22 入学。
地図上では、学園は六芒星の様に囲われており、内部はアスタリスク*の形をしている。
周囲は水の張った堀、その更に手前は木々に覆われ、森の中にお城が建っている様に見える。
この地図を見た時もですが、実際に見ても。
確かに、まるで遊園地の入り口。
「遊園地の入り口ですね」
『ですよね!行った事無いですけど!』
「追々、作るので楽しみにしてて下さい」
『はい!』
白壁に深緑色の屋根。
正門から続く道には低い生垣、オレンジ色に紅葉している。
正門の中央棟が、中央入り口。
対する裏門、中央棟の真裏が教員入り口。
六芒星の角に、6つの棟。
棟を繋ぐ長い廊下には、所々に小部屋が生えている。
《どうでしょう》
「生垣が気になりました、何を植えてらっしゃるのでしょう」
《“ドウタンツツジ”、東の国の植物です。春にはスズランの様な花が咲き、四季咲きの様に色合いが変わり、毒性が無いので使用させて頂いております》
『東の国のなんですね』
《はい、向こうでは王立園芸協会で賞も受賞している、刈り込みにも耐えられる素敵な子ですから。全ての学園に、植えさせて頂いております》
凄い。
海外でも褒められて、ココでも褒められる優秀な生垣が有るとは。
「では、裏門の方も」
《いえ、以前に植えていたのは、“銀梅花”。ですが、実を付けますし、どうしても口にしてしまう子が多いので。ご相談の結果、教員用の方へと植え替えさせて頂いたんです》
「分かります、私も花の蜜を口にしていましたから」
《“ツツジ”、ですかね》
「はい」
《ウチの庭に植えていますよ、花の蜜って美味しいですよね》
『遊びに行って良いですか』
《はい、構いませんよ》
コレが単なる教師と生徒の会話なら、おいおいと思ってしまうが。
この方も、ヒナちゃんも悪魔と言う繋がりが有る。
案内して下さっているのは、ウヴァル先生。
ソロモン72柱、47位、本来はヒトコブラクダの姿をしている悪魔。
けれど今は、褐色の肌に黒髪と金色の瞳、どちらの性別か全く分からない姿。
「ご専攻は」
《宗教学を、ココでは道徳教育ですね、それと学園内の神明裁判の担当をさせて頂いております》
「神明裁判」
『魔女裁判みたいなヤツだそうです』
「成程」
《オリエンテーションの際に、更に詳しく説明させて頂きますね》
『はい』
ヒナちゃん、魔女裁判は分かるのね。
《では、コチラが教室となります》
時季外れなので、入学式が無いのは残念ですが。
もしヒナちゃんに何か有れば、直ぐに転校する予定の学校。
それに中等部にも入学式は有りますし、先ずは通う楽しみから、ですよね。
「では、参りましょうか」
『はい!』
挨拶と、下の名前だけ。
私には下の名前だけなので助かります。
「ネネです、宜しくお願いします」
『ヒナです、宜しくお願いします』
あ、拍手だ。
コレも作法の1つなんだろうか。
《はい、では、2人は別々になってしまいますが。ネネさんはアチラ、ヒナさんは向こうの席へどうぞ》
「また後でね」
『はい』
鞄を置いて、勉強道具を出して、鞄をしまって。
うん、出来た。
《私はリリー、宜しくね》
「私はローズ、宜しくね」
『はい、宜しくお願いします』
同じ年の子。
こんなに居たんですね。
『アナタ不思議なお顔立ちね?』
《理事長先生のご親戚?》
「いえ、赤の他人ですが」
《あら、そうなのね》
『肌の色以外は似てる気がすると思ったのだけど、ごめんなさいね』
「いえ、理事長先生はこの様なお顔立ちなんですか?」
《そうなの、東洋の方、よね?》
「はい」
『そうなのね、いつかお話を聞かせて?』
「はい、機会が有れば」
休み時間に、早速コレだったんですが。
意外と、しっかりしたお子様方でらっしゃる。
『あ、まだココのお作法に慣れて無いわよね?』
「あ、はい」
《そうよね、廊下に行きましょうね》
そうして廊下に出ると、給仕の方が飲み物を配ってらっしゃる。
お水にオレンジジュース、牛乳に、お茶。
ちょっと、子供にカフェインはどうなのだろうか。
「あの、コレは」
『あ、大丈夫、大人のお茶と違うの』
《今日は、ルイボスかしらね?》
『はい、良くお分かりで』
「成程、ではお茶を、氷無しで頂きます」
『はい、どうぞ』
そうして他のご令嬢、ご子息を見ていると。
結構、一気飲み。
コレは、初等部だからだろうか。
「では、授業を始めます」
次は歴史です。
教科書を受け取って席に着きます。
《今日はね、強欲国よ》
「少し前から強欲国の歴史なの」
『そうなんですね、ありがとうございます』
私には少し退屈な授業です。
家でも少し予習をしたんですが、知っていました、覚えていました。
且つて帝国が色欲国となった時、男を上に立たせてはならない、となりました。
帝国の噂が各国に流れ、我こそは王の子を孕んだ、と貴族の女達が騒ぎ立てたのです。
魔法のせいとは言えど、失態を犯し廃嫡を迫られた当時の王太子は、後悔の念から下半身を切り取り。
王位と愛する婚約者を手放しました。
ですが、婚約者は元王太子を諦めませんでした。
この苦難こそ悪しき見本とし、コレからも国を支えるので、どうか彼の体を治して下さい。
そう泉の前で神様にお願いしました。
元王太子は治療を拒み、死を望んでいたのです。
そして何処かの神か悪魔か、若しくは精霊が、婚約者の願いを聞き入れると申し出ました。
このままでは、補わなければ死んでしまう、なのでアナタの体を使います。
アナタは体の一部を失う、どうしますか、と。
彼女は直ぐにも返事をし、受け入れました。
そして元王太子は一命を取り留めましたが、絶望しました。
体を与えてくれた婚約者は、新しい王太子の妾になる為、お城へ行かなければなりません。
もし、万が一にも命が助かったなら、彼女が許してくれるなら。
彼女に、再び愛を告げようと決めていたのです。
ですが失態を犯し継承権すら捨てた、ただの貴族。
彼は引き留める事が出来ず、泉の近くの小屋で嘆き怒り、結局は死んでしまいました。
元王太子の死に、願いを叶えた者は嘆き悲しみ。
元婚約者もまた、嘆き悲しみ、叶えた者に謝罪しました。
彼は無欲だったからこそ、命すらも諦めてしまった。
もっと、欲を求めて頂ける様に支えるべきだった、と。
叶えた者は、再び機会を与えました。
国を取るか彼を取るか、選びなさい、と。
彼女は答えた。
国も彼も選べません、彼は国の為に生き死んだのです、支え愛する事しか選べません。
叶えた者は、再び彼女の願いを叶えた。
2人の体を1つにし、双子を授けました。
そして、強欲国に祝福が与えられました。
王としての強欲さのみを持つ王よ、その行いに相応しい名と、祝福を与えましょう。
王族は男も女も謎の病に罹り、次々に亡くなってしまいました。
ですが1人、とても落ち着いている者が居ました。
婚約者と元王太子が融合した者は、何の影響も無く、子を産みました。
それが強欲国の誕生であり、王の誕生となりました。
「妥当かと」
『はい、篩分けの結果ですから』
ヒナちゃんは、偶に先代の知識へとアクセスする事が有る。
表情が消え、知識が降りてくる。
「ヒナちゃんには、少し退屈な授業でしたね」
『後半は良かったです、意見は大事ですから』
授業中に質問が有った。
何故、意見の統一を行わないのか、と。
そこで多様性予測理論、と言う理論の説明がなされた。
どんなに素人であれ、集計の結果は正しい数値に近いものとなる。
だからこそ、多様な意見には必要性が有り。
正しく計算する者もまた、必要なのだと。
向こうで理論の名は聞いた気はする、でも寧ろコチラで詳しく知り、実感した。
専門家だけが全てでは無い、と。
そうか。
強欲国は相当に肥大化していた可能性も有るのか。
船頭多くして、の格言通り。
専門家集団が必ずしも優秀とは限らない。
「数と質の問題だったんでしょうかね」
『はい、そうです』
やっぱりそうなのか。




