25 半透明な少女。
『ココには様々な種類の生き物が居ます』
私は気が付くと嗅ぎ慣れない匂いのする場所、あまり触れた事の無いレンガの有る場所に居た。
そして1人の女の子に声を掛けて貰い、今はお世話になっている。
《様々な生き物、ですか》
『私の灰色兎です、どうぞ』
手を導かれ触れた先は。
手触りの良い、温かな動物の毛並みだった。
《ふわふわ》
《灰色兎です、宜しくお願いします》
触れた先から出るだろう筈の無い声に驚き、思わず手を引っ込めてしまった。
『彼は獣人です、ココにはそうした者も居ます』
私は引っ込めた手を握り締めたまま、ココまでの事を思い返した。
最初は嗅ぎ慣れない匂いに驚き、触れた先、地面の触り慣れない触り心地に驚き。
とうとう、とてもしっかりとした夢が見られる様になったのだな、と思った。
気温も湿度も丁度良く。
匂いは嗅ぎ慣れないけれど、決して嫌では無い匂い。
そして、いつもの寝間着。
せめて夢の中では、何不自由の無くお姫様のように過ごしたくて、可愛いパジャマを着ていた。
それが功を奏したのか、夢の中でも同じパジャマ。
『ココは私の家の庭です、どなたですか』
私は急いで謝った。
それからどうしてかココに来てしまった事、そして目が見えない事を説明すると。
女の子はヒナと名乗り、案内を買って出てくれた。
そうして先ずはそのまま、お庭でお茶を頂き。
灰色兎を紹介して貰った。
ココは、本当に夢なんだろうか。
「驚かせ過ぎたのでは」
『みたいです、すみませんでした』
《すみませんでした》
《あ、いえ、驚いてごめんなさい》
「ココには獣人や妖精が居ます、僕は妖精の分類、シルキー種の執事です」
『名前は重要なので執事君で構いません、アナタもあだ名で構いません』
《じゃあ、私は、カナで》
『私はヒナ、悪魔と人種の混ざりモノです』
半透明の人種は、ヒナ様の手を振り解かなかった。
そしてヒナ様が人種の手を顔に当てると、人種は安心したのかヒナ様を触り始めた。
《触らせてくれてありがとう、でも悪魔の特徴が無いのね》
『人種を怖がらせない為に、ココの悪魔は人種の姿をしています』
「人種とは、ヒナ様の様な姿をしている者、そして僕は人種の姿とほぼ同一ですが。僅かに宙に浮いています」
『そうなんです、雨にも濡れないし凄く便利なんです』
《そうなんですね》
『どんな悪魔に会いたいですか、それとも街を案内しましょうか』
《じゃあ、街を。でもこの格好だと》
『コートをお貸しします、着替えを買いに行きましょう』
《あ、ありがとうございます》
初めて、幽体離脱者を見ました。
しかもウチの庭に現れました。
コチラへ来るかどうか迷う者。
それが幽体離脱者。
命と思いが、どちらへ向かうか迷っている者。
私達悪魔は、そうした者が現れたら導く者。
どちらへ向かわせるかを、決めさせる者。
『何色が着たいですか』
カナにはコートと杖、それと靴を貸して、街の洋服店に来た。
《薄い水色は、流行遅れだったりしますか》
《いえいえいえ、流行遅れ、などと言う概念は存在致しません。有るのは古典のみ、流行は既に幾度も繰り返し、今ではお好きな形を着るのが一般的ですよ》
『はい、今の私は薄い水色のフリル三昧です、選んで貰った物ですが気に入っています』
豪奢な不思議の国のアリス、ネネさんが選んでくれた物。
《触っても良いですか?》
『はい、どうぞ』
《理想を仰って頂ければ、直ぐにお探し致しますよ》
《はい、ありがとうございます》
私が選んだのは、大人向けの外出用のドレス。
フワフワと裾が広がり過ぎない、けれど腰の部分がふんわりと膨らんで、以降はストンと落ちている形。
そして肩回りもふんわりしているけれど、袖はしっかり絞まっていて。
襟はシンプルに小さなネクタイをする、西洋式の女性用スーツ、その原形のデザインらしい。
そしてドレスに似合う様に、魔法のコルセットを付けて貰い。
凄いくびれが出来た。
《では、後は靴屋と美容院ですね。今でも十分ですが、髪は仮止めだけ、ですから》
『直ぐ近くに有るので行きましょう』
《あ、お金は》
《お客様にはタダですから、大丈夫。さ、行ってらっしゃいませ》
『はい、ですので行きましょう』
《あ、はい、ありがとうございました》
そうして連れて行かれた先の美容院では、髪型は勿論、お化粧までして貰った。
しかも、そうして貰いながら靴を選ばせてくれて。
更には、髪まで伸ばしてくれて。
ガチガチに纏められる事も無く、フワフワの可愛らしいまとめ髪にして貰えた。
『どうですか』
編み込みなのにキツくなくて、けれども三つ編みが後ろでまとめられてこんもりとして、けれど輪にもなっていて。
以前に触らせてもらった、中世のまとめ髪みたいだけれど、それ以上に手が込んでる。
《凄い、ありがとうございます》
『では、お茶にしましょう』
半透明な人種は、いつから目が見えなかったのか、どう思い過ごしていたかを話し。
いつか夢の中で、こんな風に過ごしてみたかったと話した後、暫く黙り込み。
《どうすれば、またココに来れますか。どうすれば、ココにずっと居られますか》
『ココにずっと居るなら、お客様扱いは無くなります、何かしらの対価を払う必要が有ります』
《はい、対価とは何ですか》
この対価、とは、悪魔にしか分からない価値観から導き出される。
『アナタの良さです、良さが変われば価値は無くなる』
《良さ》
『はい、アナタの良さです。アナタの良さが存在し続ける限り、ココに居たいと願っている限り、ココに居られます』
《それは、いつから》
『役所で登録すればいつからでも居られます』
悪魔は基本的に、現在過去未来、全てが見通せる。
けれどもヒナ様は、教えられた分の過去と、今だけ。
そして人種がどうなるかは、人種次第。
《先ずは、役所に、行ってみようかと》
『はい、では行きましょうか』
《はい、ありがとうございます》
悪魔は天使でも有る。
例え名が無くとも、人種にとっての天使を含有しているのが悪魔。
喜ばれる事を対価とするか、試練を与え喜びとするか。
僕にはそう違いが有るとは思えません。
「てっきり、飼われるのかと」
『いえ、特に興味が無いので』
彼女は、ココに住む事になった。
幽体離脱者とは、ココに馴染むかどうか分からない者が成る。
とても不安定で、時に導く事が難しいとされている。
けれど、何とかなった。
ココで戸籍が無いと半透明なままで彷徨って、いつかは消えてしまいます。
だから悪魔が手を貸します。
悪魔は人種が好きだから。
「今日は、どうしましょうか」
『ネネさんが幽体離脱者の事を知ってるか訊ねてみたいです』
「構いませんが、教えてしまうと見えてしまうかと」
『ネネさん、幽霊を怖がるでしょうか』
「どうでしょう、先ずはそこからお尋ねしてみては」
『はい、そうしてみます』
「では、様子を伺いに参りましょうか」
『はい』
私はネネさんが好き。
多分、優しいし、興味が有るから。
私は私に興味が有る人種だけが、好きなのかも知れない。




