39 苗と葛藤。
ネネさんは、お姉さんみたいだと思います。
色んな事を教えてくれて、優しい。
本当の家族って、こんな風なのだとは何となく分かる気がします。
でも、なら、アレは何だったのか。
何か違うのは分かります。
でも、何がどう違うのかは分からない。
だからこそ、悪魔に会う必要が有る。
何せ悪魔は正直で賢いですから。
じゃあ人種は愚かなのかと言うと、少し違うと思います。
人種は赤ちゃんなだけで、良い子なら教えれば良い子に育つ。
他は最初から基礎を知っている、だけ、それだけの違い。
優劣、良い悪いでは無い。
こうした事は分かるのに。
私は、半分は赤ちゃん。
だからネネさんは、こうして面倒を見てくれているんでしょうか。
《分かりました、では、暫くお待ち下さい》
『はい』
「本当に、紹介所って便利ですよね」
『ネネさん、もし私が大人になったら、ネネさんは離れてしまうんでしょうか』
「それは、何故、そう思ったのでしょうか」
『私の半分は赤ちゃんです、ネネさんは優しいから、半分赤ちゃんの私の面倒を見てくれているのかと思ったからです』
ネネさんは滅多に即答しない。
良く考えてくれる、私の顔を見てくれる。
「半分は当たりですが、もう半分は自分でも分からない部分が有ります」
『大人でも分かりませんか』
「経験した事が無い、初めての事なので」
『成程』
「ただ予想は有ります、自分が本当に正しい事を言えていたのか知りたい、ヒナちゃんの成長を見守りたい気持ちが有ります」
『何故ですか、赤の他人で利害関係はもう無い筈ですが』
「庭に植えた果物の苗が、どう育つか気になる」
『あぁ、はい、少し分かる気がします』
「どんな植物なのか、実が付くか、枯れないか。所謂エゴですね」
『エゴ、言葉は分かりますが、良く分かりません』
「私もです、人種には生まれ持った特徴はさして無い、自由な分だけ不安定で分かり難い」
『分かります』
「ヒナちゃんは何の苗か分からない、どうなるかも気になる」
『ちゃんと分かりたいです、私も経験してみます、苗を買って貰って植えてみます』
そうです、ネネさんは笑ってくれるんです。
私を見てくれる、話してくれる。
嬉しそうにしてくれる。
だから私にも、笑って喜んでくれる誰かが欲しい。
家族が欲しい。
「では、何かの苗を買って貰って、補佐をお願いしましょうか」
『はい、お願いしますアズール』
「はい、承知しました」
血反吐を何度か噴き出しそうになった。
でも、それよりヒナちゃん。
紹介所で適任者が選ばれた頃、執事君が謎の苗を買って帰って来た。
なので先ずは馬車へ向かい、紹介された家へと移動する事に。
『どうなるか楽しみです、何だか少し分かった気がします』
「でも、不安も有ります。補佐が無いので正しい肥料なのか、手入れの方法は合っているのか、不安になるんです」
ヒナちゃんへは、常に期待と不安が入り混じっている。
子育てをした事も、多数の子供と関わった事も無いから。
『私のお母さんは私を見ませんでした、お父さんは偶に帰って来るだけで、殆ど家に居なくて話す事も殆ど有りませんでした』
どう言えば良い。
ユノちゃんなら、何て言う。
いや、分からないなら、先ずは言う前に聞くべきだろう。
「それがあまり良くない環境なのは、分かりますか」
『何となくは分かります、でも良く分かりません』
それは良い事でも有るとは思う、でも、このままだと良くない事に繋がるかも知れない。
やっぱり、本人も事実を知った方が良いかも知れない。
けれど。
「実は知らなくても良い事が世の中には有ると思います、少なくとも人を殺す感触は知らないで欲しいです。全てを知る必要は無い、出来るなら知りたい事だけを知って欲しいです」
本来の悪魔には望めない事。
けれど、ヒナちゃんの半分は人種。
『私は知りたいです、本当の家族と言うモノと、それと何故違ったのかを知りたいです』
知りたい。
それだけ、で知るべき事なのだろうか。
いや、もう少し詳しく尋ねるべきだろう。
「何故、でしょう」
『家族が欲しい気がするからです、ネネさんみたいな家族が欲しい。嬉しいや楽しいを増やすのは私の義務だと思っています、私は幸せになる為に生まれ変わったのだと確信しているので。でもあんまり幸せを知りません、不幸も知りません、知らないと選べないので知りたいです。そっか、だから私は構われなかったんでしょうか』
そうか、複数の答えを知らなければ、こうして考えの道筋が外れてしまうかも知れない。
やっぱり、知るしか無いのだろう。
「かも知れませんが、違うかも知れない。先ずは知ってみましょう、ココの家族についても」
『はい』
両親は、どうやって子作りの決意をしたのだろうか。
今は特に、子供を持つ事に不安しか無い。
未だにココの常識に慣れているとは言い難いのに、付き合い、結婚しようとしている。
あぁ、そうか。
紹介所は、来訪者の為でもあるのかも知れない。
アンカーや道標。
そうなれるだろう者と、知り合える場所。
「紹介所よりご紹介頂きました」
『はい、存じております、アモン様は裏庭です。コチラへどうぞ』
「はい、お邪魔致します」
そうして既に裏庭の茶席で待っていて下さったのは、72柱7番目のアモン様。
アモン様はエジプト神話のアメン、羊とガチョウを象徴に持つ、豊穣神として祀られていた方。
今のお姿は、グレーをベースにしたモノクロチェックのスリーピースのスーツをお召しになり、ワタリガラスとゴイサギとフクロウの黄金のピンブローチ。
そして杖、持ち手は狼が杖を咥えており、柄には炎の紋様と浮き彫りとなった蛇の尾が先まで緩やかに巻き付いている。
悪魔貴族解体新書には、悪魔を定義した者達にとって遠い存在である場合、様々な容姿で表現されている事が多いと書かれていた。
アモン様は、ワタリガラスやゴイサギ、若しくはフクロウの頭を持つ者。
或いは狼の姿に蛇の尾を持つ者、炎を吐く者、として知られている。
そして炎を吹く者は、それだけ元の影響力が大きかった事をを示している、とも。
《私はアモン、どうぞ宜しく》
『ヒナです。道徳の勉強になる事を尋ねようかと思っていたんですが、私は両親について知りたくなりました、どう知れば良いと思いますか』
アモン様はサタナキア様の配下、となっているが。
つまりは非常に親しい間柄である、それだけ。
《劇は、あまり気が乗らないのだろうか》
『はい』
《では、やはり本だな》
『やっぱりそうなりますか』
忍耐、自然の神秘を理解し。
そして人生の主題、最も困難な仕事や義務、実践的な芸術について良く知ってらっしゃる方。
今回の困難に相応しい導き手でらっしゃる方。
《気乗りしないか》
『本は嫌いでは無い筈です、しかも知りたい筈なのに、どうしてなのか気乗りしません』
ヒナ様は、初めて、知る事について躊躇ってらっしゃいます。
《知ると言う事は楽しい事、だけでは無い、下手をすれば苦痛が待っている。そうした事を既に知り、身構えているか、若しくはまだ時期では無いと言う事だろう》
『時期はどう来ますか』
アモン様が好む者、或いは事象。
枝葉末節・悪意・利己。
そして寛容。
きっと、それら全てが必要となるのでしょう。
そして、ヒナ様も、既に根底では理解してらっしゃる。
だからこそ、躊躇われているのだと思います。
《先ずは家族なるモノについてなら、気が乗るだろう劇を紹介出来るが、どうだろうか》
『はい、お願いします』
悪魔、とは邪悪な存在に対して悪を成す魔。
だと教わりました。
ですが向こうでは、そうでは無いそうです。
《スズランの、君も行くと良い、知りたいだろう》
「はい、ありがとうございます」
ネネさんの分も、チケットを渡されました。
一緒に遊びに行けるのは楽しみなのですが、少し日付が空いています。
『直ぐに観れませんか』
《彼女の予定に合わせてだ、本来なら今は強欲国での学びの時期だろう》
『あ、すみません、お邪魔しました』
「いえいえ、私にも息抜きが必要ですので」
《家族の事を知るには、何も劇や本だけでは無い、周囲の者に尋ね成果を発表し合うのはどうだ》
『はい!頑張ります』
そうでした、私にはアズールや書庫のシルキー、アンバーが居るんですから。
《君は暫くお茶菓子を味わってくれ、ではスズランの、少し行こうか》
「あ、はい」
何故、個別呼び出しの様な事を。
《家族について尋ねる事の良し悪しも、待つ良し悪しも有る、アナタはどちらかを選んだに過ぎない。深刻に捉える必要は無い、少なくとも彼女は賢く、優しさや喜びを知っているのだから》
優しく諭されている。
「すみません、叱られる前の子供の様な態度でしたでしょうか」
《いや、ただアナタの気質を知っているだけだ、表には何も出ていなかった》
「そうでしたか、安心しました」
《少し、私の事を話そう》
ソロモン72柱、7番目のアモン。
枝葉末節、要するに些末な者、本質とは離れた事柄に興味を示す者。
悪意盛んな者、利己的な者、役に立つ事を学ぶ者を特に好むそうで。
確執と和解、怠惰を司る悪魔だ、と。
そして天使名はAchaiah、寛容と忍耐を意味し。
最も難しい仕事を実行することに誇りを持たせ、忍耐力と自然学、実践的な芸術を教授する悪魔だと。
「成程、ではエル様を好まれそうですね」
《そうした確固たる意志を持つ者を悪魔の大概は好む、だが誰が選ばれるか、だな》
悪魔は身近な神に相当する存在。
ココの者なら、誰も悪魔を拒絶はしない。
けれども滅多に相談しようとも思わないらしい。
恵まれているからこそ、そこには至らないのだ、と。
「家族を持つ事が不安になりました」
《そうだろう、だがアレは稀有な事象、身近では無い何かに恐怖心を抱くのは本能だ。だが問題は、どう忌避すべき事象を回避するか。それは彼女から更に詳しく聞かなければ、何の対策の取りようも無いのでは無いのだろうか》
「はい、仰る通りで」
《このままで私は構わないと思う、対応の仕方もまた個性、一律の正解が有れば向こうの問題は随分と減っているのでは無いだろうか》
「はい、ありがとうございます」
《私は随分と相反する者を好み愛するが、アナタは充分にやっている、どうか与えられた物事を元に自信と誇りを持って欲しい》
正直、悩んでいる事がもう1つ有りました。
東の国から、玉響ちゃんが侍女として働きたい、と申し出てくれている。
やっと、独り立ち出来た気がしていたのに。
頼って良いものか、悪いものか、と。
「私の下で働きたい、そう申し出られているんですが」
《ココは向こうとは違う、生きるだけでも相応の手間暇が掛かる、しかも頼る事は悪では無い。そして時には効率を重視する事も、悪では無いのでは無いだろうか》
ウチには家政婦が居ました。
ですが、一時的とは言えど常駐しているのは稀だと知ったのは随分と後の事で。
あの時に、あの男と関わっていなければ。
いや、仕方無い。
そうした家なのだろう、で終わってしまっていたのだから。
まさか、他人を蔑ろにする為に好意を示すだなんて生き物が居る、だなんて思わなかったのだから。
そうだ、好意に甘えよう。
悪意の無い善意、好意なのだから。
「はい、ありがとうございます」




