57 帰還と寂しさ。
「お帰りなさいませ」
『ただいま、お帰りなさい』
アズールが帰って来ました。
「はい、ただいま戻りました」
『ピースが埋まるが分かりました、見えない何処かに穴が空いていたんです、静かで広くて違和感ばかりでした』
「そうだったんですね」
『はい、アズールはどうでしたか、忙しくて忘れていましたか』
「いえ、常にヒナ様の事を考えていましたよ」
『そうだったんですね』
「はい」
『あ、無理にハグしてしまいましたが、嫌だったらすみません』
「いえ、大丈夫ですよ、構いません」
『以後気を付けます、あ、今日は可哀想な王子様と言う物語を読みました。終わった筈なんですが、明日にも続くんだそうです』
「成程、そうだったんですね、詳しくは馬車でも宜しいですか」
『あ、はい、そうします』
ネネさんに会ったみたいに興奮してしまいました、不思議です。
ネネさんとは違って約束が有るので、急に離れる可能性は少ないのに、何故か嬉しかったです。
『そう、なら、寂しかったのかも知れないね』
『でも、アズールとは約束が有りますし、役割や役目が有って出掛けているだけです。お買い物に出たのと同じです、必ず戻ってくる筈なのに、どうして寂しいのですか』
『そう思うんだね、ならネネさんと会えない寂しさは、どんなものなんだろうか』
『約束が有りません、いつ会えるか分かりません、会ってくれるか少し分からない部分が有ります。でもアズールは違います、約束が有りますから』
『その約束とは何だろうか』
『辞める時は辞めると言う約束です、契約しました、執事と主人になるって。ですがネネさんとは何も有りません、でも不満は無いです、友達とは契約では有りませんから』
『なら、その契約が無くなるかも知れない、その事についてはどうだろうか』
『残念ですが、次はもっと長く居て貰える方を探します』
『何故かな』
『仲良くはしたいです、あまり仲良くなれない者より、ずっと仲良く居られる方が良いです』
『それは何故だろう、ヒナが嫌いでは無くても、家の事情や仕事内容に不満が有れば辞めてしまうかも知れない』
『信頼だと思います、新任は分かってくれているか少し不安になります、少しの不安でもあまり持っていたくは有りません』
『なら、つまりは面倒だからかな、慣れる手間が有る。信頼する手間も有るし、仲良くなる手間も有る、それらを省く為だけに長く勤めて欲しい』
『それと別れが少し寂しいからだと思います、それに少し悩みます、何度も続いたら私に何か問題が有るのではと悩むと思います』
『もし問題が無いのなら、長く続けて欲しい』
『はい、ずっと居て欲しいです』
『いつまで、かな』
『死ぬまで、ですが、私には多分寿命が無いです。任意です、死にたい時に死ねます、そして生まれ変わります』
『君の意志を持って』
『それは選べると思います、先代は私に殆どを分けてくれたと実感しています。私が生まれ変わった様に、誰かを取り込んで違うモノになる、そこへの意志の存在は任意です』
『なら、アズールを取り込みたい?』
『いいえ、アズールはアズールです。ですが、取り込むべきかどうか、どうして私なのかが分からないので。基準の引き継ぎが有りません、今の私は嫌ですが、答えは変わるかも知れません』
『アズールのまま、長く傍に居て欲しい』
『はい、嫌で無いなら』
『置き換えるなら、ネネさんはお父さん、アズールはお母さんかな』
『分かりません、お母さんが居ないと困ります、でも寂しいと思ったかどうか分かりません。お父さんもです、居ないのが当たり前なのは同じですが、だから困っているのか分かりませんでした』
『君は寂しいと困る、の切り分けがしっかり出来ているんだね』
『いえ、不出来でした。アズールが居ないと寂しいです、寂しいは困る事です、少し困って寂しいが大きいです。ネネさんと比べていました、ネネさんが居なくても困らないのに寂しい、でも寂しいは少し困る事です』
『ヒナの場合、冷静に判断するのが基本だけれど、人種の殆どは違うのは分かるね』
『違うと言う事だけは分かります』
『君は頭で物事を分類している、だからこそ、寂しいかどうかについて少し間違えた』
『他は、そんなに違うんですか』
『以前はどうだったのかな』
『空っぽです。流れる映像を眺めて、お腹が空いたら食べ物が有る筈の場所を探して、喉が渇いたら蛇口を捻って水を飲んで。映像が消えていたら粘土で遊んで、トイレに行きたくなったらトイレに行く。眠るのも同じです、眠くなったら寝て、置きて、そう過ごすだけです』
『今の様に考える事が無かった』
『はい、情報も何も無かったので分類も何も無いです』
『知らなかったから分からない』
『はい、でも知っても分からない事が多いです、それに間違える事もします』
『それは情報が足りないから、君の前世は有って無い様なもの、今日は少し動物園に行こうか』
『はい、行きます』
ヒナちゃんの新しいお友達、ジュリアさんと一緒に隠れて聞いていたけれど。
血反吐が止まらない。
《ネネさんだけが、最初、全てを受け止めていたんですね》
「ココまででは無いですが、まぁ、はい」
《ご苦労様です、本当に、心中お察し申し上げます》
血反吐が目から出てしまっているジュリアさんのお陰で、コチラは何とか表に出さず堪えられていたけれど。
代わりに言葉が止まる気がしない。
「アレでは、それこそ動物園の動物です」
《しかも劣悪な環境でのネグレクトです、思考を止め反復行動を繰り返すだけ、そうなって当然です》
「けれど、目の当たりにさせようとしている」
《多分、私達の代わりに受けてくれるつもりなんだと思います。私達人種の弱さを、彼は良く理解していますから》
「そこに甘えて、良いのでしょうか」
コレはコチラの世界での問題。
向こうの世界で起きた問題。
それを、何も介入せず。
《正義感が強いのは、ネネさんの影響なのかも知れませんね》
「正義感、いや、あの子は元から」
《他の子は、もっと無関心なんです、そして気に入った庇護者に阿ろうとする。それか根本を真似る子、似たモノになろうとするんです。まぁ、本の知識が殆どですが、話を聞いても似た話題が多いですよ》
「私を、真似ている」
《言葉を崩さないのもそうかも知れませんし、出来るだけ冷静に判断する事も、それを良しとして継続しているんじゃないかなと》
「ちょっと、変えるべきか悩み所なんですが」
《確かに他の子とは少し違いますけど、私を見ていても崩す気配は無いですし、何よりヒナは貴族なので問題無いかと》
「良いんですかね、本当に」
《大丈夫ですよ、学園から問題提起も無いですし、実際にも問題は起きていない》
「それは、今だけ、なのでは」
《それもヒナの選択ですし、ヒナは間違いを正せる、見た目以上に大人ですから》
「大人、とは、何でしょうか。私はヒナちゃんは見た目通り、まだ子供だと思います。知識の足り無さだけでは無く、経験の少なさこそ子供の証。私は確かに成人していますが、大人、だと言い切れる自信は全く有りません」
《すみません、途中から逆の事を言ってました》
「何故」
《本音を引き出す為に、敢えて逆を言えって。すみません、少し試しました》
凄い、申し訳無さそうな顔を。
「それは、私を知る為」
《はぃ、万が一にも、一応念の為にと。はい、すみませんでした》
「あの精霊種の彼ですか」
《はぃ》
「では、信用頂けたと言う事で宜しいでしょうか」
《はい、勿論です、何なら殆ど信用してたんですけど。出来る機会が有ったので、させて頂きました》
「そうでしたか、分かりました」
《ほら、やっぱり似てる、さっきの何故も凄く似てましたよ》
「アレは、大概は、あぁなるかと」
《そうでも無いかと、もっと驚嘆が出る人種が多いですよ、お国が違うからかも知れませんけど》
「あぁ、確かに。でも、敢えて、私に分かり易くしてくれているだけ、かと」
《全然、と言うか貴族の方こそ出さないって感じなんですよ、だからそこはヒナは適してるなとも思います》
「あの年で、出さない子が居ますかね」
《そこですよね、出さない様にするのと、出ないのは違うから》
「そこなんです」
《でも私、出さない良さも有ると思うんですよ、だって凄く気を遣うじゃないですか出まくる人って》
「まぁ、ですが」
《もしかすればアレは、ヒナの心遣いなのかも知れないなって、無意識で無自覚な》
「心遣い」
《あ、実際は全く分かりませんけど、出ない理由の1つに有るかもなって》
表情を出さない、心遣い。
「すみません、確かに子供扱いが過ぎたかも知れません」
《かもですからね、かもで、そうだったら良いなって程度ですから》
「ですが有り得ないとも言いきれない、検討させて頂きます」
《ふふふ、ほら、やっぱり似てる》
「ど、どうしたら良いんでしょうか」
《私がこうですし、良いバランスだと思います、色々居るってヒナは分かってる筈ですから》
「でも、私が見本は、あまり歓迎出来無いんですが」
『あらあら、ココでコソコソしてるのは誰かしら?』
《あ、ラプラス、アナタが関わってるんですね》
『ふふふ、そうなの』
ラプラス。
ラプラスの悪魔。
「居るとは、思いませんでした」
『ふふ、良く言われるわ、宜しくね』
「あ、はい、宜しくお願いします」
『じゃあ、行きましょうか、動物園に』
「え、あ、はい」
《ですよね、見守らないは居心地が悪いですし》
『でしょうね、ふふふ』
ラプラスの悪魔が居るなら。
マクスウェルの悪魔も居るのでは。




