51 学園と地獄巡り。
学園に入学しましたが、大した変化は有りませんでした。
ですが面白い行事が有ったので、今日まで大人しくしていました。
『案内役を務めます、アンドレアルフスです。では皆さん、列から離れず着いて来て下さい』
今日は地獄巡りです。
幼年部なので、本来は全て回る事は出来ませんが。
後で案内をお願いするつもりです。
私の記憶には無い場所、ですから。
《わー、炎だ》
「綺麗だけど、熱くないね」
『そうですね』
今の学園は庶民用の学園です。
貴族の子は居ないのかと思っていましたが、少し居ました。
《コレは罪人にだけ熱くなるから、だから地獄の業火なんだよ》
『はい、その通り、では先ず西欧の地獄から参りましょう』
エルと居る時は寡黙なアンドレアルフスですが、本来はこうです。
世話や案内を好み、教える事を好む、精霊と悪魔は似ています。
あ、分離しながら透明化しました。
個別に案内してくれるつもりなのでしょう。
『アンドレアルフス、ネネさんは、どう思っていたんでしょうか』
『ココでは非常に不愉快そうでらっしゃいました、無神論者を悪と見做し死後も罰する、そう死人に鞭打つ行為を非難してらっしゃいました』
『ココは違うのでは』
『はい、向こうの地獄、を非難してらっしゃいました』
『分かります、それだと私も地獄に落ちてしまいますから』
今日の為に、向こうの地獄の勉強をしました。
無神論者や洗礼を受けていない者には、死後に罰が有る。
不条理で理不尽だと思いました、私の様に何も無い子が、自分で選んだワケでも無いのに罰が有るなんて。
嫌です。
ただ、学びは有りました。
私は不条理で理不尽が嫌いだ、と良く理解出来ました。
『では、先に進みますが』
『はい、お願いします』
ココの地獄に、不条理や理不尽は有りませんでした。
良い地獄でした。
『恐ろしさは有りましたか』
『いいえ、恐れる必要が無いので有りませんが、本来は有る筈のものなのでしょうか』
『学びから得るモノですから、無いモノも居ります』
『有るべきでは』
『はい、失敗の可能性が有るのなら、失敗が致命的となるのなら』
今の私の怖い事は、愛を失う事です。
ネネさんからの愛。
ジュリアとロミオからの愛。
もし失敗して失ってしまったら。
私は寂しくて苦しくて、きっと寝込んでしまいます。
『愛を知って失う怖さを知りました、前は怖くありませんでした』
『持っている事を理解したからこそ、その存在が心地良いからこそ、失う事を恐れる様になった』
『はい、知っていた、分かっていたのに今とは違います』
『理解とはそう言う事、ですから』
分かっている、その事には深さや幅が有ります。
知っている、と理解している、には大きな違いが有ります。
『経験しなければ理解出来ないのは、未熟だと思います』
『それも経験数の違いや、どれだけの経験でどれだけ得たか、それと想像力。ですが想像力もまた、知識と経験に依存し、どれだけ欲しているかどうかで理解度は変わる』
『それと知能』
『はい、理解出来ない者には、どんなに例えようとも理解は出来ない。ですが人は限界が有る事を知りながらも、虚構の希望を打ち立て歩ませ、絶望させる事も有る』
『何故ですか』
『自身が絶望しない為に、他者を巻き込み同じ認知の歪みへと落とす為、自身の希望の為に』
『自分勝手です』
『思い遣りは群れで行動出来る者にのみ与えられた能力、ですが偽装は出来る、騙す事が出来る』
『何故、そんな個体が居るのでしょうか』
『全ては獲物を狩る為、時に無謀な者は英雄となる、向こうの遺伝子の成せる技です』
『取り除く事が出来る筈です、完全に』
『何処の世界にも、その遺伝子は存在する、人を構成する要素の1つとも言えるのです』
『人たり得る為』
『個では無く、全体で、均一化の果ては全滅への序章となる』
『免疫、カウンター、必要悪』
『とも言えますね』
『それでも、どうにかならないのかと考えてしまいます』
『はい、我々も同じです』
『だからこそ、他の世界へ行く』
『はい、争いの無い世界、平和で穏やかな遺伝子を探しに』
『生存競争に負けてしまいそうですが』
『争う種が他に居るのなら、ですね』
『マンモスと争っていたそうですが』
『はい、生きる為に』
『矛盾します』
『はい、だからこそ、その矛盾を解決する何かを探している』
『人を人と認められる形に保ちながら、より良い姿を探している』
『はい、悪魔に寿命は有りませんから』
全ての悪魔が持つもの。
希望。
『精霊は何を持っていますか』
『絶望』
悪魔には希望が有り。
我々精霊には、絶望が存在する。
『何故ですか』
『悪魔とは立場が違う、確かに同じく人により作られた、だが過程が違う』
求められ、敬われた。
けれど否定され、悪と見做された。
だが悪魔は違う。
否定される事を大前提とし、否定される事で存在意義を発揮する。
我々とは似て非なるモノ。
在り方、扱われ方の違いだ。
『そこもですが、何故、小さな白い牡鹿なのでしょうか』
『ネネが求めた姿だ』
『ネネさんが』
『あぁ、奥底で、この姿を求めた』
『そうです、場所によります、東洋は今でも否定していない筈ですが』
『その相反する反応こそ、更に苦悩と葛藤、絶望を深める事になる』
『今でも、実感しているから』
『ココに居るからこそ、幸福の中に居るからこそ、過去の不幸を恨めしく思う』
欲しては否定する。
求めては拒否をする。
そう何度も何度も何度も何度も繰り返されたなら。
『疲弊します』
『ネネは、その事を恐れている、何度も悪夢が繰り返される事を恐れている』
『必要とされて、拒絶される』
『拒絶、否定、拒否。分かっている筈だ、与えられ奪われるのと、最初から無いのでは違う』
『知っているのと、いきなりは違う』
『我々は拒絶されるだろう事を知らなかった、否定され、拒否されるだろう事を知らなかった』
『私も、知りませんでした』
『人の良い所だ、決め付ける事を知らず、限りなく白い画用紙と同じ存在として生まれる』
『私の余白は多過ぎる気がします』
『いや、妥当だ。有る事を知っている、その事と存在について知っている、とでは大きな違いが有る』
『私は、向こうでは何も知りませんでした』
『なら求める筈も無い、誰しもが清く透明な水だけを常飲していたなら、茶色く濁った液体を飲もうとは思わない』
『紅茶や珈琲を知らないと、単なる汚い水』
『例え名称を知っていようとも、名称だけでは理解している、とは言い難い』
『拒絶は知っていても、コチラに向けられるとは思わなかった、ですか』
受け入れ恐れられて当然の存在。
だが否定され、形を変えさせられた。
『有り得た筈だと、今となっては分かる、だが』
『信じていたんですね』
『それが当たり前だった、当然で日常、終わりが有る筈の無い事だった』
人々は敬いを捨て。
拒絶し、破壊した。
『恋しい、ですか』
『あぁ、恋しい。疑う事も無く常に傍に在り、当たり前が永遠に続くと当たり前に思えていたあの頃が。とても、恋しい』
けれど、恐ろしい。
あの奪われた感覚を、今でも覚えている。
あの裏切られた痛みを、悲しみを、絶望を。
今でも、鮮明に覚えている。
『でも、恋しい』
『良さを全て、知っているからこそ』
温かく柔らかく、穏やかで心地が良く、香ばしく美味。
全ての良さを知っているからこそ、今でも恐れながらも求め続ける。
今でも、恋しくも恐ろしい存在。
『刃物や言葉みたいです』
『あぁ、言葉の様だな』
生きるには必須では無い。
だがもう、無くてはならぬ存在。
「ヒナ様ー」
《一緒に食べよー》
『行きなさい、我々は常に傍に居る』
『ありがとうございます、行ってきます』
愛しい存在。
憎むべき存在。
無くてはならぬ存在。
それが人。




