193 恋人と音楽。
『ネネさん』
「はい、何でしょう」
『息子を小さな恋人と思う事について、どう思いますか』
どう思いますか。
新しいアプローチですね、ヒナちゃん。
「小さな彼氏、小さな恋人、そう表現する方が居るとは知ってはいましたが。ココでも、居るのでしょうか?」
『はい、同級生の母親がそう言っていたそうです。星屑でした、今はカーバンクル属、額に宝石の有るネコ科に転生予定です』
「成程、色々と有ったんですね」
『はい、その同級生と一緒にバイオリン工房に通っています、とても耳が良いし調律が最速です。ピアノ工房や調律師の塾からも声が掛かっています』
「おぉ、凄い。私も一時期迷ったんですが、そう好きでも無い事なので、習いもしませんでした」
ココって、ストラディバリウスが量産出来てるんですよね。
確かに、少し興味は出ますが、やはり遊園地には勝てない。
『それは褒められても、でしょうか。同級生は褒めらて、とても嬉しいそうです』
「あー、ですね。褒められる事が当たり前だ、とは思ってはいませんでしたが。後半は、お世辞だろう、と穿った見方をしていましたし。調律師より、やっぱり遊園地でしたから」
『やはり興味は動かせませんか』
「ですね、どんなに誘導されても、もう既に強い興味の有る事には敵いませんし。私の場合、褒められる事に、特に興味が有りませんでしたから」
『今はどうですか』
「まぁ、無くは無いですが。やはり、自分の好きな事に没頭している方が楽しいですね」
『レンズは楽しそうにお喋りしながら料理をします、器用です』
「本当に器用ですね、私はつい、集中すると黙るので」
『脳味噌を垂れ流しだ、だそうです』
「あぁ、もう脊髄反射なんですね、成程」
喋りながら楽器の演奏って、結構、慣れないと出来無いものですが。
それだけ、お料理していたって事ですよね。
『小さな恋人についてはどうでしょうか』
「あ、正直、嫌悪感が否めません。凄く可愛がる事は良く分かるんですが、そもそも恋人とは、どんな概念だと思っていますかね?」
『親しい、性的関係を含む、将来結婚を誓い合ってもおかしくは無い関係だと思います』
「ですね、なので、性的関係を含む関係性を示唆している事についての嫌悪ですね。食べちゃいたい位に可愛い、だとかは分かるんですが、ウチの子は食料です。だなんて、本来は言わない筈なんですから」
『言われたら怖いと思います』
「ですよね、小さな食料ちゃん、小さな愛人。客観性が無さ過ぎる、それこそ他人の思考の多様性について、全く加味していない。そこにも嫌悪が有りますね、あまりに世界が狭過ぎる、海外なら批判されて当たり前ですから」
『ネネさんならどう呼びますか』
「ヒナちゃんは私の大切な宝物、私の可愛いお姫様、成程。多分、平凡で凡庸な表現から、ただ逸脱したいだけなのかも知れません」
『何故ですか』
「多分、ですが、コレだけ表現豊かに言える私凄い。とか、深く考え過ぎ、気にし過ぎ。そう浅慮さを恥じる事が出来無い、まさしく世間知らずの、自己顕示欲が強い方なんだと思います」
『本当に思っている場合もでしょうか』
「そこは、ちょっと難しいですね。寧ろ兄や姉は、小さな怪獣だとか、小さな宇宙人だと言ってましたから」
『宇宙人でしたか』
「でしたね、特に理屈の繋がり方が、実に特異で面白かったですね。バナナが食べたい、と言っていたので出したら、コレは違うと言ったんです。真の望みは何だったと思いますか?」
長考。
ですよね、私も聞くまで全く分からなかった。
『分かりません、何ですか』
「正解はケーキでした。スポンジ生地に生クリームとバナナが入ったモノを、ケーキだよ、そう言いながら出していたので。バナナ=ケーキ、そうなっていたんだそうです」
『難しいです、なぞなぞみたいです』
「ですよね、だから出来るだけ正しく言う様になってました、コレはショートケーキです。って」
『正確性は大切です』
「ですよね」
ヒナは、言わなかったんだな。
《それな、ほんの一瞬だが、ガチで手を出したんだ》
そら絶句するよな。
言うだけだろう、が、マジだとは。
「怖っ」
《だよな、で、振り払われた手で怪我した》
「えっ、大丈夫ですか」
《おう、直ぐに悪魔に治して貰った。確か、マルファスとか言う悪魔だったな》
「父性と子性。子供に対し、親への従順と尊敬を与える悪魔」
《らしい、俺が取り押さえたんだが、以降は任せてくれとさ》
「で、カーバンクルに転生、ですか」
《あぁ、そこも省いたか、全身が宝石の状態で生まれるらしい》
「そして、同じ目に遭うか、より酷い目に遭う」
《だろうな》
「なら、後はその子のフォローだけですね」
流石、切り替えが早いな。
《流石、良く馴染んでるな》
「すっかり信じてますから、ココの制度や世界について」
《けど大変だったんだぞ、未然に防げない時点で、不条理で理不尽を味あわせたんだ》
「完璧な管理、統率が成されていないからこそで。そうした独裁政権、ディストピアに比べたら、未だマシかと」
《まぁ、どちらがよりマシか、だしな》
「しかも、嫌ならオセアニアに行けば良かったんですよ、なのにココで我を通そうとした」
《そう理性が働いたのに、な》
「レンズの方が飲み込めませんか」
《そもそも、男親が言ったら、それこそ総叩きだろ》
「あー、キモい、本気でキモいですからね」
《恋人だ彼氏だとは言っても、性的関係は含んでませんし。って、無理が有るだろ、大多数はそう思わないんだから》
「で、コチラの方も、大袈裟で紛らわしい表現。そこで留まっていた」
《あぁ、近所の方がな、それこそ止められなかったって。俺もある意味、当事者になったから、一緒にカウンセリングの場で顔を合わせてるんだ》
「知恵熱大丈夫ですか」
《大丈夫だ、ヒナにも、まだ心配されるんだが。けど、加減をな、覚え始めたらしい》
「だから、私にも言わなかったんですね」
《気を遣ってくれるのは嬉しいんだけどな、まぁ、成長だと思ってくれ》
「理屈や理由は分かっても、寂しく感じてしまいますね」
《あぁ、俺もだ》
「はぁ、それに見落としてました、近隣の方について」
《仕方無いさ、1番の被害者は子供、その次に怪我したのが俺だしな》
「何か、本当に、自分勝手だとは思うんですが。周囲に誰も居ない環境に、住みたい」
あぁ、そうか。
結婚すれば一緒に住んで、子供を産むんだろうしな。
《近隣との関係が無いなりの苦労も有るだろうし、まぁ》
「そこなんですよ、レンズに言うのもなんですが、最悪は母乳が足りない場合が困る」
《あぁ、けど》
「貧乳だからと言って、必ずしも出が良いと確約されてるワケじゃ無いんですからね」
《まぁ、それはそうだが、そこは乳母か母子医院で良いんじゃないか?》
「あぁ、来訪者かって思われて、何だか負担になりそうで」
《そこは、あぁ、王族関係者ってのも負担になるか》
「そうなんですよ、そこの加減がどう、出来るのかと模索中で」
《もう、運だ運》
「そんな無責任な」
《予告も難しい、かと言って。いや、流石に、ヤバいのは駆逐されるんじゃないか?》
「まぁ、十月十日は掛ると言いますけど、そんなに短期間で」
《大丈夫だろ、それで産むのが遅れたら、悲しむのはヒナなんだから》
「そこは、ですけど。精霊や悪魔に頼らないのが、大前提なんですからね?」
《まだ俺には無理だぁ》
「はいはい、万能じゃないんですから、ちゃんと相談して下さい。それ位の余裕は有るんですから」
だろうけど、邪魔はしたくないんだよな。
《おう》