4 もふもふとお友達。
私が選んだのは、大きな灰色のウサギの獣人。
人と同じ様に歩いて過ごせる、もふもふ。
チンチラの魔獣とウサギの亜人の間に産まれた、肌触りの良い毛に全身包まれた、獣人。
《宜しくお願いします》
『はい、宜しくお願いします』
「では早速、入浴のご準備を」
《はい》
警戒されている気がします。
『何故、警戒なさっているのでしょうか』
《こう見えても性別は雄では無く男です、愛玩用とは聞いていましたが》
『あ、毛皮を触りたいだけです、嫌な事はしません』
《失礼しました、急いで仕度をさせて頂きます》
『ゆっくりでどうぞ、待っています』
《はい、畏まりました》
忘れていました、愛玩用とは、いかがわしい事も含まれているのだと。
ただ、いかがわしい事とは何か、良く分からないので忘れてしまっていました。
『いかがわしい事とは、いけない事だとは分かるんですが、何でしょう』
「ヒナ様が相応のお姿になりましたら、改めてご説明させて頂こうかと。簡単に述べますと、子を成す事に関連する事です」
『私は、まだ無理だと思うんですが』
「無理でもなさろうとするモノ、敢えてされたがるモノも居るそうですので、警戒なさったのかと」
いかがわしい事を嫌ってくれるのは助かります、私は先代の為にも間違う事は避けたいので。
『そうですか、気に入りました』
人種と悪魔の子に雇われた。
愛玩用として。
雇用主の性別は不明、と記載されていたが。
まさか、幼い女性だとは思わず。
つい、警戒してしまったんだが。
《すみません、触りに来る者が多く、ココへ逃げ込んだも同然なのです》
『触られるのが嫌ですか』
《いえ、無断で、時に通りすがりに触られる事が嫌なんです》
『コレは触られても致し方無いですが、無断は嫌ですね』
《はい》
1番は、男に執拗に触られる事。
俺は異性愛者、しかも人種を好む方。
なのに魔獣も獣人も、俺に近寄り触ろうとする。
だからこそ敢えて泥に汚れ、ボロ布のマントで旅を続けていた。
けれど限界が来た。
安住の地が欲しくなった。
『守ってあげます、静電気をパチンとする魔法をあげます、魔道具を探して来て下さい』
「はい、ただいま」
『私も、通りすがりに触ってしまうかも知れませんが』
《ヒナ様なら構いませよ、俺はアナタのモノですから》
『ダメです、嫌な時や不都合な時は断って下さい、嫌々は不愉快です』
《分かりました、しっかり言わせて頂きます》
『はい、宜しくどうぞ』
触れられれば、ヒナ様に下心が無いと直ぐに分かる。
だが下心が無いからと言っても、やはり無断で触られるのは、堪らなく不愉快だ。
それに、どんな者か分からないのに。
《ヒナ様、お休みになられますか》
『ベッドになって貰いたいです』
《畏まりました》
ヒナ様は良い方だ。
かなり無知でらっしゃるそうだが、根は良く優しい方だと分かった。
撫でられる程に、良く分かる。
俺は良い雇い主を得られたかも知れない。
このまま平穏に過ごせたなら、いつか。
「あ、眠ってしまわれましたか」
《はい、ベッドにと申し付けられました》
「そうですか、ですがこのまま横で眠って頂いても構いません、無理をして頂く為の要望では無い筈ですから」
《はい》
ネネさんが知恵熱を出したとの知らせを聞いた数日後、会いに来てくれました。
そしてカイム準男爵にお会いしたそうで。
『来て欲しく無い者について、でしょうか』
「はい、そうです」
『では私も同行させて下さい、ご挨拶がまだなので』
「はい」
そうして一緒に紹介所へ向かい、カイム準男爵とお会いした。
《どうも、子爵となったカイムと申します》
『あ、昇進なさったのですね』
《はい、ナナエルとしての側面を強く求められる事になるだろう、そうして任命されました》
『おめでとうございます』
「おめでとうございます」
《はい、ありがとうございます》
ネネさんが悩んでる。
カイム子爵の性別の事だろうか。
『もしかして、天使と悪魔が同じは難しい事ですか?』
「あ、いえ、天使としてのお名前を全く知らないので」
《私の天使として名の意味は、傲慢な者を辱める者。そして能力は宗教含めた司法全般、スピリチュアルなコミュニケーションの補佐、そして興味を惹かれるのは憂鬱・私生活・休息・瞑想についてね》
「後半に思い当たる節しか無いのですが」
《でしょうね、ふふふ》
私は、ココに居て良いんでしょうか。
私に聞かせたくない事かも知れないのに、ココに居て、本当に。
『私、席を』
《あらダメよ、ヒナ様も有るでしょう、私生活について》
「何かお悩みが?」
『お友達って、何でしょう』
友人とは何か、それはネネさんも考え続け、未だに明確な答えを出せないでいるらしい。
《そうね、半ば義務的な付き合い、仕方無しに一緒に居るかも知れない相手を友人に含める。だなんて、流石に恥ずかし過ぎるものね》
「はい、出来れば利害関係が一切絡まないなら、友人と呼びたいのですが」
《そうね、支え合っているのだもの、少し難しい関係よね》
「はい」
《なら、呼んじゃいなさいよ、尋ねてみれば良いのよ。こう思っているのだけれど、どうかしら、って》
『それは決意に時間が掛かります、私も悩みましたから』
《それで、ヒナ様のお悩みは何かしら?》
『愛玩用の使用人を持つ事は、どう思いますか』
私はもう、得てしまっている。
けど、ネネさんに拒絶されたり、ネネさんを変える様な事もしたく無い。
でも、不誠実は嫌だ。
「それは、愛玩用とは何か、によるんですが」
『もふもふする為です』
「であれば私も彼がそうですが」
『私の子は凄いです、通りすがりに触られてしまう程です』
「それは、さぞ、凄く魅力的なのかと」
『はい、呼んで構いませんか』
《勿論、ふふふ》
ヒナ様が喜び勇んで影から呼び出したのは、マントを被った大柄な何か。
そしてマントを外すと、ベストだけを着たウサギ獣人が現れ。
触ってみると、とんでも無い触り心地のもふもふ。
首から上はウサギ、首から下も確かにウサギだけれど。
手は人型、手の甲までもふもふ、脚は膝から下が逆関節のウサギのまま。
手触りはほぼチンチラ、その毛皮の奥深くに有る肉体の造形は、マッチョな男性。
「コレは、さぞご苦労なさったかと」
《はい》
手近に有ったら、ずっと触ってしまう。
そして顔を埋めたくなるのも仕方が無い、仕方が無いが、相手には意思が有る。
不本意ですが、痴漢の気持ちが幾ばくか分かった気がしました。
ちょっと位、触らせてくれても良いだろう、と。
いや、痴漢は絶対ダメなんですが。
満員電車にこの方が乗っていたらもう、場所取りだけでも刃傷沙汰が起こってしまいそう。
「もふもふ、優勝です」
《ありがとうございます》
イケボ。
顔もウサギなのでギャップもへったくれも無いんですが、低音ボイスにウサギ顔のギャップ。
ヒナちゃんが強いんです、と自慢していたけれど、この筋肉なら納得。
優しくない世界なら真っ先に量産体制に入られて、雌は産む機械、雄は愛玩用。
まさに両方の意味で食べられる存在に。
ダメだ。
煩悩が消えては湧き、消えては湧きを繰り返す。
「保護されるべき存在です、しっかり保護なさって下さい」
『はい、勿論です』
《ありがとうございます》
《ふふふ、用件が吹き飛んじゃったわねぇ》
「あ、失礼しました、カイム子爵」
《良いのよ、それで要件は来て欲しくない者、ね……》
そうして、私が歓迎出来無い者は来る、と教えられた。
当分は来ないけれど、必ず、いずれ来ると。
私は意気消沈しかけたが。
ヒナ様の灰色兎の肌触りに助けられ、何とか根城には返ってコレたが。
「はぁ」
『俺の肌触りは2番?』
「コンちゃん」
『もっと肌触りが良かったら触ってくれる?』
《ヤキモチなのぉ?拗ねちゃうのぉ?》
私の魔獣、狐を揶揄っているのはユノちゃん。
来訪者仲間。
『別に、拗ねてないし、アレと同じになる様に食べれば良いだけだし』
「流石にあの方の身内は止めて頂きたい、と言うか食べて吸収出来ますか」
『うん』
《ちょっと心が揺らいじゃってんの?》
「正直、凄かったんですよ、異次元の触り心地」
《えー、触りたい》
「あ、ヒナ様から友人問題を問われました」
《あー、友達って何、ってやつだよね》
「狡いのは承知で伺いたいんですが、ユノちゃんにとって友達って、どんな関係を指すんでしょうか」
《好き嫌いが素直に言い合えて、でも否定しない、しても冗談だって分かり合えて。ずっと一緒じゃなくても不安にならない、疲れない、波長が合う。かな》
「私、守って貰う側になりそうなんですが、どうでしょう地獄」
《ふふふ、誘いベタぁ》
「すみません、慣れて無くて」
《照れちゃってんのぉ》
「ぅう」
《へへへ、楽しみ、いつ行こっか》
「あ、いつでも、大丈夫だそうです」
《私と一緒が良いのぉ?》
「ぅう、はぃ」
《えへへへ》
『もう良い、ルーイに相談するし』
「あ、報告に行きましょう、一緒に」
《えへへへ、私も行くぅ》
ネネさんの来て欲しくない者は、どうしてもココへ来てしまうらしい。
『何故、いつか言わなかったんですか、カイム』
《あの方、頑張り屋さんでしょう?期限が有ると寄り道せず、真っ直ぐに進んでしまうのだもの、それは誰にも望まれて無い》
『寄り道』
《寄り道には良い寄り道と悪い寄り道が有る、あの方には、もっと遠回りが必要》
『急がば回れ』
《そう、その通り、ヒナ様もね》
『私もですか』
《寄り道の仕方も場所も、お知りでは無い、学び舎は如何かしら?》
『行ってみたいです』
《では、直ぐに手続きをしましょう》
『はい』
行った事が無かったから、凄く楽しみです。