いのだから。
『どうしても気になったなら、僕に償えば良い、ココでの面倒を僕が見ているのだから』
甘やかす事は当然の事。
全てを捧げ、全て与える。
「何も結婚までしなくても」
『礼儀作法に厳しいなら、当然の事、式も当然の事』
悪魔はあらゆる知識を持ち、知恵を授ける事も有る。
けれど、悪魔にも分からない事は有る。
何故、愛しているのに出し惜しみをするのか。
何故、出し惜しみをされている、そう思わせる様な言動をするのか。
そうした言動をしながらも、何故、信じてくれないのかと謗るのか。
少なくとも、僕には全く分からない。
実に低能な理屈は知っているが、分からない。
ソロモンにすら呼ばれなかった、天使の側面さえ無い悪魔、だからだろうか。
「悪魔と、結婚」
『君の輪廻が尽きるまで、僕は君を愛してる』
その魂が輪廻を解脱してしまう迄。
君の魂が僕の手元に有る限り。




