43 愛する者の為の議定書。
今日はアバドンの案内で図書館へ来ました。
「あら、いらっしゃい」
『ベリアルですね』
『はい』
『どうも、ヒナです』
《彼女はココの管理者だ》
「そうなの、とても偏った図書館、愛の図書館よ」
アバドンには先日、嫉妬について教えて貰い。
今日はネネさんの言っていた嫉妬について納得する為、改めて案内して貰ったのですが。
『愛の図書館に嫉妬は有るのでしょうか』
「勿論、先ずはココの成り立ちを、どうぞ」
そうして手渡されたのは。
『コレは、日記の様に見えますが』
「かも知れないわね、さ、先ずは読んでみて」
先ずはベリアルに渡された古びた革製の日記帳を、日当たりの良い場所で読む事にしました。
「何故なの」
『何故って、お前を幸せにする為じゃないか』
「ワケの分からない事を」
『家族がお前を虐げ続ければ、いずれお前は嫁ぎ先で幸せになる、その為に虐げていただけだよ』
「そんな、何処の御伽噺にし」
『ココの書庫だ、沢山有ったぞ、虐げられた後に幸せになった娘の本が』
祖母の書庫。
そこには、こんなにも不条理で理不尽な物語ばかりが。
その恐ろしさに激しい目眩を感じ。
気が付くと、見知らぬ場所に寝かされていた。
『あぁ、起きたんだね』
キラキラと眩しい王子様の様な男性。
ずっとココに居たのだろうか。
「あの、ココは」
『僕の城だよ、大変だったね、君のご家族は捕まったよ』
私は泣き出してしまった。
何故、急に冷たくされたのか分からなかった、だからこそ悩んだ。
そして家族を捨てるつもりだった。
なのに。
大切に思っていたからこそ、虐げた。
愛は有っただなんて。
「ごめんなさい」
『良いんだよ、辛かったろう、幾らでも泣いて構わないのだから』
私は救って下さった方とお付き合いをし、婚約する事となった。
けれど、3ヶ月目を過ぎた頃。
「その女性は」
『あぁ、誤解しないでくれ、友人の婚約者だ。相談に乗っていただけだよ』
それ以来、彼と会う頻度は減り。
そしてとうとう、彼の首の後ろに僅かな痕を見付け。
彼らの逢瀬の最中に押し入り、破棄を申し出た。
「今までありがとうございました」
『何を誤解しているのかな』
《私達は、ただのお友達ですのに》
裸でベッドに居る姿で、どうしてそんな事が言えるのだろうか。
「では首筋の痕すら許せる寛容な方を、どうぞお迎え下さい」
『分かった、そうさせて貰うよ』
「はい、では」
あれから数ヶ月もしないウチに、復縁要請が有った。
『僕が悪かった、どうかしていたんだ、戻って来て欲しい』
私は婚約破棄をされ、直ぐに伯母の家へと向かった。
そして泣き暮らしていた。
悲しかった。
疑うべきでは無かったのではとすら、悩んだ。
けれどココで許し、また裏切られたら。
今度こそ私は、壊れてしまう。
「遠慮させて頂きます、お引き取りを」
『分かった、また来るね』
以降、彼は何度も訪ねて来た。
そして会わなければ付き纏い、とうとう。
「離して下さい」
『いや、君が』
《揉め事ですか》
『いや』
「助けて下さい、お願いします」
『婚約者なんだ、今日は少し機嫌が』
「元婚約者です、お願いします、助けて下さい」
《家にお送り致します》
そうして知り合ったけれど、私はどうしても心を開けなかった。
どうしても。
また、裏切られるんじゃないか、と。
けれど、彼の寡黙ながらも優しい人柄に惹かれ。
婚約し、婚姻し、数日後の事だった。
『おめでとう』
「何故ココに」
『警戒しなくても良いよ、君に本当の事を言いに来ただけなんだ』
「本当の、事」
『本当に君を愛していたんだ、だから君を虐げた』
「何を」
『とある書庫の本を読み、決めたんだ。婚約者に虐げられていた者が、次はもっと愛される、だから君を虐げただけなんだ』
「そんな言い訳」
『そう思ってくれても構わない、じゃあ、お幸せに』
何かの嫌がらせだ。
八つ当たりをされただけだ、そう思い込もうとした。
けれど不安は拭えなかった。
幸せを感じれば感じる程、愛されれば愛される程不安は募り。
そして、その予感は当たった。
《君は、本当に使えないな》
婚姻後暫くしての事。
彼は不意に不機嫌になり、以降、私を無視し始め。
とうとう、離縁となった。
「今まで、ありがとうございました」
《あぁ、愛してる》
「なら、何故」
《君を愛しているからこそ、より幸せにと願った。君は離縁され、更に幸福を得る事になるだろう》
「私は、アナタと」
《すまない、君の為なんだ、君の幸せの為なんだ》
そうして数ヶ月後。
また、男性と知り合いそうになった。
与えられても、いずれ去られてしまう恐怖から。
私は、彼を拒んだ。
「何故です」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
僕が一目惚れをした彼女は、自死した。
『あぁ、何て事を、お前を幸福にする為に不幸にしたと言うのに』
『僕も、だからこそ手放したと言うのに』
《何故なんだ、何故死を選ぶなどと》
彼らは、彼女を不幸にした3人の男達。
1人は父親、1人は初めての婚約者。
そして最後の1人は、離縁した元夫。
彼女は遺書を遺していた。
僕は全てを知り、彼らを敢えて彼女の葬儀に呼んだ。
「何故です、何故、ご自分達が幸福にしようとは思わなかったのですか」
『子の居ない君には、分からないだろう』
『僕が与えられる幸福以上を、彼女に与えたかったんだ』
《私達は、より幸福な道へと、そう促しただけなんだが。独身の君には、分からないだろう》
「独身だろうと、子持ちで無かろうとも、彼女が最後まで不幸だった事だけは理解出来ます。アナタ方が彼女を幸福にしよう、そう覚悟さえしていれば、彼女は死を選ばずに済んだ筈です」
『君には、分かるまいよ』
「分かりたくも無い!彼女がどれだけ苦しんだか」
『それは更なる幸福の為』
《彼女の幸せを願っての事なんだよ》
「だとしても!彼女は亡くなったんですよ!!」
『君が、もう少し強引に』
『いや、元は君に託したんだ、何故彼女を』
《彼女は素晴らしい女性だった、だからこそ私は……》
言い争う彼らを、僕は後ろから刺し殺し。
彼女と共に焼き払い。
彼らの愛読書を焼いた。
彼女を不幸にした書物を、彼らを焼き。
僕も、焼いた。
「書を禁ずる事は出来無い、けれどコレで、せめて悪しき見本だと示す事は出来るだろう」
私の家には、バンシーとシルキーの夫婦が居ます。
本の中身に厳しいシルキーと、愛される事を怖がるバンシー。
『その書はいけません』
《もう、コレもダメなのね》
「君の為だよ、さ、お茶の時間にしょう」
私はバンシーに拾われた孤児。
この家はバンシーとシルキーの家。
膨大な書庫には敢えて空いた棚が幾つか有り、それが埋まる事は決して無い。
私は、2人の事を詳しくは知らない。
知るのは、悪魔だけ。
《あ、ベリアル様》
「ふふふ、お邪魔するわね」
《いえいえ、どうぞどうぞ》
2人は悲劇を迎えた、元は人だったらしい。
そして悪魔が精霊種に生まれ変わらせ、この家に住まわせた。
「さぁ、僕らも休もう」
『結構です、まだ仕事が有りますので』
いつか、バンシーが愛を受け入れてくれると良いのだけれど。
それには少し、まだ何かが足りないのだと思う。
《どうしたら、受け入れてくれるんでしょう、シルキーはあんなに愛しているのに》
「愛は幸福に繋がるのだと、そう思えたら、かしらね」
《愛が、幸福に繋がらない事なんて、有るのでしょうか》
「あの空白が、有った証拠よ」
ベリアル様が指した先には、空いた棚。
あんなにも、愛が幸福に繋がらない事が有るだなんて。
《あんなに》
「そろそろ、アナタも人と関わる時期ね」
《嫌です、事件や悩みは人と人とが関わって起こる事、私はココで満足です》
「そうね、けれど残念ね、アナタが成人したらココは図書館として解放される事になっているの」
《えー、じゃあ人が来てしまうじゃないですか》
「だからこそ、よ」
私は面倒を見て貰う代わりに、人種の司書として育てられていたらしい。
殺人も事件も何もかもが、人種同士の問題だと言うのに。
《どうにか、他の仕事を》
「はい、新しい本よ」
その本には、嘗て神と神が揉める様子や、神と精霊が揉める様が描かれていた。
けれど、今ココに神は居ない。
居るのは人種に良く似た精霊や悪魔、一部が似た獣人や亜人だけ。
《どうしても、人種も入れねばなりませんか》
「だってアナタも人種だもの、大丈夫、まともな人種も居るわ。あの2人がそうだったもの」
けれど、死へと至った。
《稀に、では》
「今は、大丈夫よ、ふふふ」
嘗て、虐げられ痩せ細った女が愛でられていた。
けれど、その因習は封印されている、らしい。




