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52 日常と誘拐と忘却。

 庶民の学園は平日のお昼まで学園で勉強し、午後は家に戻るか塾へ通います。


「ねーねー、今日はどうする?」

『今週は工房塾に行こうと思います』

《私の塾だー、じゃあ一緒に行こー》


『はい』


 庶民の学園に星屑は居ませんでした。

 だからか穏やかに過ごせています。


《ココだよー、じゃーねー》

『はい、ありがとうございました』


「あぁ、新しい子ね」

『はい、ヒナです、宜しくお願いします』


「はい、宜しくどうぞ」


 庶民も貴族も、子供は習い事か家のお手伝いをします。

 成人年齢は18才です、それまでに仕事を見付けるのが子供の役割です。


 ですが、もし見付からなかったら。

 それは、家族其々、だそうです。


『出来ました』


「あら上手、何処かで習ってたのかしらね?」

『いえ、ですが家で粘土で遊んでいました』


「そう、もしかすれば、才能が有るのかも知れないね。このまま練習すれば、お仕事に出来るわよ」

『ありがとうございます、考えてみます』


 コレは前世のお陰です。

 向こうではずっと粘土で遊んでいました、それしか無かったので。


 でも粘土は好きです。

 好きな形に変えられますから。


《おー、わー、上手》

「ありがとうございます」


《練習した?》

「家で良く粘土で遊んでいました」


《そっかー、貴族でも同じ事をするんだー》

『はい、ですね。アナタも上手です』


《でしょー、ふふふ》


 彼女はココの人種です。

 ですが精霊種の夢魔属、エンプーサの血を引く人種。


 夢魔属は幼い頃は能力を発揮する事は有りません、代わりにふわふわと常に夢現の様な性格を持つのが特徴です。


 そして初潮を迎えると、その日の晩に夢遊病か幽体離脱を行い、自分に好意を向けて来る男の元に向かおうとします。

 自分が好きな相手では無く、好意を向ける相手に。


 なので戸には外から鍵が付けらます。

 そして窓には鉄柵。


 でも、夢魔の気配も何も無い人種にすると、虐待の気配が有ると見做され監視を受ける事になります。

 例え鍵や柵を外しても、別の何かをするかも知れない、からと。


 正しい理由が有れば、虐待にはならない。


「はい、ではまた明日、気を付けて帰るんだよ」

《はーい、またねー》

『はい、また』


 彼女はとても幸せそうです。

 夢魔の気質が出るかも知れないと知っているのに、悩んでいる様には見えません。


 それは多分、確かな後ろ盾が有るから。


 人種は弱い。

 だからこそ、問題の有るだろう行動はしない。


 それは向こうも同じ。

 でも私は、何故、どうして。


「お父さーん、どこー」


『迷子、でしょうか』

「はい、あの年齢が1人でココに居る事は稀です、本来なら相応の預け先か自宅に居るか。若しくは同年代の同行者か、保護者が近くに居るべきですから」


 私より小さい子。


『でも、泣いてはいませんし、隠れんぼかも知れません』

「では、訊ねてみましょう」


『はい』


 小さい子は少し苦手です。

 扱った事が無いので。


「どうも、隠れんぼですか」

「ううん、おトイレに行ったらお父さんが居ないの」

『お家は分かりますか』


「うん、でも遠いと思う、お父さんのお仕事場の方が近いと思う」

『そうですか、賢い子ですね、では仕事場へ参りましょうか』


「アナタは誰?」

『私はヒナ、悪魔貴族です、信用しますか』


「うん、はい」


 良い子なので、直ぐに問題は片付くでしょう。




『この子はアナタの子ですか』


 そこに居る筈の無い子供が居て、思わず驚いただけなんです。


「ゆ、誘拐だっ!誘拐だ!!」


 騒動を起こすつもりも、名誉を傷付ける気も有りませんでした。

 ただただ、驚いただけ。


 混乱し、慌てて、驚いただけなんです。


《どうなさいましたか》

「誘拐されたんです、子供が、ウチの子が誘拐されたんです!」

『この子が、ですか』


「君が、誘拐したんだろう!!」

『いえ、この子は』

《すみませんが、ご同行をお願い出来ますか》


『はい』


 誰も、傷付ける気は無かった。

 ただ混乱していただけ、なんです。




《申し訳御座いません、あの場を収めるには同行して頂く他に無く》

『もう既に理解していますか、シトリー』


《はい、勿論》


 私の天使名はHahaiah(ハハイヤ)、避難所を意味する。

 優しさと機知、安息と安らぎ、夢を司り。


 謎を解き明かし、逆境から守り、控え目な態度とは何かを教える事が出来る。


『ではお任せします』

《それは少々お待ち下さい、どうやら、懐いておいでですから》


『ただ少し、食べ物をあげただけなんですが』

《アナタは暫くの保護者相当として合格なさったのでしょう、もう暫くだけ、ご一緒頂けますか》


 子供は時に敏感に環境を感じ取る。

 何処が最も安全か、野生の勘が働く時が有る。


『分かりました』

《では、暫くお待ち下さい》


 我々、悪魔貴族が警備をも担当しているのですから。

 直ぐにも、問題を解決致しましょう。




「あの人は、悪魔?」

『はい、ソロモンと12番目に会ったシトリーです』


「どんな悪魔?」


『欲を掻き立てる事と秘密を暴く事を得意とし、軽率さ・嘘・不誠実さを多く持つ者が大好きです』


「噓つきが好きなの?」

『大嫌いで大好き、だそうです』


「不思議」

『ですね』


「僕、誘拐されたの?」

『居るべき場所から離れたのなら、そうかも知れません』


「保育園?」

『本来なら保育園に居るべきだったのですね』


「うん、お休みじゃない時はいつも保育園だよ」

『今日はお休みの日でしたか』


「ううん、保育園に行く日」


『ですが、アナタは違う場所に居た』


「うん、多分、忘れたんだと思う。今日は凄く忙しい日だって言ってたから、忘れちゃったんだと思う」


 今日はお母さんの具合が悪くて、お父さんが保育園まで送ってくれた。

 でも途中で誰かと話してて、そのまま配達に行ったんだと思う。


『そうでしたか』


「自分で勝手に降りたらダメだって言われてたし、お父さんと一緒に居れたから楽しかったんだけど、おしっこしたくて降りたら。お父さん、居なくなっちゃってた」

『その後、私が見付けた』


「うん、お祖母ちゃんみたいな髪の色だから驚いた」

『お祖母ちゃんと同じですか』


「うん、綺麗だね」

『そうですか』


 後はお姉さんと一緒にお父さんを探して、お菓子を食べたりお茶を飲んでただけなのに。

 どうしてお父さんは、あんな事を言ったんだろう。


「僕が迷子になっただけなのに、どうしてお父さんは誘拐なんて言ったんだろう」


『私には、大人の事は良く分かりません』

「そうだよね、お姉さん子供だもんね」


『はい』




 僕は愚かな人種が大嫌いです。

 ですので最大限、問題を大きくさせて頂きました。


「ヒナちゃん!」

『あ、ネネさん』


「誤解だって聞いたけれど、大丈夫?何もされてない?」

『はい、大丈夫です、立ち合いはシトリーがしてくれましたから』


「シトリー」


「あのね、12番目の悪魔なんだって」

「この男児を保護し親を見付けたのですが、どうやら誤解なさったらしく、誘拐だと」

『違う筈ですが、場を収める為に同行しました』

「成程、執事君、後はヒナちゃんに付き添っていて下さい」


「はい」

「また後でね、直ぐに戻って来るから」

『はい』


 人種には人種を。

 しかも今世紀では最強であろう人種を宛がうのが、1番かと。




「既に全て把握してらっしゃいますね」

《はい、騎士爵を賜っているシトリーと申します、この様な場で初対面を迎えてしまった事をお詫び致します》


「いえ、それで」

《もう片方の保護者の到着を待っているのみ、です、容疑は既に存在しておりません》


「憤りを発露させる為、権力を行使させて下さい」

《勿論、アナタは女王の人種側の保護者も同然なのですから。どうぞ、コチラです》


「ありがとうございます」


 冷静に、出来るだけ言語化し、傷付ける言葉は避ける。

 そして真実を明かさせ、謝罪させ、2度と同じ過ちを繰り返させない。


 大人なのだから。

 仮でもヒナちゃんの保護者なのだから。


《失礼します、コチラ、次代女王の保護者の1人でらっしゃるスズランの姫。善き来訪者、既に帝国で爵位を得た、功績と権力を持つお方です》


 言葉だけで威圧し萎縮させた。

 もしかすれば、悪魔なりに憤りを持っているのかも知れない。


「あ、えっ」

《アナタが誘拐犯だと示唆した少女こそ、この国の次代の女王でらっしゃるお方、ですよ》

「詳しくお伺い出来ますか、最初から、全て」


「申し訳御座いません!」

「謝罪は後で、最初から、全てお伺いさせて下さい」


 正直、頭に血が登って沸騰しかけていた。

 けれどシトリー騎士爵のお陰で、幾ばくか溜飲が下がり、冷静になれた。


 流石、悪魔。


「今日は、妻の体調が悪く、私が子供を送る予定だったんです……」


 予想通りでした。


 彼は庶民用の配達員。

 子供を預ける途中、客に声を掛けられ、子供を預ける事を忘れた。


 そして、そこに居る筈の無い子供に驚き、根も葉もない事を口走った。


 慌てたから、混乱していたから、驚いていたから。

 まさか、そこに居る筈が無い、と。


「では状況次第では、名誉棄損や侮辱罪が許される、と国に教わった。と言う事で宜しいでしょうか」


 部外者とは、責めるには非常に有利だ。

 自分ならもう、ひたすらに謝罪するしか無い、圧倒的不利な立場。


「いえ」

「良かった、まさか状況次第で名誉棄損や侮辱罪が許される、と教わっていたならどうしてやろうかと思わず考えてしまいました。ではお伺いします、誰に、そう教わったのでしょうか」


「いいえ、誰も、良しとはしません」

「そうですか、安心しました。そんな輩がココに居るだなんて、まさか、思ってもいませんでしたから。それで、どう、償われるのでしょうか」


 拷問は良くない。

 けれど、もし本当に反省しているなら、自らに課す事は許しても構わないと思う。


 償いをし、許す切っ掛けを与える。

 コレなら、情状酌量もアリだと思うのですが、向こうでは叶わない事。


「喉を、潰し」

「お仕事に差し障りが有るのでは。何も名誉棄損や侮辱罪を犯し続けるワケでは無いのなら、声と職を奪うワケには参りませんが、どうでしょうか」


 以降、シトリー騎士爵の様子次第、ですが。

 少なくとも、過度であろう罰を受けて貰いたくは無い。


 もしかすれば、本当に偶々、子供を忘れ狼狽しただけ。

 かも、知れないのですから。


《難しいご判断でしょう、奥様が到着されましたので、少しご相談なさってはどうでしょう》

「そうですね、どうぞ、ご家族でご相談なさって下さい」


 コレで、常習なのかどうか。

 実態はどうなのかが、少しは分かる筈。


 最悪は子供は施設行きになってしまうかも知れないけれど、事件や事故に巻き込まれ死ぬより、ずっと良い。

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