192 小さな恋人。
『リク!』
私が声を掛けた瞬間、私に気付いた瞬間。
怯え、女の子の後ろに隠れた。
あの、歯科医院で見掛けた女の子。
そして、その子と共にリクは逃げた。
私から逃げた。
《おい》
『邪魔しないでよ!!』
《痛った》
『男なんだからそれ位!アンタ、また、私の邪魔を。何でよ!!』
《接近禁止命令が出てるんだろうが!!》
『アンタには関係無いでしょう!!』
あぁ、私のリクが。
《ちょっ》
『リク!待って!!』
リクが逃げるなんて、有り得ない。
しかも、私から逃げるなんて、絶対に有り得ない。
きっと、誰かに何かを吹き込まれたから。
だから、私から逃げ出した。
あの子が。
あの女が、リクに何か吹き込んだんだ。
リクは優しくて、思い遣りが有って、何より私を大事にしてくれるのに。
そう育てたのに。
折角、ここまで育てたのに。
『下がって下さい』
『親子の問題よ!邪魔しないで頂戴!!』
『いえ、アナタには接近禁止命令が出ていると知っています、コレ以上はいけません』
リクが、私を見て怯えるなんて、有り得ない。
きっと、この子が何か吹き込んだんだ。
私の大切なリクに。
許さない。
『絶対に、許さない!!』
「も、う、嫌、だ。も、う、みたく、ない」
『リク、もう大丈夫よ』
「も、う、あい、たく、ない」
私が、リクに拒絶されるなんて、有り得ない。
『誤解よ、全部、誤解なの』
「ちが、う」
『誰に何を吹き込まれたの?全部、間違いなのよ?』
「ちが、う」
『リク』
『下がって下さい』
『アンタが退きなさいよ!!』
《もう良いか》
『さよならして下さい、お別れは大切です』
『何を言って』
「さ、よう、なら、おか、あさん」
いつの間にか、私。
《さ、目覚めましたね、尋問を開始します。私シトリーと》
「マルファス」
《アナタは接近禁止命令を破り、且つ、人の成人男性に怪我を負わせた》
「次期悪魔の女王の兄に、手を出した」
『違っ、アレは、手を振り解いたら、偶々』
《だとしても、謝罪もせず逃走を図り、ご子息と共に次期女王を追い詰めた》
『知らなかったんです、ただ』
《絶対に許さない、そう仰っていたそうですが、何を許さないのですか》
『それはあの子にじゃなくて、誤解させた、リクに何かを吹き込んだ誰かにで』
《誰も、何もしていませんが》
『なら、何で』
《性的な感情を持ちつつ性器に触れた、それが誤解、ですか》
『そうです、だって。私には、子供を傷付けるつもりなんて、そんな気なんて』
《ですが、小さな恋人だ、と言ってらっしゃったとか》
『それは、本当に恋人や夫の役割をさせるつもりじゃ』
《嘘ですね》
『違うんです!子供が可愛い、大好きだと、それだけじゃ足りなくて。そう表現しただけで、別に、本気で言ってたワケじゃ』
《嘘ですね》
「王子様だろうが王様だろうが彼氏だろうが、子供を子供扱いしなかった時点で、お前は親失格だ」
『何よ!子供の居ない悪魔のクセに!!』
あぁ、違う、こんな事言いたいワケじゃ無かったのに。
こんな事を言ったら。
《コレが、学園の卒業生なのですから、実に悲しい限りですね》
「あぁ、悪魔と精霊にとっては人種は子だと言うのに、コレとはな」
『お腹を痛めて産んで無いでしょう!私は独りで産んで育てたのよ!!』
違う。
言うつもりなんて無かったのに、何で。
《だから何です?》
「獣でも当たり前にこなす事を、さも偉業を成し遂げたかの様に言われてもな、一体何を誇りたいんだ」
《ですね、雌だけが育てる種の方が多いですしね》
「雄は種を撒き早死する事が殆どだが、だから、お前は何だと言うんだ」
頑張って育てたのに。
苦労して、あそこまで育てたのに、奪うなんて。
『私は、お願いします!私にはあの子だけなんです!!』
「つまり、お前の所有物だと言いたいのだな」
違うって、言うしかない。
そうしないと、じゃないと。
『違うんです、お願いします、もうしませんから』
《嘘、しかも認めましたね、性的な感情を持ちつつ性器に触れた事について》
『そうじゃない!!』
《では、単にお子さんが勘違いをし、裸で隣の家に駆け込んだだけだ。そう仰るのですか》
「精霊種を甘く見過ぎにも程が有る、聞こえはしないが、何を言っていたかを感じ取る事は出来るのだぞ」
聞こえてた。
知ってた。
分かってた。
全部。
今までの事、全て。
『わ、私、疲れてて』
《では、アナタは幼い頃に父親から同じ事をされても、許せてしまうんですね》
『それは。けど、リクは、他の事は嫌がって無かったし』
《おや、余罪までありがとうございます》
『違う!そうした事じゃ』
《精霊や悪魔に嘘は通用しない、そう学んで頂いていた筈ですが》
「やはり、性根の矯正は不可能なのだろうか」
『お願いします!何でもしますから!!』
《何でもするから、息子への虐待を見逃せ、と》
『違います!もう、誤解される様な事は、何も』
「本来なら、そんな事をする親は居るべきでは無い、そうは思わないんだな」
『それは』
《向こうで仰ってましたよね、自分の理想の通りに育てたい、自分だけを愛して欲しいと》
「思うだけ、考えるだけなら、構わない。だが、お前は実行した、最悪の行動を起こした」
違う、あの時は偶々、魔が差して。
虐待なんかしたいなんて、思っても無いのに。
『お願いします、どうか、改心しますので。どうか』
《そう仰って頂けて何よりです》
「あぁ、改心しようとするなら、機会を与えよう」
『ありがとうございます!!』
コレでリクに会える。
誤解を解こう。
リクは良い子だから、言えばちゃんと分かってくれる筈。
大切に、大事に育てたんだから、分かってくれる筈。
私が親なんだから。
リクの大切な親なんだから。
『実はリクもグラスを割れるそうです、シトリーは出来ますか』
《出来ませんねぇ》
音は振動、ですからね。
アレのご子息は精霊種、ハーピー属、音の精霊と言っても過言では無い。
だからこそ、長期に渡って聞こえに不自由が有る事を、周囲には気付かれなかった。
ですが、アレが子供を囲い育てなければ、もっと早くに気付けていた事。
転居を繰り返した先で、やっと、介入する事が叶った親子。
「私もだ、だがもし家や城塞がガラスで出来ていたら、一声で破壊する事は可能だ」
彼はマルファス、天使名Rehaelの意は、直ぐに許す者。
病を治し、慈悲を得る手助けをし、愛と服従・健康と長寿を司る。
そして父性と子性。
子供に対し、親への従順と尊敬を与える天使であり、悪魔。
ラウム同様に本来はカラスの姿。
欲望・思考・あらゆる建物の破壊を可能とし。
理性的能力・推論・不安定。
それらを好む悪魔。
ですので、あの女性には全く興味が無い。
寧ろ私、ですかね。
軽率さ・嘘・不誠実。
それらを全て、持ち合わせておりましたから。
『アレは、ちゃんと苦しんでくれるでしょうか、分かってくれるでしょうか』
《分かるまで教え続ければ良いのですよ、我々は不死なのですから》
「あぁ、改心を願い出たのだから、叶えてやり続けるまでだ」
悪しき宿星、星屑なら。
星屑なりに、利用すれば良いだけ。
それだけ、ですから。
『あぁ本当に可愛いねぇ、僕の大切な、小さな恋人』
声が出せないし、動けない。
いつからか、私はこうだった。
ずっと、多分、生まれ変わった時から。
《コレだけ愛されているなら、きっと、お子様もさぞお喜びになっているかと》
『あぁ、勿論、コレだけ大切に扱っているのだからね』
私は精霊種に生まれ変わった。
カーバンクルと言う種。
《宝石は額だけの筈が、この子は全身を宝石で出来た子。さぞ、ご苦労も多いかと》
『あぁ、だが愛しい我が子だ、苦労など無いよ』
嘘だ。
苦労のご褒美に舐めさせろって。
こんな父親、酷く醜く老いた男なんて。
こんな事する親、親じゃない。
なのに、逃げ出せない。
声も出せない。
《あぁ、ですが娘さんのご結婚は、どうなさるおつもりで》
『美しい娘ですが、何も出来ぬ娘、そして幸いにも私は長寿種。一生、この子の面倒を見るつもりですよ』
違う、私は違う。
ちゃんと身なりも整えた、綺麗だった、若く可愛かった。
だからあの子は、こんな風に嫌がるワケが無い。
私は、こんなんじゃなかったのに。
《流石、見目麗しいエルフ種、お心まで素晴らしい》
美醜の概念が違うにしても、どうかしてる。
こんなに醜く太って、汚らしい男なのに。
『いや、当然の事、この子は僕だけが頼りなのだから』
もう嫌だ。
洋服も着せて貰えない、見世物にされて、毎晩全身を舐め回されて。
宝石の体だけど、感覚は有るし、匂いだって感じるのに。
《良かったですね、愛されてますよ、とても》
違う。
こんなのが望みじゃない。
こんな風にするつもりは。
『あぁ、また、嘘を考えたんだね。色が濁り始めた』
《おや、何か気に障る事をしてしまったかも知れません、申し訳御座いません》
『いやいや、コレは扱いが大変でね、どうやら今日は機嫌が悪いらしい』
《そうですか、では、失礼致しますね》
行かないで。
お願い。
もうしないから。
こんな思いは、もうさせないから。
『さぁ、今日も2人キリだ。ゆっくり、2人の時間を楽しもう』
嫌だ。
違う。
こんなの望んで無い。
こんな風にしないのに。
何で。
どうして。