84 脅迫の罪人3。
帰宅後、私は湯船に入れられ、手入れをされ。
いつの間にかウトウトしていたのか、気が付くと夕飯時になっていた。
《お疲れでしたら、夕飯はコチラにお運びしましょうか》
手配を少し変えるにしても、手間は掛かる。
土壇場の変更より、以降の変更の方がマシだろう。
「いえ、大丈夫です、ありがとうございます」
そうして私は彼と夕飯を一緒に頂き、要望を伝えた後、就寝前の身嗜みを整える事が出来た。
けれど、たかが買い物程度で疲れたのか、直ぐにも眠ってしまった。
そして以降は1人で食事をし、出来るだけ早く常識を身に着け様とした、けれど。
《では、ご休憩を》
「あの」
《今日はお庭で、ご休憩致しましょう》
その日は庭でお茶をさせられ、日向ぼっこまでさせられた。
そしてウトウトとしてしまった後は、彼の執務室の暖炉の前で、編み物をさせられてしまった。
手触りの良い毛糸と、静かに燃える暖炉の前で。
私は再びウトウトとし、あっと言う間に夕飯時となり。
部屋に戻り食事を終え、身嗜みを整えた後、再び強い眠気に抗えなくなっていた。
そうか、月経が近いのかも知れない。
「あの、月経の際の」
《あぁ、では直ぐにご用意しておきますね》
「はい、ありがとうございます」
そして彼女が準備を終える前に、私は眠ってしまった。
罰に怯えていながらも、償いを考える間も無く、深い眠りについてしまった。
《おはようございます、お食事の用意が整いました》
3日目。
午前中の幾ばくかを勉学に費やし、以降は礼儀作法の時間となり。
相変わらず良い天気の中、庭で礼儀作法と休憩を。
そして午後からは、彼の執務室で編み物を。
そして4日目。
心身の気怠さ、眠気から、月経間近だと理解した。
地獄でも月経が起こるとは思ってもいなかった。
けれど、当たり前と言えば当たり前なのかも知れない。
万病に罹り苦しむ地獄が有るとされている。
なら、婦人病も有って然るべき事。
その為に月経が存在しているのなら、何ら不思議では無い。
《おはようございます。今日は試着も御座いますので、お食事後、入浴の準備とさせて頂きます》
「はい」
洗われる事に慣れてしまい、ウトウトとしている間に、いつもとは俄に違う作業に気付けなかった。
体毛が処理されている。
《では、コチラをどうぞ》
以前に見繕った下着が洗われ、置かれていた。
ただ、何故、このセットだけなのだろうか。
『どうかな』
ノックの後に、直ぐに彼が入って来た。
明らかにワザとなのは明白、何故なら満面の笑みだったのだから。
「はい、どうも、ピッタリでした」
既婚と言えど恥じらいは有る。
背を向ける他に無い状態。
ココから、地獄が始まるのだろうか。
『君は似た年の相手が良いのだろうか、それとも若い方が良いのだろうか』
勢い良く振り向かされ、私は目眩を起こした。
だからなのか、彼の顔が幼く見え、時に若く見えた。
「すみません、少し体調が」
『そうだね、そろそろ月経なのだからね』
悪魔には何でも分かるのか。
そう驚いてしまったが、過去も未来も知れるのが悪魔、当然と言えば当然。
けれど私は驚いてしまった。
何故、把握している必要が有るのか、と。
「もう、地獄は始まっているのでしょうか」
『そうだね』
彼女は似た年が好ましいらしい。
そして、コレが罰なのだと思っている。
勿論、そう考える様に誘導した。
けれど星屑なら、自身の都合の良い様に解釈しただろう。
とある者はココが別世界だからこそ、特別な存在なのだと思い込み、素直に愛されようとするか。
駆け引きに出る。
見事に、彼女は体を売る事になる、そう思い込んだ。
そしてこの日までのもてなしを考え、抵抗はせず、ただ受け入れようとしている。
闘争、戦争の反対は和合。
不和の対となる言葉は調和。
欺瞞には真実、誠実。
彼女は酷く僕に当て嵌まる存在。
彼女の輪廻が尽きる迄、僕は彼女を愛するのだから。
『さぁ、靴の仕上がりを確認しようか』
「この、下着姿で、ですか」
『服と合わせたいかい』
「まぁ、はい」
『良いよ、そうしよう』
彼の顔は間違い無く変わった。
それこそ顔だけでは無く、手も声も、年相応に若返った。
《はい、如何でしょうか》
『うん、良いね』
特製のコルセットには、謎の魔法が掛かっている。
息を吐いて締め上げた後、体の形が変わっていた。
思わず小さく悲鳴を上げたが。
サイズはお好きに調整出来ますよ、そう言われ絶句した。
「コレは、何処に」
『社交場にね、僕のモノだと披露する場に、君を連れて行く為だよ』
上質な生地に上質な刺繍。
そして上質な装飾品に靴、一体幾ら掛かってしまっているのだろうか。
こうして女郎は借金を背負わされるらしい。
けれど、アレ以来、手を出される様子は無い。
アレは一種の味見、だったのだろう。
「そうですか」
『他は大丈夫だろう、室内履きを試そう』
《はい》
そうして折角身に着けた装飾品は取り払われ、再び下着姿に。
そして煌びやかなビーズの刺繍で埋め尽くされたミュールを、履かされた。
「コレを」
『履き慣れたなら、素足で構わないよ』
「勿体無くて履き難いのですが」
『お洒落は足元から、そう言われているそうだけれど』
「まぁ、そうですが」
『抱かれても良い日に履く、そう言う事にしよう』
何故、この流れで発情されるのか分からなかった。
けれど後々になり、ココは中世的な生活をしているのだと思い出し、腑に落ちた。
足は滅多に見せず、触らせるなんて以ての外、それが中世の価値観だと美術の時間に聞いた事を思い出し。
古式ゆかしい、中世の時代のままである事は、寧ろ私に有り難い事。
肌を見せる事も、見せられる事も好きでは無いのだから。
だからこそ、お淑やかな歩き方を、本気で学ぶ事にした。
せめて体を売る前は長く持たせたい、技巧も何も私には無いのだから。
「やはり美的感覚がおかしいのでは」
私のお披露目会に、様々な方が来て下さった。
以前に彼が名を上げた方は勿論、女性の悪魔の方も。
皆さん褒めて下さった。
眉目秀麗な、東西のあらゆる美形の方々が、綺麗だ可愛いだと。
『人種位だよ、外見しか褒めないのは』
成程、確かにココは向こうとは違う世界。
見えるモノも幅が広いのだろう、そう思っている間に、また抱かれてしまった。
もしかして、技巧の無さを見抜かれ。
何かしらを習得させようとして頂いているのだろうか。
「すみません、不得手で、何か習得しておきます」
『なら、明日から教えてあげよう』
以降、仕込みはゆっくりと行われた。
多少なりとも、苦痛が与えられると思っていた。
快楽も覚えた先、コレから先に苦痛が待っているのだろう、どん底に落とされるのだろうと思っていた。
けれど、一向に落とされる気配が無い。
仕上がった靴を履かされ、素足を誰にも見せてはいけない、そう囁かれては抱かれ。
他の悪魔にドレス姿を見せびらかされては、抱かれ。
褒められ、快楽だけを与えられ。
私はもう、耐えられなかった。
「私には、償う価値も無いのでしょうか」
『こうしてココで、君は僕と過ごすんだよ』
「これじゃまるで、天国じゃないですか」
私は罪を犯した。
数多の家庭を乱し、子から親を取り上げる結果に導いた。
殺される様な事をした。
なのに。
『少し、向こうの様子を見せてあげよう』
私の葬儀は密葬だった。
父は怒っていた、母は泣き笑っていた。
姉は怒り、弟は泣いていた。
夫だった者は刑務所へ。
暴露本は世へ。
奥様方は、悼んで下さっていた。
何故、ココまでの事をしたかやっと分かった、と。
堪えきれなかった。
「ぅうっ」
『君が罪人なら、偽善者や悪人はどうなるだろうか。無自覚なる傍観者、罪人、偽善者はどうなってしまうだろうか』
それでも、親友には許されないだろう。
私には、それが最も辛かった。
「私は」
『君の親友は、君を悲しませた事を後悔し、ずっとココで待っていたんだよ』
「ココに」
『もし君が信じるのなら、会いに行こう』




