55 執事と悪霊。
『君は今、少し驚いている』
「はい」
僕は、仕える事と家族として振る舞う事を、幾ばくか混同している事に気付き。
驚いている。
『家族は要らない、けれど疑似家族の様な関係に、不快感は無かった』
「はい」
『そして、関係性を変えられてしまうかも知れない事に、幾ばくか動揺した』
「はい」
『本当に家族を必要としないなら、割り切れている筈だ』
「はい」
『けれど、違う』
「はい」
『分かるよ、君は強がっていたワケでも何でも無い、本当に必要が無いと思っていた』
「はい」
『求めてはいなかった』
「はい」
『けれど、必要とされる事に心地良さを感じる』
「それは、僕は」
『シルキー属だから、けれどそこは問題じゃない、相手と程度の問題だよ』
「確かに、ヒナ様に求められる事に満足していますが」
『ココには様々なシルキーやバンシーが来る、そこで僕はいつも不思議だったんだ。何故、どうして、自分が幸せにしてやろうと思わないのかって』
「僕は、執事として」
『けれど相手が出来ると寂しく感じたり、時に傷付くシルキーも居る。鈍感なシルキーも居るんだよ、自分の気持ちに気付けないシルキーは存在する』
「僕は、ヒナ様に、そんな感情は」
『なら、そこそこ、程々の相手とそれなりの家庭を築いても問題無いんだね』
「それとコレとは別です」
『なら君が満足する相手を探して来れば良い、週末は僕らが面倒を見る、不眠不休も可能なシルキーには簡単な事だろう』
「分かりました」
『楽しみにしているよ』
ムキになっていたワケでは有りません。
当たり前の助言に対し、行うべきだと思ったからです。
「ヒナ様」
『はい、何でしょうか』
「ヒナ様に相応しい相手を探して参ります、ですので、暫くお待ち下さい」
『代理は直ぐに見付けてくれるだろうけれど、今週末は、僕らが家に行っても良いかな?』
『はい、是非、招きたいと思っていました』
《じゃあ、お言葉に甘えるね》
『はい』
アズールの居ない家は不思議でした。
代理の執事は居ますが。
何か少し不思議です。
《寝る時は、いつもどうしてる?》
『アズールが何年も前の今頃の事を話してくれます、何かするヒントになるので』
《そうなんだ、じゃあ私のはどう?》
『覚えてますか』
《大体は、でも、読んだ本の事だけだと思う》
『それでも構いません、アズールも偶にそうですから』
《そうなんだ、勉強熱心》
『はい、アズールは勉強熱心です』
《じゃあ、先ずは去年の私は……》
ジュリアとロミオが居た時は、少し不思議なだけでした。
でも、平日はもっと変でした。
いつも通り静かなだけなんですが、いつもより静かな気がしました。
それに家が広く感じました。
静かで、広くて。
1周間が過ぎると、穴が空いてるみたいでした。
『少し、モヤモヤしているみたいだね』
『はい、静かで広くて、この前は何処かに穴が空いてるみたいでした』
『でも、寂しくは無い』
『はい、アズールは私の為に頑張ってくれているので、寂しくは無いです』
『じゃあ、もし、逃げ出したのだとしたら』
『残念ですが、少し寂しいですが、仕方が無い事だと思います』
『成程』
『何が分かったのでしょうか』
『男心、かな』
『そうですか』
ロミオは答えを教えてくれたり、何も教えてくれなかったりします。
確かに意地悪に思えますが、理由が有ってしている事。
きっと今は言うべきでは無いか、私に考えろと示唆してくれています。
でも、私に男心が分かるとは思えません。
その部分が空っぽな気がするからです。
『よし、今日は出掛けようか』
『何処に行きましょうか』
『内緒』
『分かりました、楽しみにしています』
少し遠くで、ヒナ様を見掛けました。
僕が居なくとも、問題は無さそうでした。
問題が無い事は良い筈が。
残念だ、そんな感覚が胸の奥の奥の方で、ザワザワと波風を立てている様でした。
『じゃ、次へ行きましょうね』
「はい」
僕は今、演算の悪魔、ラプラスと一緒に居ます。
ヒナ様に最適な相手を探しに様々な場所へ向かい、話し掛け、ラプラスの演算を待つ。
僕は思い通りの事をしている筈。
なのに、とても落ち着かない。
居心地が悪く、戻りたい衝動に駆られる。
いつも通りに世話をしたい。
それは役目を終えれば出来る事だと分かっているのに、今直ぐにも戻りたい。
『何故、アナタは我慢している様な気配なのかしら?』
「慣れ、だと思います」
『少し前と同じ様に、世話をしていたい』
「はい、ですので世話をしない時間に、慣れていないだけかと」
『なら、戻った時の事を考えれば良いんじゃないかしら』
「はい」
もう既に考えている。
けれど、ヒナ様は遠くに居る。
実際には、何も出来ていないも同義。
『仕方無いわね、私の世話をさせてあげる』
忠臣は二君に事えず。
ですが、ヒナ様の為になる事を、何か学べるかも知れない。
もしかすれば、気が紛れるかも知れない。
「はい」
妖精種や悪霊種の大元は、精霊、けれど精霊の影響度合いは様々。
シルキーの子は度合いは低いけれど、この子は違う。
『ふふふ』
『幾ら精霊に近い僕でも、君の笑みだけじゃ何も分からないよ』
『あら、そうなのね』
『悪魔でも無く、万能でも無いからね』
『そうね、思わず意地悪してしまう程、だものね』
精霊の度合いが強い弊害、その性質の影響度も強くなり、抗い難いモノとなる。
彼は悪霊種、神に連なるモノ、その繋がりは影響を強く表す事が多い。
『それで、どうなのかな』
『受け入れる利がまだ薄い、認めるには時間が掛かる。けれど、もう我慢の限界ね』
『そう、意外と気が短いんだね』
『そうなの、すっかり離れ難い程、しっかり染み込んでるの』
『けれど、認めない』
『拒絶、無反応は怖いもの、仕方が無いわ』
『無自覚に無意識に、認めようとはしない』
『でも、いずれ自覚するわ』
『そう、なら婚約はどうするんだろうか』
『アナタが保留にすれば良いじゃない、何も動かない婚約なんて、お互いに不幸になるだけだわ』
『そう言わせて貰うよ、じゃあねラプラス、演算の悪魔』
『またねウトゥックの子、精霊の子』
初めてラプラスに会ったのは、執事君が出掛けて暫くの事。
ココの者が自分の所に来たので挨拶に、と。
ヒナにでは無く、僕へ。
この時点で、事象は確定したも同然だった。
ただ、最善の道は何処か、は分からない。
精霊の情報は膨大で、混沌としている、何故なら1つの器に入っているからだ。
けれど悪魔は、個別の情報源を持ち、時には共有する程度。
一種の、大きな分類がなされている状態。
精霊としての度合いが高ければ引き出せる情報も多い、けれども1つ引き出すだけで、芋づる式に膨大な情報が現れる。
分類、区分けは個々人に任され、時には選択を間違う事も有る。
そして情報は、必ずしも正しいとは限らない。
その時代、その当時は正しくとも、今も正解かは別。
そして重要度や緊急性が高い情報程、強く印象に残り、時には思考の邪魔をする。
しかも情報には様々なメモ書きが有り、度合いが高い程、その情報までもが入る事になる。
その点、執事君は根源的な情報のみ。
だからこそ、単純な答えに辿り着き易い筈が、敢えて遠回りをしている。
シルキー属は必ず愛する。
それが人種なら、尚更。
けれど、抗っている。
ヒナが愛せない者かも知れないからこそ、怯え認めず、否定している。
バンシーにならない為に、嘆き悲嘆に暮れてしまわない様に。
バンシーは、病持ちとも言える存在だ。
どんなに抗おうとも、悲しみの記憶が蘇り続ける。
何度でも、鮮明に。
その恐怖と愛してしまう特性を理解し、恐れている。
目覚めぬ様に、無関心であるとした。
けれど、もう直ぐ蓋が開く。
想いは溢れ、蓋を押し上げるだろう。
『ただいま』
『お帰りなさい』
《お帰りなさい》
僕らは今、意外な形で疑似子育てを継続している。
ヒナの家で、僕らは家族の様に過ごしている。
出迎えにはハグを。
嬉しい事にはキスを。
ヒナは僕らの為に。
僕らはヒナの為に。
家族の練習をしている。




