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53 日常と誘拐と忘却。

『とうとう、事件になってしまった』


「すまない、お客に声を」

『1度や2度なら、それも事件にならなければ、今回も見逃していたでしょう』


「すまない、許してくれ、すまない」

『無理です、少なくともこの子は、もう産めない』


「そんな、まさか」

『はい、居ますが、無理です』


「そんな、待ってくれ、もうしない」

『途中で忘れた事が何度か有る、と知っているんですよ。今は穏やかな気候の時期だから良かったものを、もし子供に何か有ったらと不安でしたが、アナタは事件を起こした』


「違うんだ、そんなつもりは」

『どんなつもりだろうと、事実は事実。子を安心して任せられない相手とはもう居られません、まかり間違って私が殺されるのは嫌です、そしてあの子は施設へ行かせます』


「そんな」

『私はこの子と離れ修道院へ参ります、アナタなんかと結婚するんじゃなかった、子を成すべきでは無かった』


 この日の為に、持っていた薬。

 まさか、本当に使う日が来るとは思わなかった。


「違うんだ!許してくれ!!」

『さようなら、私は私で謝罪し、子に説明します。さようなら、永劫に、来世でも』


「待ってくれ!違うんだ!!」


 こんな日が来ない様に祈りながら、出来るだけ手を回していたつもりでした。


 もし近所の方が見掛けた際には、息子が荷台に居ないか確認して頂き。

 保育園には、時間までに来なかった場合、直ぐに連絡をして頂ける様にし。


 出来るだけ、私が送り迎えを担当しておりました。

 ですが、庶民の妻にはする事が多い。


 家の修繕、掃除、洗濯。

 繕い物に買い出し、料理、近所の方との交流。


 皆さんに負担をお掛けしているのですから、当然、その分を補う。

 具合の悪く無い時は、保育園での雑用、近所の方の困り事に手を貸していた。


 正直、元夫は仕事だけ。


 でも、それで良かったんです。

 優しくて酒も女も博打もやらず、家に居て私達と一緒に居てくれた。


 不器用だけれど良い人、でした。

 私が補えば良い、そう一緒に居ましたが。


『アナタは人種、何事にも限界は有ります』

『ですが、申し訳御座いませんでした』

「お母さん、血が出てるよ、大丈夫?」


『大丈夫、ちょっと怪我を』

『この子はアナタに似ています、良い子です』


 この件を耳にした時、私はもう育てる自信が無くなった。

 この子が1人で生きるだけ、なら構わない。


 けれどきっと、いつか誰かと結婚し、子を成す。

 その時、あの血が受け継がれていたなら、今度こそ誰かが死ぬかも知れない。


 このまま手元に置けば、厳しくし過ぎてしまうだろう。

 けれど、誰も殺さない様に育てる自信が無い。


『ありがとうございます、ですが』

《アナタが危惧する事は起きない、もう、心配する必要は無いのですよ》


 悪魔と精霊の予言は絶対です。

 誰もが欲しがる言霊を。


『あぁ、勿体無いお言葉を』

《ですが、しっかりと躾けをお願い致します、反面教師とし自己嫌悪に至らぬ様に》

「補佐を受けて下さい、それに治療も、アナタに非が有るとは思いません」


『ですが、アレを選んでしまった』

《善を信じ、信頼した、責めるべきは寧ろご両親かと》

「そうです、警告文位はしっかりと出すべきです、それとも有ったのでしょうか」


『いいえ、まさか、子供を忘れるだなんて。何も、有りませんでしたが、私が』

「ではご両親です、アナタは騙された、私も騙された事が有るから良く分かります」

《ご説明なさってみて下さい、意外にも子供は賢く、理解が早い時が有る》


「お母さん」


『最初、お父さんはとても陽気で明るくて、友達も多い楽しい人だった』


「うん」

『だから結婚したの、この人となら大丈夫だろう、って』


「うん」

『でも違った、こんな騒動を起こす人だとは最初は思わなかった、でもお父さんは騒動を起こした』


「うん」

『途中から、いつかこうなるかも知れないと思っていたの、でも私が頑張れば良いと思っていた』


「お母さん、頑張り過ぎたから、具合が悪いの?」


『そうね、だからもう、お父さんとはさよならするの』


「もう一緒に住まないの?」

『そうね、騒動を起こしたから、もう嫌いになってしまったの』


「僕も?」

『いいえ、でも騒動は起こさないで欲しい。間違った事を言ったり、しないで欲しい』


「うん、しない」

『お父さんには良い所も有るけれど、どうしてもダメな所が有った、アナタを危ない目に遭わせた』


「僕、危なかったの?」

『そうよ、お姉さんが居てくれなかったら、もしかしたら死んでいたかも知れない』


「僕、まだ死にたくない」

『そうね、私も、だからさよならするの』


「うん」

『さよならのお手紙を書きましょうね、会えるかどうかは、もうシトリー様達が決める事なの』


「うん」


《賢明なご判断かと、さ、病院へ送りましょう》

『行って下さい、私にはもう何の不満も有りませんから』

「アナタも被害者、どうか任せて下さい、その子の為にも」


『はい、ありがとうございます』




 色々な事が少しだけ、分かった気がします。


『来てくれて嬉しいです、ありがとうございました』

「いえいえ、何も出来ませんでしたが、無事で安心しました」


 言っても、良いのでしょうか。


『少し、今回の事で話し合いがしたいと思っています』

「どうぞ、遠慮せず仰って下さい」


『それは少し難しいです、本当は楽しい事ばかり話したいです』

「私もです、でもバランス調整が難しい、割合の計算は今でも出来上がっていません」


『どの位、話しても良いのでしょうか』


「分かりません、ただ、少し思い当たる節が有ります」

『それは何でしょうか』


「根本を解決する姿勢が少なく、何度も同じ問題で躓き、半ば愚痴だけの場合。聞く側は非常に疲弊し易い、かと」


『解決への姿勢は問題無い筈ですが、私は同じ問題で悩んでいます』

「ですが、愚痴だけ、では無いかと」


『愚痴とは、弱音かと、少しは有ります』

「では解決しようと努力する姿勢の強弱、ですかね」


『凄く解決したいです』

「ではどうぞ」


『私は私の事を考えていました、私が居なくなったらどうなっていたか、あんな風に心配して貰えたかを考えていました』


「私は、女性に自身を重ねていました。そしてアナタは悪くは無い、と、そう自分にも言い聞かせていたのだと思います」

『ネネさんもあの女性も悪く無いと思います、あんな事を言い出す男です、善人だとは思えません』


「私もです、どんな心積もりであろうと、行いこそ結果です。偶々なら許せましたが、彼は常習犯だった」

『なのに私を責めた、逃げです、擦り付けは悪い事です』


「はい」

『私を1番に心配してくれるのが誰か、分かりません、あんな風に心配してくれる誰かが居たか分かりません』


「それは、何故でしょう」

『なった事が無いのと、良く知らないからです』


「今はどうでしょう」

『ネネさんが来てくれました、それにアズールも怒ってくれました、嬉しいです』


「それにシトリー騎士爵も、少し憤っていたかと」

《勿論です。あぁ、驚かせてすみません、私の名が出るだろうと待機させて頂いておりました》

『容体はどうですか』


《残念ですが、ですが直ぐに回復されますでしょう、まだ妊娠の初期段階でしたから》


「アレは、まさか」

《はい、例え間違いを犯したにせよ、彼女は償った》

『アレとの結婚は間違いでしたか』


《いいえ、アレが、間違えただけです。そしてアナタも、向こうが間違えたのです、勿体無い事をなさった》

『でも良い面も有ります、ネネさんがココに来れた理由かも知れませんから』


《ふふふ、そうですね》

「あの、お見舞いを」

『私もそうします、あの子は良い子です、良い子に育たないといけません』


《では、お手紙を添えて、お送り致しましょうか》

「はい」

『そうします』




 僕のお父さんは、悪い事をした。

 その悪い事をされたお姉さんが、お手紙とプレゼントをくれた。


【お母さんが大事なら、良い子に育って下さい。

 お父さんが今でも好きなら、良い子に育って下さい。

 私の為にも、良い子に育って下さい。】


「良い子って、どの位、良い子にすれば良いのかな」

『ふふふ、コレはね、悪い子にならないで欲しいって事よ』


「ならないのに」

『お父さんも、ならないと思っていたし、私もそうなると思って無かったわ』


「どうしたら良い?」

『良い子の見本を沢山知るの、そして出来るだけ同じ事をする』

《出来るだけ、ですよ、無理をしては失敗してしまうかも知れませんから》


「シトリー様、無理ってどんなの?」

《夜に起きてようとしても、起きていられない、そんな感じですね》


「分かった、無理はしません」

《そして出来無い事を素直に認め、出来る事を伸ばす、今のアナタには何が出来るでしょうか》


「嘘は言わない、誰かを困らせたり、傷付けない。です」

《良い子ですね、大丈夫、悪い子の気配は有りません。では特別に、今日は一緒に眠れる許可を出しましょう、ですが今日だけですよ》


「はい」

『ありがとうございます』


「ありがとうございます」


《では、また》

『はい、本当に、ありがとうございました』

「ありがとうございました、さようなら、シトリー様」


 それから僕はお父さんにお手紙を書きました。


 離れて暮らすのは寂しい事と、もう悪い事はしないでとお願いしました。

 それと、今でも僕はお父さんの事が好きだって書きました。


 でも、僕はお姉さんも好きなので、頑張って償って下さいって書きました。


 お姉さんは良い匂いで、優しくて綺麗だから。

 嫌われない様に、良い子でいようと思います。




《刑罰が確定致しました、コチラをどうぞ》

「あぁ、ありがとうございます、ご丁寧にどうも」


《いえ》


 シトリー騎士爵が強欲国まで来て下さり、事の顛末を教えて下さった。


 父親の刑罰は、故意では無いネグレクトの常習犯である、とする印を首に刻まれる。

 と言うものでした。


「あまり身近では無い、刑罰なのですが」

《良く有る対処です、そして控訴も無く、既に済んでおります。本来なら、侮辱罪や名誉棄損もセットになっていましたが、ヒナ様が不問にと仰いましたので。子々孫々への不名誉は、回避されました》


「王侯貴族への侮辱は、国家反逆罪」

《はい、子孫は途絶える》


「貴族である、と示すのは、時に庶民を守る事にも繋がる」

《ですが稀に紛れる事も、治安維持や平和に繋がる》


 あの父親は、ヒナちゃんを国家に関わる重要な者だとは思っていなかった。

 庶民の学園の制服を着た、単なる子供だ、と。


「まさにご老公様」

《分かります、我々の理想とも言えますから》


「お好きですか」

《はい、勧善懲悪こそ、良き事が正しいと示せる事象ですから》


「ですが、偉いから言わない、偉くないから言う。それはいけない事だと分かっていた筈ですが、結果としてあの父親は、間違いを犯した」

《騒がず謝罪し礼を言い、問題とならなければ、あの女性も踏み止まっていたでしょう》


「一線を越えてしまった」

《悪いのはあの男です、もう、仕事は変えるしか無いでしょう》


「仕事を、奪うワケには、いかないでしょうね」

《はい、誰かの大切なモノを、預けるワケですから。ですが絶望は無敵の無謀な者を作り出してしまう、面会権は立ち合い有りで存在し、手紙のやり取りは自由。既に次の仕事先も有ります、ご心配無く》


「ありがとうございます」

《いえいえ、罪を犯させないのも、司法の役割ですから。では、失礼致します》


 無敵の人を作らせない。

 コレは確かに、国や司法の管轄だと思います。


《ネネ》

「はい、何でしょうか」


《ごめんねネネ、この前は調子に乗って》


 絶賛、我慢大会と試し行為をしている最中でして。

 正直、単に間を開けていただけ、なんですが。


「単に間を開けているだけ、とは」

《かも知れないけれど、期待に応えられなかったなら謝りたいから》


 静観を続けるだろう筈のルーイ氏が、たった2日で不安を訴えた。

 もし作戦だったなら、もう1日は我慢するだろうと踏んでいたんですが、どんな心情なのでしょうか。


「間を開けただけですよ」

《良かった、まだ失格じゃないんだね》


 どうやら本気で不安だったらしい。


「今日を入れて、たったの2日ですよ?」

《けど顔を合わせる機会も無かったし、不安だったから》


 多分、嘘じゃない、筈。


「成長に魔力を使わせているんですし、枯渇させない為だったんですが」

《そこも考えたんだけど、ごめんね。あ、吸い上げて良い?》


「吸い上げる、何を」

《魔力を、大きくなってる時だけ》


「あぁ、どの程度ですかね」

《1割も無いかな、その分で補えるから》


「どうぞ」

《じゃあハグ》


「どうぞ」

《ありがとう》


 正直、こんなに短期間で堪え性が無い状態になるとは思いませんでした。


 凄いギューってしますね。

 どんだけ。


「ルーイ氏にも人の心が有るんですね」

《勿論だよ、だから不安要素は排除していたんだし》


「試す者の気持ちが、やっと分かった気がします、前の男なら好き放題していた筈。自分の自由な時間を満喫して、不安にすら思わなかったんでしょうね、はぁ」


 言っていて虚しくなりましたが。

 事実なんです。


 態度が、全く違う。


《懲らしめたい?分からせたい?》


「その両方で」

《このまま、その話をしよう?どう懲らしめるか、どう分からせるか聞かせたい》


 どう懲らしめるか、どう分からせるか。


 コチラの刑罰を勉強すべきかも知れない。

 あの罰に納得出来たのだし、意外な方法が有るかも知れない。


「いえ、勉強を優先します、その後お願いします」

《うん、分かった》


 まだまだ学ぶべき事は沢山有る。

 納得する為、ココに馴染む為に。

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