191 リク君。
先日、歯医者の前でお母さんを見掛けました、大変さが少し分かった気がします。
と、クラスメイトのリクに書き示すと、先ずは手話で申し訳無さそうに謝罪されました。
それから暫く、筆談をしました。
聞こえない期間が長かった事。
そう気付かれ無かったのは、自身の精霊との同調率の高さ、それと過保護さからだと。
私は仕方無い事だと答えました。
気配で何を要求されているか、何を考えているか、私も何となく分かるからです。
ですが、急に怖くなった、と。
何をされたか、何が起こったかを、教えてくれました。
《そうか》
『ウ〇コですか、止めますか』
《いや、すまん、大丈夫だ。何をされたか、何が起こったか、知ったんだな》
『はい、入浴の際の性器への接触と、親心とは違う感情を受け取ってしまったそうです』
《はぁ、ぶん殴りたいが。寧ろ、そう言う奴こそ、矯正すべきなんだよな》
『はい、間違いを理解するべきです、苦しむからと言って理解を拒む事は許されません』
《だよな、で、どうするつもりなんだ?》
『大人に任せます』
私は親に親らしい事をされない事に、同情を示しました。
そうするとリクは、ありがとう、けれど何もしないで欲しいと書きました。
自分の事で手を煩わせたくない、まだお母さんとの良い思い出が有るから、まだ完全に嫌う事は難しい。
なので、まだ、以前の様に過ごして欲しいと要求されました。
《はぁ、大人だな。理性的で、賢い子なのに、余計な事を》
『リクのお母さんは幼稚ですか』
《態度を変えるな、だろ、なら態度を変えない約束が出来るなら。確認しに行くか》
『はい』
《よし、行くか》
リクのお母さんは、もう家に居ませんでした。
そして、父親も誰も、居ませんでした。
独りでリクを育てていました。
「言い訳になっちまうが、少し、おかしいかも知れない。そう思ってはいたけれど、今まで、本当に何も無かったんだよ」
《それなりに、それなりの付き合いをしてきたつもりだけど、ねぇ》
『事が起こって、私らも反省してるけど。じゃあ、何が出来たかと聞かれると、どうにも浮かばないんだよ』
《いや、奥さん達は例え半々だろうと信じてたんだろ、その勘も奥さんも》
「けどねぇ」
《あの子が嫌な思いをした、それは事実だからね》
『どう受け止めるか、どう対策をするか、まだまだだよ』
《すまなかった、まだ整理が付いて無い段階で》
「いや良いんだよ、その子も心を痛めての事だろうに」
《間違える大人、間違える親ばかりじゃないからね、ちゃんと親や大人に頼るんだよ》
『良いお兄さんだね、大事にするんだよ』
『はい』
周囲は安全で正常でした。
ですが、守りきる事は出来ませんでした。
「そして、その事に不満。いや、不足や不服を感じているのだね」
『はい、バアル・ゼバブ、私を納得させて下さい』
「自由と権利が有るからだ。子を育てる自由、権利が有るからこそ、事が起こってからでは無いと罰せられない」
《もし、寸前に、精霊や悪魔が関与したなら》
「未遂だ、勘違いだ、そんなつもりは無かったとの言い逃れを許す事に繋がる」
《証拠、証人、被害者が居なければ本来なら立証が叶わない》
「精霊と悪魔の独断、とも言える状態となり、人とは乖離する事になる」
《警戒心が減り、思考する力が衰え、依頼心が強くなる》
「自力救済を困難に、自立を遠退かせ、支配を根付かせてしまう」
『人と人種は違うそうです、それでもダメですか』
「レンズ、君にも分かる様に説明しよう」
近隣の夫人達と会話した後、ヒナが無言で向かった先は、王宮だった。
で、いきなり俺は悪魔の王と会う事になったかと思うと、挨拶も無しにそのまま会話が始まって。
この世界が、どの位置に有るかを説明された。
『あぁ、分岐世界、かな』
《お前、いつの間に》
『君が熱を出す前に、ね、けれどいつ言おうかと思って』
《はぁ、助かる、すまん》
『ありがとう、だろう』
《ありがとう》
『それで、きちんと理解しているか、解説をお願いしようかな』
《あぁ、おう》
向こうの世界を基底世界、若しくは0世界、と呼んでいる。
そこが大元となった世界が、ココ。
けれど基底世界は1つじゃない。
0世界とて、分岐の1つ、基底世界の1つ。
更に別の基底世界が存在するが、少なくとも存在や概念に欠けが有る、若しくは更に多い場合も有る。
ココは悪魔と精霊と神が、概念であれ存在する、そうした基底世界の1つ。
そして、少なくとも悪魔の概念、若しくは存在している世界線がココであり。
また、違う基底世界とも言える。
つまり世界線とは、謂わば1つのジャンル分け。
規則性が有るだろう、世界ちゃんが居るだろう、と言う根拠はココに有るワケだ。
規則性が無いなら、時には全く同一の世界が存在する筈が。
少なくとも、悪魔達が確認した限りでは無かった、と。
だが違う基底世界、悪魔の概念すら無い世界の存在が、精霊により確認がなされた。
そして悪魔達に確認する事は叶わなかった。
不規則であり、無秩序なら、確認に問題が生じる事もまたランダムに発生する筈が。
未だに、精霊が認知出来る世界を、悪魔達が確認する事は叶わないまま。
だからこそ、法則、規則性が存在している筈だと。
そして、その規則性や法則を存在させているのが、世界ちゃん。
世界、その存在を認識する何か。
世界の観測者こそが。
世界ちゃん。
『正直、僕ですら神は多少なりとも認識していたから、神が概念ですら存在しない世界が想像出来無いんだけど』
《俺もだ、じゃあ不条理で理不尽な事に、どう対応するんだ。と、けど、共産主義が有るだろ。神じゃなく、王、支配者が存在する事は可能な筈》
『そうだね』
《全く、はぁ、知恵熱が出そうだ》
『僕より長生きだろうに、それでも難しい事なのかな』
《かなり世界観が固まってたからな、知ったのはもう少しガキの頃だろ?》
『そうだね、まだ世界を良く知らなかった、だから世界はそうなんだって思ったよ』
《世界ちゃん、居ると思うか?》
『其々に居てくれたら、そう思うよ。不均衡も均衡も、必ず何かの干渉を受けている、それが観測者の影響によるモノだから。かも知れない』
《けど、神より上位の存在、上位次元となるとな》
『君が居た国では身近だった、だからこそ余計に難しいのだろうね』
《だな、何だかんだ言って、最も神の居ない世界に馴染めなさそうだとは思う》
『なのに、一時は無神論者だと思われていた』
《アレは質問が悪い》
『だね、文化文明が違うのに、自分達の基準で判断しようとした』
《負けなきゃなぁ》
『そうした世界も存在するらしいね、けれどその分、その基底世界の者には手が出せない』
《その基底世界、若しくはその世界線に存在する悪魔のモノ、精霊のモノか》
『だそうだよ』
気が付くとオリアスが王の横で図解を持ってたから、何とか把握は出来たが。
本当に、知恵熱が出るかと思った。
見るだけなら良いが、SFは苦手なんだよ。
《で、どう、ヒナに中庸や法規制について》
『リバタリアンの村、もう学んでるんじゃないかな』
《あぁ、そうか、アレな》
超自由主義だが、オセアニアとは違い、あくまでも自治権の自由のみに特化した村。
向こうだと消防署が無く火事ばかりだとか、熊被害が有っても、誰も協力し合わないだとかで。
自由を求め自由に首を絞められてる、そうとしか見えなかったが。
コッチは、どうだかな。
《おう、目覚めたか》
『まだ不愉快です』
『それは何故だろう』
『不条理で理不尽ですが、世界はちゃんと機能しています』
『そうだね、不条理で理不尽を起こしたのは、身勝手な一個人』
『ですが、規制を加えれば不条理で理不尽を増やす事になります』
『そうだね、母親になる者への試験、出産に於ける婚姻関係の強制。出来無い者を増やし、出来る者を優遇する事になる』
『均等、均衡や中庸は、とても難しいです』
『そうだね、けれど教育で、何とかその平等が計れる』
『それでも逸脱します』
『その問題の解決には、星屑かどうかが関わるんじゃないだろうか』
本来、ココの教育なら多少の逸脱は防げる筈。
けれど、その逸脱が最初から、生まれつきなら。
『はい』
《まだ寝起きだな、菓子でも食え》
『はい、そうします』
『あぁ、もしかして好きなのかな?』
《マジか》
『良く分かりません』
『そう、でも大丈夫、冗談だから』
『あ、言葉の事を教えましたか』
『うん、ついさっきね』
『どうでしたか、驚いてましたか』
『驚いてたよ、いつからだ、ってね』
《おう、いきなりで反応に遅れた》
『レンズもまだ寝惚けていますか』
《かもなぁ、暫く大人しくさせてたからな》
『初めての事だろうからね、徐々にだよ、徐々にね』
『今日は止めておきます』
《おう、そうしとこう》
こうして、我慢を我慢とせずに耐える。
それが当たり前に出来れば。
けれど、出来無いからこそ、問題が起きる。
我慢出来無い大人が、大問題を起こす。