36 漫遊。
私も大粛清のお手伝いがしたくなったので、先ずは国を見回る事にしました。
それと色々な悲しい、寂しいを集めています。
『何故、悲しそうなのですか、何故寂しいのですか』
「何故、でしょうね」
『ご自分でも分かりませんか』
「いえ、今、気付いたのかも知れません」
ドロドロした中に、深く沈んで息が出来無いみたい。
『苦しいですか』
「はい、ですね」
『抜け出せば良いのに、ココはゲヘナですよ』
嫌なら止めれば良いんです。
嫌なら逃げ出せる。
良き者は救われ、悪しき者が滅びる世界。
「でも」
『手伝ってあげます、私は強いので』
小さなご令嬢が見せてくれたのは、悪魔貴族だけが持つ、懐中時計。
中には、女王の証が。
「あの、お名前をお伺いしても」
『ヒナです、ヒナだけです』
「私の名はリーゼロッテと申します」
『色々な意味を持った名ですね』
「ありがとうございます」
ですが、贅沢な名前だ、お前には勿体無い。
そう言われ、リジーとしか呼ばれない。
何故、そんな生活を今までしていたのか。
結婚は契約です。
家族になる契約。
幾ばくかお金が絡む結婚でしたが、離縁しようと思えば出来た。
確かに幾つかの問題は有りますが、離縁したからと言っても、殺されるワケでは無い。
この関係を続ける為に死ぬ思いで金策をしても、報われる事も無い。
きっと、終わりも無い。
私は一体何をしていたんでしょうか。
何故、どうして、こんな結婚生活を続けていたのだろう。
『お手伝いには足りないですか』
「いえ、先ずは話し合ってみたいと思います、ありがとうございます」
きっと話し合いにすらならないでしょう。
怪訝な顔をされるか怒鳴らるか、物を投げ付けられるか、だけ。
ですが、最後の最後。
せめて私位は、しっかりとしないと。
《離縁》
「はい、では、失礼致します」
《何を、面白く無い冗談を》
「いえ、冗談では無いので、これにて下がらせて頂きます」
《待て、そうか、嫉妬か》
「いえ、そんな気持ちは微塵も御座いませんので、ご心配無く」
《全く、素直に言えば抱いてやっ》
「あ、本当に大丈夫ですのでご心配無く、コレはご相談では無く宣言です」
最初に会った彼女とは違い、とても堂々としていますが。
何処か諦めた様な空気が有るのは何故でしょう。
《浮気か?》
あぁ、コレですか。
成程。
「いいえ、と言うかアナタが仰いますか、愛人を住まわせているアナタが」
《ほら、やはり嫉妬じゃないか。仕方無い、抱いてや》
「結構ですので、では、失礼致します」
《可愛くないヤツだ、だが、どうしてもと言うなら》
「いや、ですからアナタは無理なのです、本当に。肥溜めに落ちて揉みくちゃにされたハンカチを幾ら洗おうとも、いつも通り使うだなんて無理、ですから」
《お前、巫山戯た事をっ》
「っつっ」
あ、ビンタした。
離縁には何か証拠が必要だそうですが、多分、コレで大丈夫ですね。
『止めに来ましたが、どうしますか』
「アナタ、付いて来てしまったの?」
『はい入りました、お邪魔します』
《お嬢さん、ココは私有》
『暴行を働いたのでココはアナタのモノでは無くなります、もう直ぐアスモデウスのモノです』
《お嬢さん、そう悪魔貴族の名を簡単に出しては》
『私も悪魔貴族です、ほら、なので強いです』
この懐中時計は本物なのに、きっと信じない。
《良く出来た玩具だけれど、もう遅い、帰った方が》
『あ、来た』
「えっ」
『嘘です、逃げましょう』
もう直ぐ来るのは本当です。
でも、証拠がちゃんと揃うまで来てくれない性分なので、今は少し足りないんだと思います。
でも一体、どうすれば良いのか。
「あっ」
『大丈夫ですか』
「ごめんなさい、走り慣れていなくて」
まだ、お屋敷の中。
このままだと。
《何なんだ、子供を使って》
男は走って来る事も無く、武器すら持って無い。
やっぱり私は舐められるんですね。
『アナタは家族を使って自堕落をして楽しいですか、不貞に領地の監督不行き届きに、しかも』
《知った風な口を!》
「止めてっ!」
私は強いって言ったんですが。
子供の姿だと、やっぱり人種に信じて貰うのは難しい。
《うっ、あがっ》
『私は強いと言った筈ですが』
子供を殴った筈が、何故、どうして僕の腕が取れているんだ。
《う、腕がっ》
『悪魔貴族に暴行してはいけない理由です、蹴ろうとすると脚が飛び、殴ろうとすると腕が跳ぶからです』
一体、何を言って。
《ひっ》
腕が、あんなにも遠くへ。
『因みに頭突きをするとどうなるかは教えて貰えませんでしたが、多分、首が飛ぶんだと思います』
こんな事になる筈じゃなかった。
まさか、こんな子供が、しかも本物だったなんて。
謝ろう。
取り敢えず謝りさえすれば、子供なら許してくれる筈だ。
《すまない、悪かった》
『下心しか無い大人の謝罪は初めてです、こんな男の何処が良かったんですか』
そうだ、リジーに助けて貰えば良い。
何だかんだ言っても、彼女は僕を見捨てられない筈だ。
《リジー!助け》
「私の名前はリーゼロッテです、アナタのは愛称では無く蔑称、2度と呼ばないで下さい」
《悪かった、謝る、だから》
「何1つ、良い所は無いですね、ただただ惰性と責任感から結婚を続けていただけです」
『何もダメですか』
「はい、女の趣味も頭も悪い、多少顔は良いかも知れませんがそれだけ。全く、何1つ、良い所は無いですね」
『惰性と責任感だけで、何故結婚していたんですか』
「こんなものか、そう思っていたんです」
「そうですか」
『あ、やっと来てくれましたね、アスモデウス』
彼女が振り向いた先には、美麗な男性が優雅にも着地している最中だった。
濃い紫色のスーツ、その地模様には蛇の柄が有り。
胸元には牛と羊、それとガチョウの足のピンブローチ。
そして手には、竜が軍旗と槍を銜えた杖。
《ぁあ》
「あまり貴婦人に気を使わせるワケにはいかないからね、どうも、お邪魔しております」
「お忙しい中、この様な時間にご足労頂きまして、申し訳御座いません」
『そこはありがとうです』
「失礼致しました、ありがとうございます、アスモデウス公爵」
「構わないよ、さ、コレと離縁しますか」
「はい」
「では、今までの不貞行為、領地の」
《悪かった、本当は君を愛しているんだ。ただ、あの女に脅され》
『あ、女を連れて来ますね』
「いや、その必要は無いよ、ほら」
公爵が指を差した先、夫の横に愛人が生えてきた。
『ひっ』
《どうかしていたんだ!許し》
「嫌です、それが真実だとしても、絶対に嫌です」
「いや、ココは機会を与えよう、但し」
《ありがとうございます公爵!》
『説明も聞かず承諾しました、凄い』
『ちょっと、何よコレ』
寝間着が着崩れたまま夫に縋るのは、豊満で派手な愛人。
私とは何もかも違う。
だからこそ、仕方無いのかと思っていた。
結婚は諦めと義務なのだ、と。
「因みに、君はコレをどうするんだい」
「えっ」
《どうとでもお使い下さい、僕はやっと、真実の愛に目覚めたんです》
『ちょっと!どう言う事よコレ』
「ではコチラで引き取ろう、良いかな」
正直、話し合いが決裂した段階で、どうでも良かった。
あんなに関係を継続させる事に必死になっていたのに、不思議な程に執着心は無い。
どちらにも、全く興味が無い。
「はい、お任せいたします」
『良いんですか?八つ裂きにでも何でもして良いんですよ?横領の共謀犯なんですから』
『そんな、共謀犯って』
「どうでも良いので、目に付かない場所に居て頂くなら、はい」
《リ、リーゼロッ》
『もう!何なのよ!』
「忙しかったろう、後は任せ、良い夢を」
『お元気で、リーゼロッテ』
「はい、ありがとうございます、さようなら」
翌朝、目覚めると僕は見慣れぬ部屋に居た。
「おはようございます」
《あぁ、リジー》
抱き着こうとした瞬間、見慣れぬ執事が無言で僕を押し退け。
『下がりなさい、馴れ馴れしい』
《何なんだ君は、僕は彼女の》
「屋敷の外で頭を怪我してらっしゃり奥様が保護したまで、しかも高熱で魘されていたんです、きっと記憶違いをなさっているのでしょうが。遠慮なさって下さい、不敬ですよ」
見知らぬ執事に、見た事も無い豪華な服を纏ったリジー。
コレは一体、何の冗談なんだろうか。
《まだ拗ねているんだね、リジー》
「私が大嫌いな蔑称を使わないで頂けますでしょうか」
『奥様、こんなモノはやはり捨てましょう、拾うだけ無駄。いえ寧ろ害になるかと』
妻は本当に嫌悪の表情を向けて来るが。
どうせ、僕に折れて欲しいだけの悪戯なのだろう。
《分かった、仕方無い、本当は恥ずかしいけれど。君をリーゼロッテと》
『奥様、コレ以上は、名を呼ぶ事は旦那様にしか許されないのですから』
《だから、僕こそが》
「揉め事かい」
『旦那様、やはりコレは捨て置くべきかと』
「何だか混乱してらっしゃるみたいなの、私の名を知っていらっしゃるけれど、私には全く見知らぬ方で」
目の前には、あのアスモデウス公爵が。
何故。
「君は好かれ易いんだ、きっと何処かで勘違いしたまま、没落してしまった貴族なんだよ」
僕が、没落貴族だと。
「あぁ、最近は廃位となる方が多いそうで」
《そんな、機会を》
「与えているじゃないか、機会を、ね」
「機会?」
「あぁ、寧ろ彼は僕の知り合いなんだ。助かったよ、ありがとうリーゼロッテ」
「あ、そうなのですね」
僕には向けた事も無い、笑顔を。
何故だ、機会を与えてくれると言ったじゃないか。
《そんな、違う、こんなの》
「少し混乱しているらしい、君達は下がりなさい」
『大丈夫です、旦那様に任せましょう』
「分かりました、でもアナタ、気を付けて」
「あぁ、愛してるよ、リーゼロッテ」
嘘だ。
何で。
《何で、どうして》
「それは勿論、それだけの事をしてきたからだよ。けれど、君はその事にまだ気付けていない、だから機会を与えてあげているんだよ」
《確かに、少しは蔑ろにしましたが》
「大丈夫、焦らなくて良い、コレから君は同じ思いをする事になるのだから」
愛妾は仕方が無いじゃないか、僕には子孫を残す義務が有る。
だと言うのにリジーは直ぐにも愛想笑いすらしなくなった。
あの女が悪いんだ。
僕は悪くない。
僕だけじゃない。
僕だけが悪いんじゃない。
『ひっ』
「もう、怯える位なら、さっさと金策に走りなさい?」
《さ、頑張って奥様、ふふふ》
私は同じ相手に、全く逆の立場にさせられている。
けれど、ココまで蔑ろになんて。
したかも知れないけれど、それはあの人の機嫌を取る為で。
仕方の無い事だった。
大した爵位も無い女が独りで生きるには、仕方が無かった。
なのに、何故なのよ。
何で私が、こんな目に。
《うわぁ、あの方が新しい正妻さんだなんて、もう本当にダメね》
「ちょっとアナタ、何かご存知なの?」
『私達の仲でしょう、教えて下さらない?』
《向こうで正妻の方を蔑ろにして、お金を使い込ませてた愛人だったんですよ》
「あらー、じゃもうココはダメね」
『ありがとう、早速荷造りに帰らないと』
《あ、なら私が居た前の領地が改善したみたいなの、一緒に如何?》
『あら良いわね』
「じゃあ、そうしましょう」
領地からこんな簡単に人が居なくなるだなんて、思わなかったの。
こんなに大変だなんて知らなかったの。
だから許して、お願い。
謝るから許して、ココから出して。




