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50 司書と悪霊と幼女。

『少し罪悪感が有りましたが、良き欺きはお互いの為になると実感しました』

『そうだね、けれど加減を間違えてはいけないよ』

《じゃないと私みたいに捻くれそうになってしまう、かも知れないものね》


『ジュリアは捻くれません、素直で真っ直ぐですから』

『そうだね』


《やっぱり、まだダメね、ヒナの言葉の方が直ぐに受け取れる》

『ごめんよ、他の男から守る為にしても、少し行き過ぎたかも知れない』

『嫉妬は行動を暴走させがちだそうですから、嫉妬が原因なら無理も無いでしょう』


《優しい、最初から、こんなに優しかったら良かったのに》

『ココに既に居る通り、ただ優しいだけの誰かに行かれたら困るからだよ、僕だけに注目し続けて欲しかった』


《ふふ、本当に不思議、知ってるのに不器用》

『君達人種もね』


 ジュリアがロミオの頬にキスをすると。

 今度はロミオがジュリアの頬にキスをします。


 そして今度はジュリアが私の頬にキスをする。

 幸福のお裾分けに、愛のお裾分けに。


 私が邪魔ではと訊ねたのですが。

 寧ろ居てくれないと困る、とジュリアに言われデートに同行しています。


 私は、居心地が良いです。

 私はジュリアをお母さんだと思い、ロミオをお父さんだと思う事にしています。


 友達で、娘でクッション。


 私が居ないと不安になるんだそうです。

 まだ、心の底から信用出来ていないけれど好きだから、だそうです。


《あ、薔薇のアイス》

『ヒナも要るかい』

『はい、食べてみたいです』


『じゃあ2つにしよう、苦手なら僕が食べるよ』

『はい、ありがとうございます』


『いえいえ』


 反応が欲しいが為に、構って貰う為に何かをする。

 その事が良く分からなかったのですが、今は実感しています。


 そこに愛が有るのだと実感出来る、実感したいからなのだと。


『少し、夢の様な気がします』

《私も、あんなに怖かったのに、凄く穏やかで拍子抜けしてる》


『私は、こんな風にされたかったのかも知れません、でもあの時は不満は無かったんです』


《もしもの世界ね、もしも違う世界だったら、どうなっていたか。でもそれって、それらの世界をある程度は知らないと思い付かないから、まだ足りないのかも》

『はい、私もそう思います。でも、この方が良いなと思います』


 桜が散る公園で、家族で仲良くお散歩をする。


 もしお願いして叶うと知っていたら、きっと私はお願いしていたと思います。

 でも、今でもそう願えません。


 あの時の私には何も願いが無かった。

 どうしたいだとか、何が食べたいとか、何も無かった。


 だから?


 お願いすれば良かったんでしょうか。

 お腹が減った、喉が渇いた、学校に行きたい。


 そうお願いすれば、私は死ななかったんでしょうか。


『ハグだけで、アイスは要らないかな?』

『要ります、食べてみます』


『はい、どうぞ』


 薔薇の匂いのする、薔薇の形のアイス。

 ネネさんは食べた事が有るんでしょうか。


『大人の味な気がします』

『そうだね、だからコッチはイチゴ味だよ、どうかな』


『食べ易いです』

『じゃあヒナにあげよう』

《流石、ありがとう》


『ありがとうございます』

『いえいえ、物知り、だからね』

《はいはい》


 コレが恋人や夫婦の日常会話、だそうです。


 私はコレが好きです。

 愛の言葉は言っていないのに、愛を感じるからです。


 少し前に分かる様になった胸の奥の感覚です。

 温かくて、灰色兎みたいな肌触りだったり、良い匂いを嗅いだ時みたいです。


 それにアズールが何も言わなくても私が食べたい物を作ってくれていたり、褒めて貰った時も反応します。


 反応が欲しい。

 その事も良く分かりました。


 嬉しい、楽しい。

 良い気分になって欲しい。


 だから私は笑顔の練習をしています。


『笑顔、出来ていますか』


『んー、多く見積もって、45点だね』

《要求が高い、私なら65点ね、だって笑顔になろうとしてるってちゃんと分かるんだもの》


『成程、やっぱり君が甘やかす役で、僕が叱る役になりそうだ』

《そん、失礼な、厳しくする時は出来るし》


『そう、楽しみにしているよ』


 ロミオはジュリアを偶に誂います。

 前は良く分かりませんでしたが、今は少し分かります。


 反応が欲しいから。

 無関心では無く、言葉をしっかりと聞いている、その反応が欲しいから。


『リスみたいです』

《言葉を溜め込んでたの》

『思う通りに言って構わないんだよ、言いたい事は言い合わないとね』


 私には言いたい事が無かった。

 今は有るのに、前は何も無かった。


《叱る練習を、します》

『そうだね、一緒に練習しようね』


 今は誰かと何かを一緒にしたいです。

 でも前は、どうして、私には何も無かったんでしょうか。


『何だか、悲しい気がします』

『大丈夫』

《大丈夫、話して大丈夫、大丈夫》


 事実は悲しみを生む事を知りました。


 なので我慢を知りました。

 話を逸らす事も知りました。


 でも話したい。

 でも、話す事が少し怖くなりました。


 愛を失いそうで怖いです。

 悲しい話ばかりをして、離れられてしまうのが怖いです。


 だから、2人に悲しみを分散しています。

 ネネさんだけに負担がいかない様に。


 ネネさんからの愛を失わない為に。




『もし産むのが怖いなら、里親になる、そうした選択肢も有ると思う』


《まだ、結婚も同居もしてないのに》

『茶化すのは少し君の悪い癖だね、コレからの事、この先の事について話し合おう』


 私達は仲を繋いでくれた対価に。

 いや、寧ろ恩返しに、ヒナに愛を分け悲しみを分け合ってる。


 安心は偉大な後ろ盾になった。

 だからこそ、彼の言葉を半分以上、素直に受け止められている。


《私が、叱るのが下手そうだから?》

『いや、寧ろ酷く相性の悪い子が産まれた時、君が自責の念に駆られそうだからだよ』


《確かに、そうなると思う》

『だからずっと考えていたんだ、そして今日、改めて話し合う決心が付いた』


《ヒナの事?》

『自身の血が繋がった者の方が、人種は愛せる者が多い、けれど君は違う』


《目が、曇って無い?》

『恩返しだけで、ヒナの後ろに有る闇を何とかしようだなんて、そう思える事じゃないよ』


《それは、私の不出来を知っても友達になろうとしてくれたし、良い子だし》

『子供を選ぶ事が罪なら、そもそも作る事が罪じゃないかな』


《暴論》

『本当にそうかな、大概はもし妊娠したなら、男が良いだとか女が良いだとかを願う。そして次は健康を、頭の良さや特技を、そして終いには扱い易い子を願う』


《それは、折角産むんだし》

『もし選べるなら、選べる事が当たり前なら、きっと聖獣ですら願うだろうね』


《苦労していたら、そうかも知れないけれど》

『幸いにも僕らは選べる、そしてもしお互いに合わなかったら、当たり前に離れる事が出来る』


《もしかして、向こうの事も絡めての事?》

『君も幾ばくかヒナの親の気持ちが分かる筈、子に原因は無くても、途中から望まれなくなった子は不幸になる』


《きっと、ヒナの父親に原因が有るだろう、とは思っているけれど》

『誰かを嫌う気持ちが全く分からないより、僕は誰かを嫌える者の方が良い。人種には限界が有る、なのに全てを受け入れるだなんて、本当は無理なのだから』


《でも、子育ての経験が無いと》

『ヒナが居るじゃないか、ヒナが認めるまで、僕らが成長すれば良い』


《でもヒナは、友達だからこそ》

『最初は友達の様でも良いと思う、彼ら彼女らにしてみれば、親は生みの親なのだから』


 恋や愛が怖かった。

 でも、彼の求めているのは家族。


 家族なら、私は知ってる。

 家族の事なら、私は怖く無い。


《そんなに、私を親にしたいのね》

『勿論、君と家族となって、生涯幸せに暮らすんだよ』


《なら、確かに里親も考えないとね》

『子供が居なくても良いけれど、それだと僕の親や君の親に、罪悪感が湧くんじゃないかな』


 図星だった。

 だからこそ葛藤していたし、恐怖を克服しようと思っていた。


 大多数と同じ様に、幸福な娘として当たり前を当たり前に出来る様になりたかった。

 そして理想とは違う、不出来な私を何とか否定したかった。


《どうしてそんなに分かるの》

『君の本の傾向と、良く観察し考えた結果、だよ』


《それに性質も、ね》

『悪魔では無いから、意外と成功しない事も有るんだよ、幾ら知識が有ってもね』


《まぁ、そうよね、だから精霊と人種の悲恋も多いのだし》

『暴走しがちなのは西欧の精霊の特性、だからね』


 セイレーンは自身に惹き込まれて欲しかった。

 けれど男達は次々に溺れ、セイレーンの元を去った。


 セイレーンは違いを分かっていなかった。

 良く似た同じ生き物だろう、と。




『学園に行きます』


《私、何かしちゃった?》

『いいえ、ジュリアもロミオも良くしてくれました、でもだからこそもっと悲しみを分散させるべきだと思い至りました』


 僕らの疑似子育ては、早くも終わりを告げた。


『そう、優しい選択だね』

『はい、良い者には優しくしたいので』

《遠慮してない?本当に全然、大丈夫だからね?》


『はい、私の問題です、2人には優しくしたい。長く一緒に居たいので、長続きをさせる為です、嫌ですか』

《全然、嫌じゃないけど、嬉しいけど少し残念だし寂しい》

『そうだね、子育てが始まったばかりなのに、もう終わってしまった様な気分だよ』


『偶にお世話になりに戻ります、なのでその許可を下さい』

《勿論、遠慮しないで良いんだからね、あまり溜め込んじゃダメだからね》

『注意は上手だねジュリア』


《もう、君からも》

『いっぱいになる前に会いに来る、コレは少し難しいだろうから、もしかしたらいっぱいかも知れない。そう思ったら直ぐ、来るんだよ』

『はい、そうします』


《良いけど、やっぱりダメ、先ずは毎週末来てくれないと不安でロミオの相手が出来ない》

『そうだね、離れるなら徐々に、赤ちゃんなら特にね』


 ヒナには知識が有る。

 けれどそれは歪で、不完全。


『はい、そうします』

《うん、料理をもっと覚えて待ってるから、ちゃんと帰って来るんだよ》


『はい』

《嫌なら避ける、ちゃんと寝てちゃんと食べる》


『はい、この前のジュリアみたいになる前にココに来ます』

《もー、君の変な癖が移った》

『良い子だね、良い事を沢山学んで、良い事に生かそう』


『はい、頑張ります』

『じゃあね』

《えっ、もう行くの?》


『はい、名残惜しいは苦手なので』


《うん、分かった、また来週ね》

『そうだね、またね』

『はい、また』


 本当の子育ても、意外と離別は早い。

 そう知識では分かっていても、きっといつまでも、この名残惜しさには慣れないのだと思う。


 先人達が慣れなかった様に。

 身内との離別は、酷く名残惜しい。


 そう分かっているのに、身内を作らずにはいられない。


『まだ時間は有るのだし、僕らも学ぼう』

《うん》

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