38 アンバー。
今日も大粛清のお手伝いをしに行こうと思ったのですが。
門を出て直ぐに、私服のアンバーと出会いました。
《あの》
『どうしましたアンバー』
アンバーの家は、学園とは反対側の筈ですが。
《ごめんなさい、あの時、正直に言えなくて》
あの時。
あぁ。
『仕方無いです、アレではローズがまくし立てて終わりでしょうから』
《それでも、ごめんなさい》
だけ、では無さそうですが。
『他に何を、謝っているのでしょうか』
《私の、友達の事です》
あぁ。
『別に気にしていません、誰にでも嫌い避ける権利が有りますから』
《でも半分は本心じゃ無い筈なんです、その、面倒が嫌なだけで。ヒナ様の事を、嫌いだからじゃないと思うんです》
『そうですか。制服を着ていませんが、学園へは行かないのですか』
《暫く、お休みさせて頂こうかと》
『ローズは、まだ登校しているのですか』
嫌がらせは私が居なくても、続いているらしい。
《はい》
この問題を、本当に私に解決させる気ですね。
『分かりました、一緒に解決しましょう』
《良いのですか?》
『はい、アレらはもう不要ですから』
私は邪魔をされるのが、どうやらかなり嫌いらしいです。
《ヒナ様》
『ローズ、アナタは何がしたいんでしょうか、どうなりたいんでしょうか』
ただ、ヒナ様の使用人が好みだったから少し絡んだだけで。
確かに少ししつこかったかも知れないけれど、それは仲良くしようとしただけなのに。
《ごめんなさい、機嫌を》
『はい、損ねました、何故アンバー達を排除したいんですか』
そんな事、言えるワケ無い。
何だか凄く怒ってるみたいだから、もうコレ以上は嫌われたく無いし。
関わらなければ怒られないだろうから。
《ごめんなさい、もう》
『何故か、と尋ねているのですが』
何この子。
他の子はコレで納得するのに。
子供のクセに、本当に面倒。
《もう関わらないので》
『だとしても、何故か、の解決はなされていません』
ウザい。
しつこい。
関わらないって言ってるんだから、もうほっといて欲しいのに。
《ですけど別に、もう関わらないんですから》
『コレは等価交換です、アナタは私に不愉快を与えた、対価は解答です』
本当に、子供って面倒で嫌い。
《そろそろ授業も始まりますし、改めて後日、解答させて頂こうかと》
『では期日は3日とします、それまでに解答が無ければアナタを消します』
《はい、では》
消せるワケ無いわ。
だってそんなの見た事が無いもの。
『リリー、次はアナタです』
何で、私まで。
「あの、授業後では」
『直ぐに終わらせます、どうしてローズを止めなかったんですか』
別に、大した事じゃないんだし、気にしなければ良いだけで。
「それは、まぁ、嫌う権利も有りますし。嫌なら」
『嫌なら関わるなは当人同士の問題です、友人なら仲介等をすべきだと教わりました。ですが何故、諌め無かったんですか』
べきだの何だの、だから面倒は嫌だったのに。
もう良いや。
関わらなければ、直ぐに忘れるでしょ。
どうせ子供なんだから。
「すみません、私も、後日と言う事で」
『分かりました、ではローズと同じ条件で』
「はい、では、失礼致します」
何アレ、いつもはトンチンカンな事を言ったり聞いて来たりするだけなのに。
本当、頭でっかちな子供って面倒。
『アンバー、何故、アレらは本心を言わないのだと思いますか』
私は人種、しかも子供。
ヒナ様の様に、嘘を感じ取る事は出来ない。
だから最初は何の事か分からなかった。
けれど、ローズやリリーが本心からの言葉を言ってはいなかったのだと分かった。
そして何故なのかも、多分。
《多分、恥ずかしかったり、申し訳無いのだと思います》
『恥ずかしいは分かりますが、何故、申し訳無いのでしょう』
私なら、面倒を起こしてしまった事について申し訳無さを感じたと思う。
けれど彼女達はきっと、違う。
でも、まさか酷い考えを持っているだなんて思いたく無い。
だって、彼女達は妖精種だから。
《多分、疚しい事を考えた、その申し訳無さだと思います》
『疚しい事』
《私は揉め事が嫌で、だからこそ、あの時に何かを言う事を躊躇いました。でも、それは恥ずかしい事で、直ぐに申し訳無い気持ちが湧きました》
『ケンカが嫌は良い事では』
《言うべき事を、言い訳をして、言えませんでした》
すべき事が出来なかった。
良き人種なら、当たり前に出来て当然なのに。
『でも賢い選択だと思います、アレで話が通じると本当に思いますか』
正しさだけでは無く、時に調和も考えるべき。
でも。
《いいえ、でも》
『私はもうアナタを許しました、申し訳無いも恥ずかしいも要りません』
ヒナ様は悪魔。
だからこそ真っ直ぐなのだと思います。
真っ直ぐさは良い事です、だから私も関わりたくなった。
でも、躊躇ってしまった。
好みがハッキリしていて、無碍に傷付けず、優しくて厳しい。
それが悪魔。
けれどヒナ様は珍しい悪魔。
分からない事を臆す事無く聞くし、色々と知らない事も多いけれど。
優しい悪魔。
《ヒナ様は大人なのですね》
『良く分かりません、アンバーの言う大人とは何ですか』
私にとっての、大人。
《逆恨みせず根に持たず、真偽をしっかりと見定め、利害だけで動く事は無い》
『当たり前では』
《私達人種は、その当たり前を覚えなければならない、未熟な生き物なのです》
『ソレも当たり前では、人種は知識が継承されず、覚えるしか無い。少なくとも本来は継承されている筈の宿星や来訪者ですら、アレなのですから、未熟では無いかと』
《来訪者、あの方が》
『ローズとリリー、デイジーとアイリスです、魔法で幼くなってはいますが星屑です』
《まさか、星屑だったなんて》
『アレらはココの為の悪しき見本だったのかも知れませんが、成程、少しは残さないといけませんね』
星屑とは、悪を撒き散らす者。
知識が有りながらも悪用ばかりし、利己的で独善的。
悪と共に不和を撒き散らす、人種に良く似た邪悪な存在。
《ヒナ様、私、怖いのですが》
『既に誰かのモノですから、実際に害は成せません、言うだけしか出来無い筈ですが。アナタはもう帰った方が良いかも知れません、この先は不快なだけでしょうから』
《ダメです、私も関わった事です。何も出来ませんが、せめて見届けさせて下さい》
『気分の良いものでは無いですよ、もしかしたら悪夢を見てしまうかも知れません』
《遠縁に夢魔のバクが居ますのでご心配無く》
『ではいつか会わせて下さい』
《はい、是非》
『では、行きましょう』
ヒナ様はやはり悪魔貴族でらっしゃる。
確かに知識の欠けは有るけれど、きっと大事な部分は残されている、確かに悪魔貴族なのです。
『デイジー』
『はい、ヒナ様、何か』
悪魔貴族なら、知識を全て継承している筈なのに。
髪や目の色すら出来損ないのこの子は、貴族に相応しくない。
確かに肌は白いけれど、それだけ。
『アナタは差別が好きだそうですね』
好きじゃない、コレは仕方無く行っている分類で。
私は決して、好き好んで区別しているワケじゃ。
『そんな、私は』
『アイリス』
《はい》
『アナタもそうですよね』
私は、デイジーとは違って極端な差別主義者じゃない。
《そんな事、何かの誤解です》
『きっとヒナ様は何か誤解を』
『今回は表には出していないのに、何故、どうして。何故、私が思っている事を。私は悪魔貴族です、悪魔は悪魔の味方、人種の味方です。アナタ達の飼い主が教えてくれました、アンドラス、出て来なさい』
お父様。
『お母様、きっとコレは何かの』
えっ。
どう言う事なの。
デイジーのお母様が、私のお父様?
《悪しき見本として、人種の免疫を育てる為、だったのですが。嫉妬が先行し過ぎたのか、ヒナ様に関わり過ぎてしまった様です》
『やっと私もアナタを思い出して理解しました、今回は不問としますが、私の事は彼女達の記憶から消して下さい』
《はい、畏まりました》
『ではさようなら、人種の免疫を育てる為の病原菌、悪しき見本達』
何、どう言う事なの。
『お母様、一体』
《デイジー、彼は私のお父様で》
《本来の姿は、こうですよ》
何故、どうして違う姿になっているの。
何故、どうして。
《ヒナ様》
『アナタには真の姿は見せないそうですが、気になりますか』
《あ、いえ、違う事です》
『そうですか、何でしょうか』
《もしかして、何処かに行ってしまうのですか?》
『アナタの中にだけ残しますアンバー、私は多分、もう暫くアナタと関わりたいので』
《ありがとうございますヒナ様、お気を付けて》
『はい、アンバーも』
《じゃあ、君達は眠ろうね》
『お母様、お母様は何処』
《イヤ、誰、何なの》
何、何が起こって。
『確かに大粛清は私には早かったのかも知れません』
《まぁ、そうですな》
頷きながら返事をしたのは、学園の理事長をしているグシオン。
『ですねぇ』
のんびりと返事をしたのは、用務員の格好をした教師のロノヴェ。
「うむ」
そして最後に頷いたのは、教師のオロバス。
この悪魔達には、最初から分かっていたのよね。
だって、72柱と言えば先見の明が有る存在、なんですもの。
『アナタは、誰ですか』
『私はラプラス』
『あぁ、アナタが』
『そうよね、先代とすら直接関わった事は無いもの、けど悲しいわ?』
『そうですか、他でも大体はこうですが』
『あ、そうなのね、良かった』
私は知らなければ、何も出来ない存在。
72柱とは違う悪魔の系譜。
『初めましてラプラス、私はヒナです』
『私はラプラス、宜しくねヒナ様』
『アナタは、演算の悪魔だそうですが、どう言う事ですか』
『ふふふ、いずれね、それよりココへ来た理由が有った筈よね?』
『あ、今の私には大粛清は難しいでしょうか』
コレは能力を使わなくても分かる事。
72柱達は、彼女が幸福を吸収する事を望んでいる。
それは彼女は人種であり、宿星でも有るからこそ。
どの悪魔も持つ、当たり前で常識。
『そうね、もう少し学んだ方が良いと思うの』
『そうですか』
意地悪ね72柱って。
だって私にこうした事を言わせる為に、呼んだらしいんだもの。
でも仕方無いわ。
私って神でも無かったし、新米だもの。
『大丈夫、焦る事は無いわ、だってアナタはまだ赤ちゃんも同然なんですもの。そうよね?』
《まぁ、懐中時計はそのままで》
『もう少し、勉強してみましょうか』
「ラプラスの事も有る、どうだろうか」
『はい』
ガッカリしてるわ。
でも、そうよね、私と同じく。
先見の明が無いのだもの。
「どうしましたか」
ウチの猫が鳴き、珍しく戸をカリカリし、また鳴いた。
可愛いので暫く眺めていたんですが。
戸を開けてみると、転移陣までトコトコと歩き。
またニャーニャーと。
コレは何かヒナちゃんに異変が有ったのでは、と急いで強欲国から来たのですが。
『ネネさん、人を裁くのは難しいですね』
こんなにしょぼくれている姿は初めて。
一体、何が有ったのか。
「何が有ったのか、お伺いしても?」
『友人候補の邪魔をしたので排除しようとしたのですが、居るべき悪しき見本だと知り、撤退を選びました。今なら分かるのですが、人種の為の悪しき見本だとは考えもしなかったんです』
学園にも、悪しき見本が存在していたとは。
でも、ですよね、純粋培養では免疫が低下してしまうでしょうし。
新参に絡む様な浅い悪しき見本では無かった、ワケでしょうし。
「そうですね、凄く難しい事だと思います」
『ネネさんは、どう学びましたか、善悪を』
確かに、そう言えば、どう学んだのか。
あぁ。
アレ、かな。
「時代劇、ですかね」
『時代劇、お侍さんが出るヤツですか』
「はい、特に江戸期の。大岡裁きってご存知でしょうか」
『知りませんが、金さんみたいなのですか』
「そうですそうです」
『お母さんがお風呂に入っている時に流れてました、何となく分かります』
「大岡と言う裁判官が居たんです、問題解決の為の折衷案を出す名人で、祖父から見習う様に言われ一通り観たんです」
『成程、ココに似たモノが有るんでしょうか』
「有るとするなら、やっぱり劇や本、じゃないでしょうか」
『本は知れる事が限られています、でも劇は冗長的そうで億劫です』
「確かに、劇は間が合わないと頭に入りませんし、時期や時間を選びそうですし。そうですね、取り敢えずは誰かに尋ねてみましょうか」
『付き添いをお願いしても良いですか』
「勿論、行ってみましょう」
『はい』
向こうの用事より、コッチです。
置手紙はしてあるし、何とかなるでしょう。




