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181 微熱。

 4日目。

 妙さんなら、もう既に平熱に戻っていたんだが。


《まだ、ですね》


 相変わらず玉響(たまゆら)に面倒を看て貰ってるんだが、そろそろ。

 いや、頭は回るが本調子じゃないのは分かる、怠い。


 まだ、無理だな。


《らしい》


《申し訳御座いません、魔獣や聖獣なら》

《あぁ、いや、多分コレは俺の気質だと思う》


 ボーっとする事を避けてきた。

 それに、そもそもする気も無かった。


 何かを吸収するか、考えるか、そもそも弟の世話か。


 確かに、そう出来る環境じゃなかったし。

 俺の自業自得で、忙しい、そう思い込んで逃げていた。


 ココでも。


《愚痴でも構いません、吐き出して頂ければ、少しは楽になるかと》

《大した事じゃないんだ、趣味が無い事、それと環境に甘えてた事なんだ》


《お食事は趣味になりませんか、優良を本にし示す方も居りますよ》


《居るのか、成程な》

《持って参りましたが、読み上げは、如何なさいますか?》


《ありがとう、助かる》

《はい、では》




 城下食道楽帳。


 東の国のミシュラン本的な本。

 凄く面白いんですよね。


『ネネさん』

「はい、何でしょう」


『何故、クジラ汁が宝来汁と呼ばれているのでしょうか』

「コチラでは、ですね。お宝が流れて来る、クジラは捨てる所が殆ど無い、ですから」


『不凍液の為だけに捕り、他を捨てるのは勿体無いと思います』

「全く以ってその通りかと、食べた事は有りますか?」


『多分、無いです』

「ですよね、好みが分かれますから。でも私は畝須(うねす)の燻製が好きですよ、紅白で独特の食感で、コリコリしてるんです」


『ナマコは食べた事が有ります、似てますか』

「あー、もっとサクサクしてますね、歯切れの良いコリコリです」


『サクサクとしたコリコリ』

玉響(たまゆら)ちゃんに色々とお願いしてみましょうか」


『レンズの好物を優先します』

「では、その余りでお願いしてみましょう、他に何か気になるモノは有りますか?」


『タンポポの味噌和えと、潮カツオです、一切れでご飯が消えるモノは大体美味しいと聞きました』

「あー、確かに。妙さんから頂いた糠ニシン、本当に最高ですからね」


『はい、ニシンの切込みは少し癖が有りましたが、アレは本当に凄いです。お粥に入れたら喜んで食べていたそうです』

「なら、ホヤの塩辛も良いかも知れませんね」


『ホヤ』


「東側のお魚図鑑を読みましょうか」

『はい、そうします』


 幼い頃の知恵熱の方が楽、だそうですが。

 レンズだからこそ、でしょうかね、今日こそは面会も可能かと思ったんですが。


 まだ、微熱続き。

 多少シイラさんとの面会で波長が乱れたそうですが、その影響と言うよりレンズの性質、だそうで。


「あ、どうですか」

『まだ微熱ですか』

《はい、申し訳御座いません》


「いえいえ」

『東のお魚図鑑を読みます、休憩したら加わって下さい、味が知りたいです』

《はい》


 そして直ぐに、玉響ちゃんが読書に加わったのですが。

 やはりヒナちゃんの関心はレンズ。


『今日は何を話しましたか』

《どうやら、無趣味について悩まれていたそうで》

「あぁ」


《それと、環境に甘えていた、と》

『多分ですが、香水屋さんの事だと思います』

「あぁ、きっと突っ込んでしまったんでしょうね、分かります」


 強制的に、若しくは物理的に阻止されない限りは、慣れていないと本当に難しいですからね。

 考えない、集中しない事って、本当に難しい。


《あの、やはり私では》

『いいえ、レンズは慣れていないだけです、大丈夫です』


 ヒナちゃんより、玉響ちゃんの貸し出し要請を受け、滞在を続けて貰っているのですが。

 相性が良いと知ったのは、玉響ちゃんにレンズの願いが聞こえた直後、だったんですよね。


 何故、今まで言わなかったのかは、敢えて突っ込まなかったんですが。

 多分、そう言う事なのかと。


「私からもお願いします」

《はい》


『趣味については私も少し悩んでいます、趣味とは、一体何なのでしょうか』


「好きで続けたい事、かと」

『嫌いでも続けるのは何でしょうか』


 あぁ、そう対比しての事なんですね。


「嫌いでも続けてしまうのは、依存か、お金が必要かですね」

『代替案が世に存在しているのに、嫌なのにしますか』


 何やら、具体的な何かが有る気配が。


「もしや、何か具体的な事が念頭に有るのでしょうか」

『はい、売春についてです、特別展示の有る見世物小屋にレンズと香水屋さんが行きました』


「あぁ、成程」

『ココではサキュバスやインキュバスの非常食用であったり、そもそも出逢いの場だそうですが、向こうは違う事は既に分かっています』


 コレは、中々。

 確かに、何処まで教えるべきか、とても悩みますね。


《では、お魚で例えてみましょうか》

『はい』


 すみません玉響ちゃん、その間に整理しますので、お願いします。




『あぁ、僕のせいで微熱が続いてるだなんて、本当に悲しいよ』

《思って無いだろ。と言うか、もしかして行ってくれたのか、シイラの所に》


『そうだよ、僕は無能だけれど優しいから』

《いや、少し考えたんだが》


『あー、そうやって考えるから長引くんだよ?』

《いや、本当に少しなんだ。ワインのソムリエが居るだろ、アレも言語化が凄い》


『つまり、僕も言語化が凄いって言いたいんだね』

《そうそう、匂いは無形だろ、なのにちゃんと形に出来る素地が有った》


『僕の後見人にもそう言われたよ』

《なんだ、だよな》


『ありがとう、友達に言われたのは初めてだよ』


《熱出すぞ》

『それは勘弁して欲しいな。今日は新作を持って来たんだ、試してくれるかな』


《あぁ、おう》


 この程度なら、お節介にはならない筈。


『例の彼女をイメージして作ったんだ』

《あぁ》


 水とイオン、それから木や花、それと土の香りも僅かに足した香水。

 華やかでは無いけれど、瑞々しく、静かな生命力の有る香り。


『相性が良いなら、香りもどうかなと思って』

《確かに落ち着く匂いがするが、何だろうな、この奥の方に居るの》


『ペトリコール、雨が降る前の匂い、石が関連する造語だよ』

《凄いな、雨が降る前の匂いも再現出来るのか》


『再現した調香師が既に居たからね、僕は借りただけだよ』

《印象で作るなら、そこに個性も出るんじゃないか?》


『まぁ、けれど本人を知ってるからね、大概は似た様な香りになる筈だよ』

《成程な、そこも個性か》


『だね』

《いい加減、休み続きで心配になるんだが》


『そこは大丈夫、友人が知恵熱を出したと伝えて有るし、代理人は置いてるから』

《何だ、そうか》


『だから、コレはお見舞いの品。けれど、どうしてもと言うだろうから、お礼はまた何処かに遊びに行く事にしておくよ』


《じゃあ海だな、ヒナも一緒にだが》

『あぁ、海は流石にね、男だけはちょっとね』


《だよな》


『気に入ってくれたかな』

《おう、けど、本人に無断で使うのも何だかな》


『僕が尋ねておくよ、関係の有る君に尋ねられたら、断り辛いだろうからね』

《おう、頼んだ》




 私の匂いを模した香水を作って下さり、しかも既にレンズ様に提供して下さった。


《ありがとうございます》

『喜んでくれて何よりだよ、付けてくれると更にね』


《ですが、ネネ様に》

『問題は、いつ言うか、じゃないかな』


 レンズ様にお力を貸した事は、既にお伝えしているのですが。

 まだ、そうした事は。


《はい》

『僕にはさして経験は無いけれど、少なくとも楽しくはない筈』


《ですが、ネネ様に》

『なら、僕が伝えようか、それならレンズにも踏み込まない筈』


《そうしたお心遣いをネネ様にはして欲しくは無いのです。もし願いが叶うなら、整理が付くまで、そのままにしておきたいのです》


 もし、私が居なかったら。

 それが本来であり、そのままの姿。


『自然、その形が君の願いなんだね』

《はい》


『いつか気兼ねなく使える日が来る事を願ってるよ』

《はい、ありがとうございます》


 私は、非常に恵まれている。

 レンズ様の願いを聞いたモノ達は譲ってくれた、そして何より、まだレンズ様の寿命は長い。


 そしてお兄様とは違い、私は触れる事が出来た。

 それに会話する事も。


 私は、恵まれている。


 だからこそ、甘えてはならない。

 油断し、誰かを傷付けてはいけないのです。

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