26 寂しさと手紙。
『ネネさんやユノさんは、凄く忙しいんですよね』
ヒナ様から、僅かに寂しさの気配が漂った。
珍しい。
先代を思う事は有っても。
コレは初めての事。
「忘れているだけかも知れませんね」
『いえ、それは絶対に無いです』
「何故でしょう」
『お父さんともお母さんとも違います、ハグしてくれますし喋ってくれますし話を聞いてくれます、それに色んな事を教えてくれて贈り物もくれます。絶対に、私を忘れたりしません』
やはりネネ様達が言っていた様に、ヒナ様は酷く放置されていた。
そして、だからこそ寂しさを感じる琴線が薄く、発露の仕方も恐らくは分かってらっしゃらない。
「では、試しにお手紙を出してみましょうか」
『お手紙』
「お忙しいかの確認です、どれだけお忙しいか、もしかすればお返事で分かるかも知れません」
『何て書けば良いんでしょうか』
「お忙しいですか、だけでも十分かと」
『紙が、いっぱい余ってる気がします』
「では、日記用のスタンプは如何ですか」
『あ、はい、します』
「絵を描いても良いかも知れませんね」
『うん、はい』
ネネさんとユノさん宛に、刺繍入りのハンカチと一緒に、お手紙を出しました。
そうすると、直ぐに会いに来てくれました。
会いたいって書かなかったのに、来てくれました。
「先ずはハグで」
『はい!』
《私もぉ〜》
3人でぎゅっとしました。
それから中庭でお茶をして、いっぱい話しました。
「ヒナちゃんも忙しかったんですね」
『ネネさんもですか』
《寧ろ大詰めかな》
『大詰め』
《元老院分かる?》
『はい、人種の裏の纏め役ですね』
《おぉ》
「その方々と喧嘩をしようかと」
『何か問題が?』
「私には問題に思えたので、喧嘩する勢いで話し合います」
《その準備をしてたの、ココ以外の星の子の扱いがね、少し問題が有る様に思えるから》
『試されたんですね』
《私は違うけど、ネネちゃんがね》
『良く知りませんが、酷いのもいっぱい居るそうです』
《でも人種は見抜けないし、少し不器用だから》
「単に私が不勉強なだけか、常識の違いからなのか検討したんですが、不条理だったので話し合う事にしたんです」
『将棋とチェスと同じですね、知ってると逆に混乱する』
《そうそう、それそれ》
『私を使ってくれれば良いのに』
「ヒナちゃんにはヒナちゃんの時間が有りますし、大辞典を使うって何か、ズルをしてるみたいでイヤなんですよ」
《真面目だよねぇ》
『真面目です、何でですか?』
「見聞きした事と、本に書いて有る事って少し違う場合も有るので、慎重な臆病者とも言えますね」
『嫌な事が有ったら避けるのは当然です』
《ヒナちゃんは学園でイヤ事は無い?》
『無いです、でも分からない事が沢山有ります』
ネネさん達みたいに、私を好きじゃ無いのに関わろうとしてくるんです。
全く意味が分かりません。
《成程、確かに難問だね》
『ユノさんは分かりますか』
《幾つか予測は有るけど、ココは向こうとは違うから、当たるかどうか分からないし。そこを考えるのも、学園での勉強の一部じゃ無いかな?》
アレも、勉強の1つ。
「そうですね、ですけど分かる必要すら無い事も有るかも知れません、先ずは先生方に相談するのも良いのかも知れませんね」
《そうだ、執事君の付き添いはアリ?》
「ご要望が有れば、はい。ですが僕も疎い方ですので、お力になれるかどうか分かりません」
『でも補佐はしてくれますよね』
「はい、勿論」
知る事も勉強だし、知らないままで居る事も良い。
じゃあ、それはどうやって区別するんでしょうか。
あぁ、その区別の勉強なんですね。
成程。
『分かりました、頑張ります』
今は、ヒナちゃんに刺繍を教えて貰っています。
正直、既製品かと思う出来栄えだったので、本気で教えて貰っています。
ココには非常に娯楽も少なく、贈り物の定番が刺繍。
のらりくらりとかわしていたんですが、ヒナちゃんが先生なら、苦じゃない。
《ヒナちゃん、ココは?》
『ココを、こう』
はい可愛い。
いや、下手に言葉で教えられるより遥かに楽なんですよ、マジで。
何ですか、まつり縫いって。
いや分かりますし、図解も有りますけど、結局は直に教えて貰うのが1番。
しかもイキイキと教えてくれる。
最高です。
「どうでしょう先生」
『うん、後は慣れです、慣れると勝手に早く出来上がります』
先生、そこは多分、才能かと。
「はぁ、今日も可愛かった」
《だねぇ》
お忙しいですか。
って書かれただけの、スタンプと絵が盛り沢山の手紙が来たんだけど、会いたいって思ってくれたって事だよね。
しかも、少し困り事が有っての事。
そりゃ頬が緩んじゃうよねぇ。
「本当は、あのまま保存したい」
やっぱり、私ちょっと冷たいのかな。
分かるけど、そんなに思わないんだよね。
もし本当にそうなったら、いつか困るのはヒナちゃんなんだし。
寧ろ。
《私は寧ろ、ネネちゃんをこのまま保存したいかも》
また裏切られたり、傷付く位なら。
このままで居て欲しい。
「過保護の矢印が」
《確かに、でもそうなると、ヒナちゃんの矢印の先は?》
「あ、だから子供には動物を飼わせるんですかね」
《でも今は立派な灰色兎さんで満足してるからねぇ》
《アレも、相当だがな》
《黒蛇さん、灰色兎さんと会話してたっけ?》
《いや、だがアレの気配がな、幾ばくか悲しげな気配が有っての事だ》
「ヒナちゃんの心象風景ですか」
《だろうな》
《あぁ》
魔獣や妖精は、契約すると心の中に住む事になる。
私は熱帯雨林とか竹林みたいで、ネネちゃんには大きな湖畔が有るらしい。
で、ヒナちゃんは多分。
「多分、砂漠みたいに何も無い」
《だろうな》
《黒蛇さんは経験豊富でしょ?どうにかならない?》
《お前達が語る様な環境は、ココには無い。アレの対処は、寧ろお前達の領分だろう》
「だとしても、耐えられるものですか」
《そうだよ、そこ何とかなんない?》
《育つ事を楽しみに待てるかどうかだろう、耐えられなくなれば、どうにか言い訳をし離れるだろう》
折角だから、離れて欲しく無いけど。
魔獣に接触すれば気付かれるだろうし、ヒナちゃんの心を直ぐに整地するのは難しいだろうし。
「もっと、花を植える様な何かを促すしか無い」
《でもなぁ、私達は専門家じゃないし》
《後は悪魔が何とかするだろう、アレも人種と言えば人種なのだから》
《んー》
「やはり可愛がれる何かが必要かと、可愛いは潤いで癒しですから」
《だが、アレには先代の知識も有るのだろう、縁が無いと分かれば関心を向けないのが悪魔だ》
《あー、言ってたもんね、何で関わるのかって》
《育っていないにしてもだ、関心は人種と全く同じでは無いだろうな》
何で、こんなややこしい事にしたんだろう。
先代さん。
『耐え難いか』
俺に語り掛けて来たのは、精霊。
滅多に関わろうとはしない精霊が、何故。
《ヒナ様の事ですか》
『確かにアレは向こうから来たモノで出来ているが、もう半分はコチラ側のモノ。しかも悪魔、関わるのは当然の事』
《あんなに渇いているとは思わなかったんです》
『渇いている、そう見えるのか』
《違うんですか》
ヒビ割れた荒野に、数えられる程度の小さな雑草。
そして、掌にも満たないオアシス。
ただ、それだけ。
『アレが飢えている様に見えるか』
《いえ》
出来る事を探し、増やし喜んでいる。
けれど空には星すら無い、真っ暗な闇だけ。
『お前の様な新参を選んだのは、間違いだったのかも知れないな。いっそ、あの黒蛇なら、もう少し役に立っただろうな』
役に、立つ。
俺は、役に立とうとしていただろうか。
単に指示に従うだけ。
それで十分だと思っていた。
けれど、それがそもそも間違いだった。
ヒナ様は、何も知らない。
水が無いなら与えれば良い。
花の名を教えてやらなければ、自らで世話が出来る事を知らなければ、花を育てたいとすら言わないのは当然の事。
知識を与えれば良い。
知恵にさせれば良い。
《大変、申し訳》
『分かれば良い、精々足掻け、選ばれたのだから』




