44 愛の図書館。
『コレはアナタですか』
ヒナ様が向き合っている相手は、ココの受付に居る司書。
しかも本の通り、人種。
《それは、一体、何ですか?》
『ココの成り立ちだ、とベリアルに渡されました、因みにベリアルは何処かに消えました』
《えっ、成り立ち、ですか》
『少し読んでみて下さい』
《あ、はい》
そうして読み始めて暫くすると、大きな溜め息を吐き。
『コレはアナタでしょうか』
《はぃ》
『何故、幾ばくか恥ずかしそうなのでしょうか』
《幼い感想がそのままに描かれていたからです、恥ずかしい》
『私の知り合いも人種が嫌いです、同族嫌悪だそうで、仕方が無い事では』
《私も人種です、でも成長しようとしない、克服しようとしていないので恥ずかしいんです》
『困っていないからでは』
《ですけど、いずれ困るかも知れない事は分かっているので、はぃ》
『困りますか』
《私から産まれる子の中には、人種が産まれる筈です。もしかすれば、私はその子を手放すかも知れない》
『問題無いのでは』
《いいえ、そんな私を許し愛しては欲しくないんです》
『成程、矛盾してしまいますね』
《はぃ。ベリアル様は、まだ愛を真に理解していないからやる気が無いのだ、と仰っています》
『私はヒナです、私も愛を理解していません、知り合いになってみませんか』
《えっ、あ、はい》
こうして、ヒナ様に新たな友人候補が現れました。
『私も、今は学園には通っていません』
《何か問題が?》
『はい、ですが殆どは解決しました』
《そうなんですね、復帰は考えていないんですか?》
『いいえ、いずれまた通うつもりですが、私に基礎知識が足りないので保留にしてあります。愛についてもそうですが、嫉妬や不幸、幸福についても良く分かっていません』
《あの、人種では無さそうですが》
『はい、悪魔貴族です』
小さな子から出てきたのは、悪魔貴族だけが持てる、金の懐中時計と指輪。
《あー》
『私には人種も混ざっています、どうですか、嫌ですか』
《いえ、愚かな人種がイヤなんです。特に勘違いしている者が、もう、凄くイライラする》
『アズールもそうですか』
「そうですね、見ていて腹立たしさや苛立ちを覚えます」
『シルキー種なのに』
《あ、そうなんだ》
「僕はシルキーから産まれましたが、ですね」
人種以外は、見た目と年齢は違う。
彼は一体、どの位。
『アズールはどうですか、きっと結婚したらイライラしない筈です』
《えっ》
「すみません、ヒナ様は家族についても少し不得手でして」
《あぁ、孤児院に》
『いいえ、お母さんと一緒に暮らしていました、私は向こうに居た宿星でも有ります』
向こう。
本で読んだ事が有る。
魔法の無い、酷い世界。
《大変、でしたね》
『そうでも無いです、暴力も暴言も無かったですし、特に困った事も有りませんでしたから』
でも愛が分からない、それに家族についても。
あぁ、本で読んだ事が有る。
ネグレクトって言うんだ。
《でも、今は少し困っている》
『ですね、はい』
粗野で野蛮でも無いのに。
何故、どうして。
いいえ、私には少し分かる気がする。
きっと彼女の事じゃなく、彼女に関わる何か、が嫌だった。
だからきっと、何もしなかった。
《ココへは愛や嫉妬、幸運と不幸、それに家族について知りに来たんでしょうか》
『はいそうです』
愛されていた者も、愛されていなかった者も、他を知らないとそうだったのかが分からない。
愛されていたのか、愛されていなかったのか。
何が、知りたいんだろうか。
愛されていたかどうか、か。
愛とは何なのか、か。
《愛とは何なのか、でしょうか》
『はいそうです』
とっても初歩的な事。
血縁者が居ない私でも知ってる事。
本当に、彼女は何も教えられなかった。
何も無かったから、学ぶ事が出来なかった。
《じゃあ、私が最初に家族について渡された本はどうでしょうか》
『はい、試しに読んでみたいと思います』
渡されたのは辞書でした。
しかも向こうの辞書と、コチラの辞書です。
《意外と定義が違うかと》
『はい、改めてこうして見ると、確かに違いますね』
《因みに渡したのは向こうで言う日本、の辞書です、各国のが有りますよ》
『各国の』
《はい、でもコレはコッチの共通の辞書、向こうには共通の辞書って無いみたいです》
『成程、そこにも違いが有るんですね』
《はい、で次はコレです》
『人種の為の育児手引き書、ですか』
《はい、帝国が出している、最低限が書かれた本です。夫婦手引き書も各種有りますけど、家族手引き書は無いんです、其々ですから》
ネネさんは、既に読んでいるんでしょうか。
『家庭の家庭教師は居ますか』
《あー、多分、居るかと》
『凄いですね、各種の手引き書を暗記している、筈』
《ですね、多分》
親、とは保護者。
保護者とは、保護する義務の有る者。
保護とは、守る事、時には養育する事も含む。
『もしかして私は、守られていたんでしょうか』
《かもすれば、多分、ですが》
養育とは、必要とされる監督と保護を指す。
監督とは、指示指導、管理を行う事。
『守られていたのかも知れませんが、監督はされていなかったかと思います。友人候補のアンバーの家に行った事が有りますが、私の家とは全く違いました』
《もしかすれば、偶々、とても世話好きのご両親だったのかも知れないので》
『はい、もう少し他を知る必要が有ると思います、友人は居ますか』
《まぁ、一応、それらしき者は居ますが》
『紹介頂けませんか、見てみたいので』
《あー、えー》
「お手紙をお預かり致しましょうか、突然の来訪は戸惑われるでしょうから」
『あ、どうぞ、お使い下さい』
そうして私は色とりどりの、明らかに高価なミニレターセットの中から、出来るだけ簡素な物を選び出し。
出来る限りの情報を詰め込み、来訪の是非を尋ねたんですが。
「今晩にも来て構わない、と言伝を頂きました」
《えっ》
正直、彼は友人とは言い難い。
『何か問題ですか』
《断られるかと思っていたので、驚いています》
『友人、では無いのですね』
《はい、それに近い何か、でして》
『どんな方なのでしょうか』
《正直、少し意地が悪いんです》
最初に出会った時の事でした。
『どうして、そんな本を読んでいるんだろうか』
私が、人種の為の育児手引き書を読んでいた時です。
既に彼は本の中身を知っていたらしく、どうして人種である幼い私がそんな本を読んでいるのか、と訊ねてきた。
《決まってるでしょ、知らないからよ》
私は知らない事を恥とは思っていませんでした。
子供だからこそ、知らない事は沢山有って当たり前だ、と育てられていたから。
でも、彼は人種じゃない。
当たり前が違うからか、彼は鼻で笑ってその場を去った。
変な男の子だな。
そうとしか思わなかったんですが。
以降、何日かに1回来ては。
毎回、どうしてそんな本を読んでいるのか訊ね、溜め息を吐いたり素っ気無い態度を示して去っていた。
そして私はある日、そうした行為が馬鹿にしている態度だ、と知り。
鼻で笑う彼に問い質した。
『ふっ』
《アナタ、何故馬鹿にするの》
本当に驚いた様な顔をして、どうしてなのかと私も驚いた。
彼は精霊種の悪霊属の、マシュキムと人種が混ざった子、だからこそ驚く様な事は無いのだろうと思っていた。
でも、またいつも通り少しニヤけた顔になると、口を開いた。
『分からない事が不思議で、とても面白いから、だけ。馬鹿にしたつもりは無いけれど、不愉快にさせたのは事実らしい、誤解を招いた事は謝罪するよ』
《私、アナタが嫌い、簡潔に言えない者は嫌いだから》
当時の私には、彼の丁寧な謝罪は通じなかった。
何だかゴチャゴチャと言い訳をしている様にしか聞こえず、もっと不愉快になっていたから、だから無視する事に決めた。
なのに彼は数日後には、以前より丁寧に話し掛けて来た。
『この前はすまなかった、今日は何故、その本を読んでいるのかな』
私は困惑した。
だって馬鹿にする為じゃないなら、何故訊ねるのか分からなかったから。
つい、訊ねてしまった。
《馬鹿にするワケじゃないなら、どうして訊ねるの?》
また、小馬鹿にした様な笑みを浮かべたけれど、彼は直ぐに答えた。
『最初から知っていれば読まずに済むのに、どうして読む事に不満が無いのか、と思ってね』
《だって、私は人種だから》
『違うよ、君が人種の家庭で育っていれば、読む必要が無かったんじゃないのかと言う事だよ』
確かにそうだと思った。
知っていれば必要の無い事だろう、と。
じゃあ何故、どうして私は、こうなのか。
それはシルキーとバンシーが引き取ったから。
だから私はシルキーとバンシーを見つめた。
何故、どうして引き取ったのだろう、と。
その時、初めて疑問に思った。
シルキーとバンシーは悲しそうだった。
私は、コレは悪い考えなのか不安になった。
《コレは悪い事、嫌な事なの?》
2人は横に首を振るだけ、だった。
『良く話し合ってみて、折角の本好きなのだから、疑問を持った方が良い』
そう言って彼は去って行った。




