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194 とある家の立ち会い人。

「レンズさん、少し良いかしら」


 早朝に、玄関先で頭を下げるのは。


《クラム夫人、改まってどうしたんだ》

「私の知り合いが少し困っていて、立ち会いを、出来るなら嘘かどうかの判断もお願いしたいの」


 背後の女性がお辞儀をしてるが。

 既婚者か。


 なら離縁関係か、若しくは浮気か。


《俺で良ければ構わないが、本当に良いのか?公認試験はまだだぞ?》

「良いの、ただ報酬は出せないのよね、万が一にも買収を疑われても困るから」


《それは構わないんだが》

「じゃあお願いね」

「宜しくお願い致します」


《あぁ》


 そうして、直ぐにクラム夫人に紹介された女性の家に行ったんだが。


『アナタ、何よ』

《立ち会い人です》


『ちょっと見て頂戴よ!ウチの惨状を!!』


 確かに、家の惨状は筆舌に尽くし難い様相だったが。

 何処かに、既視感が有った。


 洗濯物は生乾き臭がする謎の塊のままに桶の中に放置され、調理手前の食材達は形状を辛うじて保つ程度に腐敗し、一気に崩れ落ち割れた食器類と共に散乱したまま。

 木靴や革靴は天風に晒され、どう見ても使用不可能、更には漁業用の道具もボロボロで裏の畑に至っては雑草が伸び放題。


 だが、そもそもの原因が有る筈。


《どうして、こんな事になったんだろうか》

「私が貯めていた蓄財も、何もかもを持ち出され、更には夫と使用すると手紙に書かれており。思わず動揺し、こうなってしまったんです」

『そんな言い訳が通用するものですか!最初から計画してたんでしょう!!』


「いいえ」


 石の反応は、ココでも無い。


《彼女の言っている事は、今の所は全て事実だ》

『なん、そんなワケ無いでしょう!あんなにも隅々まで荒らしておいて、計画的じゃないだなんて』

「最初から計画していたワケでは有りません」


 コレにも、反応は無い。


《嘘は無い》


『そんな』


《戻るに戻れず、放置したんだろうか》

「はい」


《だそうだ》

『だからって、こんな』


 あぁ、思い出した。


《そもそも、何処まで家の事を任せてたんだ》

『そんな、違うわ、私だって家の事をしてたわよ』


 石が熱を帯びた、しかも2回も。


《嘘だな》

『なんっ、偶には』


 また。


《嘘だな》


 「あら嫌だ、いつも家の事を任せて、更には海での仕事だなんて」

 《私でも無理よ》

 『本当、お嫁さんが可哀想だわ』


 「しかも、彼女の財を盗んだだなんて」

 《身内でも盗みは盗みよ》

 『夫も知っていて一緒に使った、だなんて』


『ち、違うのよ!あの子が私にくれたのよ!!』

《嘘だな》


『違う!アナタが間違ってるのよ!!』

《ならそれを証明してくれよ、裁判でも何でも受けて立ってやるから》


 嘘を見抜ける能力持ちは、公認を受けると、正式な立ち会い人となる事が出来る。

 正直、面倒だからと後回しにしてたんだが、そろそろ受けるか。


『そこまでは、別に』

「私、常に、何でも手直しされる様な不出来な嫁なんです」


『そうなのよ、本当。毎日毎日、嫁の料理を手直ししてやったり、繕い物を手直ししてやったりで大変だったのよ。だから手間賃よ、この家だって私の家よ、今までの生活費や世話代を使っただけで責められる謂れは無いわ』


 嘘は無い、が。


「コレが私の繕い物と料理です、ご賞味頂けますか」

『アンタ、こんな事をする暇が有るなら』


「知り合いの方に窃盗の件を落ち着けて頂いて、そのお礼の品です」

《俺には十分に見えるんだが、奥様達、コレはそんなに不出来か》


 立ち会い人は、独断と偏見で断ずる事は禁止されている。

 つまりは、周囲にも人が居るなら、聞けって事なワケだが。


《いえ、別に問題無いと思うけれど》

「そうよね、売りに出すワケじゃないなら十分よ」

『お料理も、いつもより豪勢だとしても、十分よね』


 マトモな近隣住民で助かった。


『そ、コレは、偶々出来が良い品を』

「いつもこの位です」


『嘘よ!!』


 嘘は義母の言葉だけ。

 けど、このままじゃ埒が明かないな。


《おい、アンタ、夫だよな》

《は、はい、そうですが》


《で、どうなんだ》


《な、直されたのしか知らないんで、分かりません》


 静まり返ったぞ。

 コレは、奥様方次第か。


《仕方無いわね、動揺しての事なのだし》

「そうよ、つい、うっかり動揺してこうなったのよね」

『日頃から合わないそうだし、仕方無いわね、離縁で無しにしたら良いじゃない』

《ま、待って下さい、離縁だけは》

『そうよ、そこまで大袈裟にするつもりは無いのよ』


《けれど、こんなに不出来なお嫁さんじゃ、奥さんも大変でしょう》

「良いのよ、分かるわ、気晴らしに旅行に行きたくなる程に嫌だったのでしょう」

『だからこそ、離縁して、お互いに他人になれば良いだけよ』

《僕に不満は無いんです、ただ母さんが》

『謝って片付けてくれれば良いだけよ、神経質過ぎたかも知れないわ、でももう気晴らしもしたから大丈夫よ』


《あぁ、そうそう、アナタはどうしたいのかしら?》

「このまま、一生、ココで過ごすのかしら?」

『まだ若いのに、それでも良いと思うなら、私達はもう関わらないけれど。どう、したいのかしらね?』


《ごめんよ、悪かった》

『ほら、この子もこう言ってる事だし、ね』


 俺は、単なる第三者のパターンか。


「離縁したいです」

《ならお金は返して貰わないとね》

「そうよ、アナタのお金はアナタのモノ、アナタの物もアナタのモノ」

『先ずは荷物を運び出してしまいましょう、さ、アナタには2人をお願いね』

《あ、あぁ》

《待ってくれ、誤解なんだ》

『何よ!この男と結託したのね浮気者!!』


《今日、知り合いに頼まれ初めて会ったんだが》

《あら、まさか奥さん、役所で家庭裁判所のお手続きをなさりたいの?》

「そう、なら言って下されば直ぐにお手伝いするわよ」

『大丈夫、私達が証人になるもの』


 あぁ、最初からコッチが計画してたんだな、成程。

 元は嫁、今は娘の母親なら、手を貸さないワケが無いよな。


《ほら、納得して下さったみたいだし、運び出してしまいましょう》

「そうね」

『重い物は、後でアナタにお願いするわね』


 立ち会い人と言うより、寧ろ荷物係か。


《おう》




 あっと言う間でしたね。

 荷物の運び出しが終わる頃、正式な離縁状を持った役所の方が来ると、署名した直後に受理となり。


 奥様方は、あの子と共に去り。

 あの悲惨な状況の家、情けない男と嫁イビリで有名になる姑、だけが残った。


「お疲れ様でした、ありがとうございます」


《クラム夫人は、何処まで知ってたんだ》

「ご相談を受けたけれど、最初だけ」


 不妊のご相談を受け、何となく察しは付いた。

 そして彼女が近隣の者だと知っていたから、少し他の方にもご相談した、だけ。


 洗脳を解くのは大変だから、私だけでは、ね。


《まぁ、問題が解決したから良いんだが》

「あぁ、そうそう、ウチの広報になって頂くお願いもしようと思ってたの」


《良いのか、利益相反だとか》

「今回の件で有能だと改めて分かった後の事、ですから。はい、書類です、良いお返事をお待ちしてますね」


《あ、あぁ》


 あの子に身寄りは無いけれど、人手を必要とする場所は何処にでも有る。

 しかも身元がしっかりとした保証人が4人も居るのだから、何処ででもやっていける。


「どうも、お世話になりました」

「ふふ、良いのよ。子や孫と思えば、どうと言う事は無いんですから」

《けれど、コレで分かったでしょう、一人っ子はオススメしないわ》

『そうよ、万が一にも寄る辺が無ければ、こうなってしまうんですから』


「はい」

「けどまぁ、兄弟姉妹が居れば良い、と言うワケでも無いけれどね」

《本当、コレで、少しはお互いの有り難みに気付いてくれれば良いのだけれど》

『まぁ、気負っても難しい事は有るものね。さ、お仕事の時間でしょう、行ってらっしゃい』


「はい、では」


 ココでは、田舎の良い所だけが存在している。

 そして、ココ独特の村八分、も存在している。




「あら奥さん、以前より収穫量が下がってらっしゃるけれど、どうかなさったのかしら」

《アレだけ嫌がっていたお嫁さんが居なくなったのだし、さぞ気が楽でしょうに》

『もしかして、具合でも悪いのかしら?』


『この、顔の痣が、見えないの』


「あら、何の事?」

《痣、ねぇ》

『そうね、目にクマは有るみたいだけれど、本当にどうなさったの?』

『息子が暴力を振るうのよ!!』


「またまた、あんなに優しそうな息子さんなのに」

《初めての反抗期、なのかしら?》

『分かるわ、最初は驚くわよね』

『違うのよ!もう、毎日毎日』


「なら、離れたら宜しいんじゃない」

《そうよ、アナタには足も手も有るじゃない》

『ボロ屋で良いなら貸すわよ?』


「こう貸して下さるそうだし、少し離れたら良いじゃない」

《そうよ、もっと遠くに行くにしても、足は有るでしょう》

『他人の金で旅行にも行けたんだもの、逃げ出す位、簡単でしょう』


 少し、分からせてやっただけなのに。

 直ぐに逃げ出す様な女を捕まえた息子が悪いのに。


 何故、どうして。


「母さん、迎えに来たよ」

「ほら、やっぱり優しい息子さんじゃない」

《そうよ、きっと何か誤解が有るのよ》

『話し合えばきっと、誤解も解けるんじゃないかしら、ね』


『イヤ、もう勘弁して頂戴』


「母さん、一体何の事かな?」


 毎日毎日、小さな事で殴られ蹴られ。


 あの女のせいだ。

 あの女が家を荒らしたから。


 あの程度で離縁したから。

 だから息子は。


『お願い、もう止めて』

「母さん、帰ろう」


 何で私がこんな目に、どうして、何故なのよ。

 何故、どうして。

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