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40 苗と家族。

『アズールにとって家族とは何でしょうか』


 いずれ聞かれる事だとは思っていましたが、まさか、ネネ様の居る帰りの馬車で尋ねられるとは。


 いえ。

 もしかすれば、だからこそ、なのかも知れない。


「両親はシルキーとブラウニー、家屋の世話をする事を好み、(ヒト)種を好む。けれど僕は人種が大嫌いだったので、家を出て孤児院へ入りました。偶に現れるんだそうです、僕の様なモノが。なので僕にとって家族とは、良く似た全く違う何か、です」

「分かります、ですがそれは血縁が有る場合、夫婦等の家族はどうでしょうか」


 コレはネネ様への開示。

 ヒナ様の思い遣り。


「知識としては存在しても、やはり今の僕は求める事の無いモノ、ですね」

「では、家族に近い何か、誰かは居ませんか」


「孤児院で、一時はバルバトス騎士爵にお世話になったのですが、加えて良いものなのか」

『バルバトスは寧ろ喜ぶ筈です、そうですか、成程』

「その時のお仲間は、どうでしょうか」


「同志、仲間だとは思っていますが」


 確かに、僕の中に明確な家族像は無い。

 けれど、求めていない事は考えられない。


『アズールは知識が有っても悩みますか』

「そうですね、特に欲した事も無いので」


『それで、孤児院にはどの位居ましたか』

「そうですね、100年程でしょうか」

「まさかの年上でらっしゃったとは」


「あぁ、いつも通りでお願い致します。容姿は簡単に変えられますし、コレは利便性を重視しての事ですから」

『孤児院では何をしていたのですか』


「色々と有ったのですが、多かったのは、ベジタリアン・リキッダリアン・ブレサリアン。それらの世話や記録ですね、不本意ですが、使用人とは違いかなりの自由が有りましたから」


「ベジタリアン以外が分からないのですが」

『リキッダリアンは液体だけ、ブレサリアンは呼吸だけで生きようとする、だと思いましたが』

「はい」


「すみません、関わってしまい」

「いえ、僕が嫌いなのは賢くない人種だと理解しましたし、ヒナ様もネネ様もその範囲には入ってはいませんし。寧ろ僕が、稀有な方ですから」


「それは寧ろ、当たり前な気もしますが」

『シルキーやブラウニーは滅多に人種を嫌いません、愚かだとするより寧ろ個性、とするかと』

「はい、その殆どがそうですが、僕は人種の血が濃いのだと思います。同族嫌悪かも知れません」


『同族嫌悪は分かりますが、何故そうなるのでしょう』


 何故。


「そうなるかも知れない、そうなりたくない、とかでしょうかね」

「すみません、ありがとうございます、同族嫌悪と言う言葉だけで片付けていたので」

『アズールは何になら興味が有るんでしょうか』


「賢さ、だと思います。仕事が出来る方や、何かしらの成果を出す方を好ましいと思うので」

「それはバルバトス騎士爵を見て、でしょうか」


「はい、ですので孤児院では世話になると同時に、働いていました」

『何故、外に働きに出たのでしょうか』


「騎士爵が僕を心配し、すっかり後任を育ててしまったので、外に出るしか無くなってしまったんです」

「居心地の良い孤児院だったんですね」


「はい、家よりはずっと、気持ちが落ち着きました。そろそろ着きますので、後はお茶の後でも」

「あ、では私はそのまま帰ります」


「僕の事でしたら気になさらなくても」

「いえ、出す手紙が有るので、またいつかお伺いさせて下さい」


「はい」




 ネネさんが言っていた、人種には無いモノについて、アズールの話を聞いて良く分かった気がしました。


『アズールは直ぐに考える事を止めてしまうんですね、興味が無いと』


「そうですね、同族嫌悪についても、変える気も有りませんでしたから」

『アズールの幸せは何でしょうか』


「今は、ヒナ様が立派に育つ事、ですね」

『では以前の幸せは何ですか』


「立派なお仕事をなさる方を、お傍で補佐し、共に成果を喜ぶ事だけでした」

『他に無いですか、美味しいとか見るのが楽しいとかです』


「有るには有りますが、無くても良いモノばかりですね」


 シルキーやブラウニーは惚れっぽいで有名です、そうして他のモノへの好きも目覚めます。

 つまりアズールは恋をした事が無い、だからこそバルバトスも外に出させたのでしょう。


『成程』


「そろそろ、苗をお植えしても」

『あ、忘れてました、はい』


「では準備を」

『準備からします、そこは補佐をお願いします』


「はい、畏まりました」


 補佐とは常識です、しかもネネさんが言っていたのは、良い常識。


 赤ちゃんが補佐無しで生きるのは無理です、でも私は、赤ちゃんじゃなくても子供だった。

 赤ちゃんでは無くても、子供には保護や補佐が必要です。


 なのに、どうしてお母さんは途中で補佐を止めたんでしょうか。


 嫌な苗に似ているから。

 それとも、私が嫌な苗だと分かったから。


『もし私が、この苗の事を途中で嫌になったら』

「処分を言い出されない限りは、僕がお世話をするつもりでしたが、どう致しますか」


 補佐の補佐。

 代理。


 お父さんは、私の何が嫌だったんでしょうか。


『はい、お世話を頼みます』

「はい、承りました」


 アズールは喜んで代わりの世話を引き受けてくれた。

 でも、お父さんは私を補佐しなかった。


 お父さんやお母さんは、私の何が嫌だったんでしょうか。




「ルーイ、少し良いですか」


 ネネが差し出したのは、東の国への手紙。


《彼女の申し出を受けるんだね》

「はい、タマユラちゃんにお世話になろうと思います。そして黒蛇さんとコンちゃんが女体化するので、追加や補助の侍女は不要です」


 ついに、ネネへ付け入る好きが無くなってしまった。

 折角、僕やレオンハルトの繋がりの有る侍女を入れ込める良い機会だったのだけれど、寧ろ敵が増えてしまうだろう方向となった。


《分かった、コチラからも要請の手紙を出させるから、添えておいてね》

「はい」


 いつもなら、用事が終わると直ぐに出て行ってしまうのに。

 どうしたんだろうか。


《向こうで何か有った?》

「家族について、少しお尋ねしようかと」


《僕の?》

「はい、そして家族について、どう考えているかも」


 コレは嬉しい方向だ。

 ネネは僕らの事を考える材料を要求してくれている、けれど、何故か。


《構わないけれど、急に何故?》


「とある事が切っ掛けで、子を成す事についてより不安が増したのと、常識の勉強ついでです」


《そう、でもエルを見て分かる通り》

「あ、エル様は地獄(ゲヘナ)へは来れますか」


《いや、残念だけれど無理だね、城に来て貰う事は出来るけれど》

「あ、では今はその話をお願いします、お引き合わせしたい子が居るので手順を教えて下さい」


 どうやら、僕らの事より興味が大きい事が有るらしい。

 なら、その問題は早く解決して貰おう。


《構わないよ、お茶を用意させるね》

「はい、宜しくお願いします」


 素直なネネは、やっぱり可愛い。




『お手紙が』

「はい、ネネ様の名義ですが、蝋封は帝国のモノですので。もしかすれば、正式なご招待状かも知れません」


 ネネさんと会った翌日、お手紙が来ました。


『何故でしょう』


「開けてみれば分かるかと」

『あ、はい、そうします』


 凄く、ドキドキしました。

 もし招待状なら、初めての事なので。


「2つ、入っていますね」

『どちらから読むべきなんでしょうか』


「この場合は蝋封側、手前からですね」


 そして手紙を開くと、ネネさんの字でした。

 紹介したい相手が居るので、もし良ければ帝国のお城に来て欲しい、と。


 そしてもう1つには、帝国からの招待状でした。


『凄い、初めて頂きました、招待状』

「国としての正式な招待状ですが、断る事も可能ですね、どう致しましょうか」


『行きます!』

「はい、では直ぐにお返事をお出ししましょう」


 紹介したい者とは、一体どんな方でしょうか。


 あ、ネネさんを好きな方でしょうか。

 それとも、もしかして面白い魔獣や、カッコイイ聖獣でしょうか。


 それとも、お友達、でしょうか。


 そうなると少しモヤモヤします。

 何ででしょうか。


『少しモヤモヤします』


「どの事について、でしょうか」

『お友達を紹介されたらと思うと、何だかモヤモヤします』


「それは、もしかすれば嫉妬、かも知れませんね」


『嫉妬、コレが嫉妬ですか』

「詳しくは僕も分からないのですが。どうでしょう、準備も有りますし、紹介所へ行ってみては」


『はい、そうします。あ、苗にお水はあげるべきでしょうか』

「大半は土が乾燥してからが良いそうなので、様子次第かと、出掛ける前に見てみましょうか」


『はい、そうします』


 もしかしてお母さんもお父さんも、こうして私を直ぐに忘れそうになってしまっていたんでしょうか。

 なら、嫌いとは違いますね、無関心と言うモノの筈ですから。

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