78 歯科医師マリーと異世界。2
《病気でも無いのに、病気だって事にする病気が有る》
『何ですかそれは』
《ミュンヒハウゼン症候群。友達が病気になったら、怪我をしたと聞いたらどうする》
『心配します、お見舞いに行きます』
《なら、あの貴族の子息が怪我をした、一緒にお見舞いに行こうと言われたらどうする》
長考だな、一気に答えまで辿り着くか。
『構って欲しいから、そんな事をするんですか』
ほぼ正解だ。
《じゃあ、病気の子供の面倒見が良いと、どうなる》
『褒められたいから、注目されたいから、構われたいからと言って』
《何故だと思う》
コレはヒナに、分かるか。
『分かりません』
《操作したい、自分が思う通りの反応を引き出したい、あの時の様に構われたい……》
俺が盲腸になった時は、母親は本当にマトモだった、けど俺は同じ事を繰り返すつもりは無かった。
早く元気になって、弟の面倒を見る事しか頭に無かった。
だが、もし居なかったら、俺はなっていたかも知れない。
ワザと怪我をして、生卵を食って、薬を大量に飲んでいたかも知れない。
そして次は子供を使うかも知れない。
褒められる為に、優しくして貰う為に、構って貰う為に。
『出来ません、悲しませます』
《それも有る奴が、居るのかもな》
『復讐に使う為に』
《ミュンヒハウゼンだった者の約3割弱が、代理ミュンヒハウゼンになるとも言われてる。俺達は運が良かった、年に3人は死んでるからな》
『私には無い選択肢です』
だろうな、病気でも最低限の世話。
いや下手をすると、世話すら無かったかも知れない。
ただ苦しいだけの長い時間を、味わっただけ。
《俺達は世話をするぞ、ヒナ達がしてくれた様に》
『私は病気はしません、怪我をしても直ぐに治ります、そう出来ていると知っています』
ヒナは、経験出来無いのか。
良いのか、コレで本当に。
《そりゃ、少し残念だな、俺の世話を味わえない》
『知っています、アナタは上手だと思います』
《けど体験は別だ、いつか、ごっこ遊びをしような》
『はい、分かりました』
ネネは知らなくても良いと、いや、どうにかしようとするだろうな。
「あのー、良いですかね」
《あぁ、すまなかった》
「いえ、経験についてなんですけど、ヒナちゃんは女の子ですよね?」
『はい、いずれは妊娠も可能だと思います』
《そうか、生理か》
「まぁ、軽いに越した事は無いですけど、辛さは経験すると思いますし。出産はもう、本当、大変ですから」
《成程な、盲点だった》
「いえいえ、私も少し納得が出来ましたから、そのお礼です」
《ありがとう、本当に助かった》
「コチラこそ」
『学園に通っていますか』
「はい、庶民用に」
『似てないと、嫌ですか』
すまん、血反吐を吐かせる事に。
いや、耐えた、のか。
「あんまり似てないと、産んだ方も不安になると思うんですよ。何故、どうしてって。でも私は嫌じゃないですね、だって私じゃないんですから、似てなくても仕方無い」
『嫌いになったら、嫌になりますか』
「そこは分からないなぁ、ごめんね、嫌いになる事が想像出来無いの」
『私もです、全く分かりません。でも無関心は分かります、興味が湧きません』
「分かるー、お洒落の事は本当に興味が無いの」
『褒められませんか』
そう、不意打ちで来るんだ。
血反吐タイムが。
なのに、平気なのか。
「褒められるけど、面倒臭い」
『私も髪の毛が面倒です、でも気に入られているのでお世話をして貰ってます』
《本当にこうなんだ、君ならどうする》
《もうこうなると、無理でしょうね》
《だよね、だから僕が代わりに見繕う。家族は良いものだよ、君も、どうだい》
《いや、俺は》
『家族を増やして貰います、私の家族の義務です』
「あらー、じゃあどんな人が良いか考えてみよー」
『おー』
あぁ、コレが母は強し、なのか。
《で、纏めると》
『優しくて強くて』
《適度に君を叱れる存在》
「それに適度に心が広い子ね」
《はぁ》
《大丈夫、ココの者は寛容だから、直ぐに見付かる筈だよ》
「うん、大丈ー夫」
その条件だけ、ならね。
《よし、終わり。まだ分かって無いんだが、その言葉は》
《コレは彼女からの恩恵、願い》
「やっぱり伝えるには母国語が1番だから、って言うか愚痴が母国語じゃないと上手く言えなくて、それで共有したの」
《共有、成程な》
『欲しいですか、魔獣が』
《んー、正直、不便が無いと言えば不便は無いが。有る弊害もイマイチ分かって無い気がする》
《賢いね、何にでも利と損が混在している》
「そうそう、聞き取れると通訳にされるかもだから、良く考えた方が良いですよ」
《だから君は与えない、真に願うまでは》
『はい、精霊との繋がりは薄い筈ですが、どうして分かりましたか』
《経験だよ、僕はかなり長生きだから》
『年齢までは分かりませんでした』
《じゃあ、ロバの世話をしながら少し教えてあげるよ》
『はい、分かりました』
僕は怠惰国が怠惰国となる前から、存在していた。
そして珍しい、あの黄色い歯は、元は成人の儀式に使われたもの。
一口食べ、悲しみも有ると知る儀式だった。
そして薬が生まれ、暫くしてあの黄色い歯が手に入った。
けれど、それは酷く悲しい味で、食べた妖精は何日も寝込んだ。
そして儀式に本当に使うべきかの議論が起き、僕ら古い代が試す事になった。
そして、その歯は僕の食糧庫に回る事になった。
病が無い分、病の味で誤魔化されない分、悲しみの味がそのまま伝わった。
『だから凄く悲しい』
《そうだね、起き上がれない程に悲しかった》
『死んでしまっていましたか』
《いや、けれどその手前だった、だから取り替えた》
特別に意地悪な子と取り替えた。
妖精種のハッグ。
悪夢を見せ金縛りにする、そうして毎晩毎晩、何度も何度も金縛りと悪夢を繰り返し与えた。
子供に構えない程に、悪夢と金縛りで苦しめた。
けれど、ココでの金縛りや悪夢は恨まれている証となる。
『ココには本来、金縛りや悪夢は滅多に存在しない』
《うん、だから誰かに訴えたくても言えなかった》
そして男親は睡眠不足となり、頭痛と目眩に苦しんだ。
けれど、誰にも言えない。
そしてとうとう倒れ、子供は女親の両親に預けられる事になった。
すると悪夢と金縛りから解放され、再び病を偽ろうとした。
そうして最後の最後、子供が残されていた。
男はソープナッツを煮出し、飲み込んだ。
まさか死ぬだろうとは思わず、苦い筈の液体を多く飲み込み。
そのまま悶え苦しみ死んだ。
男は子供の悪戯で死んだ。
子供は言った。
良く洗剤を飲んだり飲まされたりしていた、だから止めてくれる様に、とても不味いと聞かされている実を入れただけ。
まさか、そんなに沢山飲むとは思わなかった、死ぬなんて思って無かった。
男の死後、悪行が全て暴かれ、永遠に語り継がれる事となった。
その男の名は、ミュンヒハウゼン。
嘘吐き男と呼ばれた物語の中の男と、同じ名前だった。
『何故、そんな事をしたのでしょうか』
《子を産んだ妻を亡くした時、とても皆が心配してくれた、優しくし面倒を見てくれた。倒れた時も、なら、子供ならもっと良くしてくれる筈。そうやって困った時には具合が悪くなるようにし、女にも言い寄った。君のお兄さんが言う通り、特別扱いして欲しかった、彼は周りを思う通りに操作したかった》
『でも可哀想な子は居なくなりました』
《そうだね、取り換え子は妖精と結婚し、妖精の子は人種と結婚し。幸せに暮らしました》
『良いお話です』
《そうだね》
神に因果応報を祈るより、自分達で何とかすれば良い。
少なくとも、僕ら妖精ですら神を見た事は無いのだから。




