183 平熱。
『会えるまで6日掛かりました』
《おう》
『本当に大丈夫ですか』
《おう、玉響も居るんだ、もしダメならちゃんと言う》
『はい、言って下さい、玉響もです』
《おう》
《はい》
先ずはハグです。
レンズの匂いに、何か不思議な匂いが混ざっています。
《学校はどうだ》
『ちゃんと行っています、明日には陶芸工房に行きます、なのでお祝いとして受け取れる様になって下さい』
《あぁ、もうそんなか》
『はい。臭くないです』
《おう、微熱でも風呂は良いらしい》
『入って良いんですか』
《長湯しなければな》
『長湯とはどの位の事ですか』
《湯船に20分位らしい》
『常に長湯になってしまっているんですが』
《あぁ、温度も関係有るらしいし、健康なら大丈夫だろ》
『それと問題が無い場合です、お風呂は考えてしまいます』
《あぁ、風呂は考えちまうか》
『はい、レンズが心配で調べる以外は手に付きませんでした』
《でも学校には行ってたんだな、偉い》
『はい、不便は有りましたか』
《有った、俺に趣味が無さ過ぎる》
『聞きました、ですが対処法が浮かびませんでした、興味は無理には引き出せません』
《だな》
『万が一、次はどうすれば良いですか』
《いや、今回の対処で良かったと思う、人と関わるのが趣味なんだ》
『不服ですか』
《少しな、仕方無しにやってた筈が、コレだからな》
『興味を引き出す事は難しいそうですが、趣味は増やせるそうです』
《それな、俺も少し工房通いを考えてみる》
『まだ先です、集中する事は避けるべきです』
《なら報告を頼む、夏休みの計画はどうなった》
『元気になってからです、今日はこの位にしておきます』
《分かった》
『はい、では安静にしていて下さい』
《おう》
『はい』
まだ、ぶり返すかも知れない時期です。
でも元気そうなので、少し安心しました。
《本当に手際が良いな》
《長く生きておりますから》
5日目は妙さんと料理談義、それと玉響の趣味について。
そして今は、刺繍を眺めてたんだが、あっと言う間に売り物並みのハンカチが出来上がった。
《編み物はどうなんだ?》
《お教え頂いたばかりですので、この速度では難しいかと》
《次は編み物を頼めるか》
《はい》
コレは、どうにかヒナと同じ程度だが。
俺よりは遥かに早い。
《コレで趣味じゃないのか》
《仕事、とまでは申しませんが、ソチラで言う習字に近いかと》
《あぁ、最低限の嗜みか》
《はい》
《それも何処かで必要になるだろう事、そう思えるから、続けられるんだよな》
貧乏であれば特に。
けど、ココで貧乏を望むのも、何か違うしな。
《無になれる、だからこそする場合も有りますよ》
《熱中すればそうなるんだが、どうにもな》
《では、折り紙は如何ですか、ヒナ様の行事の飾り付けに宜しいかと》
《あぁ、やってみるか》
けれど、コレも結局はあんまりだった。
《どうなさいましたか》
《この位で良いか、だな。後はリボンだとか花だとか、それこそ品物を用意したくなる》
《ですが、編み物を贈る気はさして無い、でしょうか》
《だな、やるなら良い品物を吟味して贈りたい》
《では、お料理は如何ですか》
《良いのか》
《熱が収まりましたし、幾ばくか動くだけなら、ですから》
《なら補助を頼めるか》
《はい》
レンズさんから、お見舞いの返礼品を渡したいから、と連絡が来たんですが。
「お弁当」
《おう》
「しかも、キャラ弁」
海苔や炒り卵、それこそ鮭やタラコも使って。
誰ですか、この可愛い女の子は。
《姪や甥に、かなり向こうでやってたんだ》
「成程」
ですが、何故お弁当なんでしょうか。
《大丈夫そうだな》
「あぁ、はい、お陰様で」
《マジで、俺の体質と、そもそも俺に趣味が無いせいだからな》
「コレ、趣味の範囲内では」
《そこなんだよ、料理が趣味だって気付いた》
「良いご趣味かと」
《けどアレだからな、如何に効率良くだとか、味は二の次だからな》
「えっ」
《いや、ちゃんと味見はしたし、食える範囲だ》
「あぁ、では、頂きます」
確かに、ちゃんと美味しい。
《ただ、弁当屋を開くつもりは無いんだよな》
「美味しいのに」
《不特定多数に作る事に興味が無い》
「あぁ、成程」
《それに編み物や縫い物もダメだった》
「プロには負けますからね」
《そこなんだよな、プロに負けそうな事には、そもそも興味が湧かない》
「あぁ、ココはオーダー出来ますからね」
《おう、頼んだ方が質が良い》
「お金が有れば、ですけどね」
《そこな、凄い俺は恵まれてるんだよな》
「それは運では」
《出た、運》
「何ですか」
《いや、運が物事を左右するのは良く分かるんだが、どうも苦手と言うか。正直、解せない》
「どう、解せないんですかね」
《大概の事はどうにかしてきた》
「あぁ、運に左右される事が不慣れだ、と」
《生まれも育ちも、それなりに自分で修正してきたし、出来ると思ってた》
「限度は有るかと」
《そこを無視してた》
「あの、また波長が狂われると、いよいよ引き籠りますが」
《今日は明確に熱が出るまで来るなって言ってある》
「いや無理されても困るんですけど」
《アレは責めたりしないから気にするな》
「出た、自信家、って言うか心が読めるからそこまで信頼出来るんですかね」
《弟以外どうでも良かった、けど捨てられて自分を手放し掛けてた、拒食症で死に掛けてたんだ》
「所属感が有るか無いか」
《3つの集団に属せれば安定するらしいぞ》
「気を遣い過ぎる者は、自己を守ろうとし過ぎるあまり、顔色を伺い過ぎてしまう」
《まぁ、ガキにはまだ難しいだろうけどな》
「ですね、けど3つに所属する気があまり無い」
《なら趣味は》
「ネットサーフィンでした」
《あぁ》
「情報収集と逃げるだけで精一杯でした、頭でっかちで広く浅い趣味を持ち、特にココで役立つ事を何も持ってない」
《俺の役に立ってる》
「その自信が羨ましいと同時に、少し恐ろしいんですよね」
《実際、崩れ落ちて死に掛けたからな》
「凄い絶望だったと思います、信じていたのに、一気に崩壊した」
《けど助かった》
「3つの所属によって。お弁当また作ってくれませんかね、憧れてたんですよ、こうしたお弁当」
《おう、食え食え》
「はい、頂きます」
美味しい。
他人の料理だからか、凄く美味しい。
《卵は甘い派か》
「あぁ、どっちも好きですが、ガリやセロリが苦手です」
《ピーマンは食えるか?》
「苦手です、ゴーヤも、ワサビも」
《生タマネギ》
「辛い苦い臭い、それと酸っぱいのも苦手です」
《一体、何を食ってたんだよ》
「ピラフとか、グラタン、とか」
《冷凍食品か》
「仕方無いじゃないですか、壊滅的に料理が苦手で、そればっかりだったんですから」
《金は有ったんだな》
「ですけど大学に行く資金も含んでたらしくて、離婚後、追加の支払いを拒否されて行けませんでした」
《あぁ、本当に不幸だな》
「ですよね、事前にコッチにも言えよハゲ、ですよ」
《ぶん殴っておいてやろうか》
「最も効果的な方法は何だと思いますか」
《プライドは高い方か》
「母には気弱でしたけど、それなりに良い家で育った長男、そんな感じですかね」
《けど離婚出来たんだな、いや、長年の別居か》
「はい、私が18の時に、だから責任は取ったつもりだって言い張ってましたね」
《もう他に女が居たんだな》
「ソレに言われたんだと思います、泥沼裁判の果てに離婚、姉は直ぐに逃げた」
《けどお前が残った》
「自分を売るしか逃げられなかったと言ったら、どう反論しますか」
《いや、反論しない。もっと酷い事に手を染める場合も有るんだし、そもそも単なる脱出手段だろ、本当にソレしか無い場合だって有る筈だ》
「まぁ、私の事では無い、と言う事にしておいて下さい」
《おう、なら父親の事だな。先ず孤立させて、縋るしか無い様な状況に追い込んで、後悔させ続ける》
「じゃあ、来た時はお願いします」
《おう、二段の海苔弁とかどうだ》
「好きです、けど自分で作っても、あんまり美味しくないんですよね」
《あぁ、なら料理の才能が有るのかもな。思った通りの味だからこそ、新鮮味が無くて美味く感じないらしい》
「単なる料理下手では」
《じゃあ作って来いよ、味見してやるから》
「いや、それは流石に、勇気が居ると言うか」
《ならヒナに食わせるか》
「もっと怖い、マジで率直に言うじゃないですか、多分」
《確かに、けど加減を学ぶにも良い機会になるし。気付いてるんだろ、どんな境遇だったか》
「と言うか、はい、知ってます」
《あぁ、時差が有るんだったな》
「あっ、えっ」
《いや、止めておく。好きな色は何だ》
「黒と白と、緑です」
《好きな花》
「椿です」
《着物好きか》
「何で分かりますか」
《黒と白と緑、それと椿で、着物の柄が浮かんだ》
「マジで読めてるとかキモい」
《いや、マジでコレは思い浮かんだだけだからな》
「まぁ、なら良いんですけど」
繊細な話題は避けているつもりなんですが、どうにも。
《好きな運動》
「一輪車」
《見世物小屋で働けるな》
「あんな高いのは流石に怖いんですが」
《行ったのか》
「特別展示は行ってませんよ、食べて良いですか」
《おう、美味いか?》
「はい、とっても」
《佃煮は食えるんだよな?》
「ネギ味噌も佃煮も食べれます」
《らっきょう》
「歯触りも嫌いです」
《インゲン》
「何で直ぐに思い付きますかね」
《弟の苦手だった食べ物だからな、ナス、椎茸》
「食べれます」
《トマト、レバーはどうだ》
「どちらも食べれます」
《おぉ、偉い偉い》
「なん、苦手な食べ物って何ですか」
《饅頭怖い》