179 香水屋の名前。
『レンズ、タプティって音は、そんなに可愛いのかな?』
《急にどうしたんだ?》
俺の熱が落ち着いたら、急にどうしたんだ。
『君が僕を香水屋としか呼ばないから、少し心配されたんだよ』
《あぁ、ヒナがそう言ったのか》
『ふふふ、まだ、僕の名前を知らなかったらしい』
《あぁ、すまん》
『大丈夫だよ、名前を覚える必要が無い、それだけ僕は無害認定されてるって事だからね』
《あぁ、しかも居場所も明確だしな》
『はい、雑談はココまで、まだ3日目だからね』
《いや、かなり頭がハッキリしてるんだが》
『そう言うだろうと思って、今回も専門家を用意しておいたよ』
《いや、そうあまり巻き込むのは》
『どうぞ』
『どうも~、暇潰し要員が来ましたよぉ~』
《妙さん、すまん》
『いえいえ、コレも恩返しですから。さ、私が如何に暇で大変だったか、実感して頂きましょう』
『じゃあ、頑張ってね』
《おう》
『難しいですよね。問題が起きたから知恵熱が出てるのに、考えるな、だなんて』
《あぁ、こう小康状態だと特にな》
『そこで考えたんですよ、レンズさんには逆に、相談した方が暇潰しになるんじゃないかって』
《まぁ、けど長引くのは困るんだが》
『なので、ヤバそうなら玉響さんが警告に来てくれます』
《まだ居るのか》
『そりゃまだ3日目なんですから、居るに決まってるじゃないですか』
《そうか》
『はいはい、焦りも禁物だそうですから。さ、相談に乗って下さい』
《あぁ、試してみるか》
レンズさん、本当にお兄ちゃんですよね。
全く熱が上がらないまま、お昼になっちゃいましたよ。
『いやー、本当、出ないもんですねぇ』
《あぁ、もうそんな時間か》
『あぁー、まだまだ、食欲が戻ってませんねぇ』
《だな》
『じゃあ、私は一旦お昼にしますから、レンズさんもしっかり食べて下さいね』
《おう》
それにしても皆さん、色んな悩みが有るんですね。
中身は知りませんが、レンズさんは真剣に読んで書いて、なのに熱が出ない。
才能、なんでしょうかね。
「どうも」
お昼ご飯の後、レンズさんはお昼寝をして。
安全確認も終わったので、お訪ねする事に。
《次はシイラか》
「ご自分の事で悩むより、はい、他人の相談の方がマシとお聞きしましたので」
《結構、大事になってないか》
「そこはご心配無く、ヒナちゃんが声を掛けたのは香水屋さん程度ですから」
実際は知りませんが、少なくともコチラはそう聞いています。
《じゃあ、妙さんか、クラム夫人か》
「では、相談を始めますね」
《分かった。で、何だ》
「念の為にお伺いしますが、発熱の原因は何でしょうか」
《まぁ、俺とヒナの事だ》
「分かりました、では」
《俺に相談する事なんか有るのか?》
不死についてご相談しようかと、直前まで悩んでいたんですが。
熱が出ては困る。
「独占欲と嫉妬の違い、などですかね」
《あー、アレな》
「私に何か問題が有るのでしょうか」
《それこそ、長年待ち望んだ運命の相手だから、1秒も離れたくないんじゃないか》
「それは本当に私を望んでの事でしょうか、完全に理想とマッチングした結果で」
《アレの理想だけ追い求めるなら、逆に、シイラがシイラである部分を取り除くんじゃないか?》
「確かに、サイコパス的発想が凄い、流石ですね」
《ウブか》
「百戦錬磨の夜王には当然負けます、失礼しましたウブですみませんねヤリ〇ン」
《中々、良い謗りだなおい》
満足げ。
「変態ドМクソ野郎」
《いや、俺の境遇も分かるだろ。褒められると落ち着かない、寧ろ謗られた方が遥かに落ち着く》
「まぁ、分かりますが、私はドМでは有りません」
《どうだか》
「痛いのは嫌いです」
《は、か》
「撤回します、記憶から消去して下さい」
《いや、相談に乗る以上はだな》
「楽しくなるのも程々にして下さいよ、私のせいで熱が出たら、申し訳無さから断食します」
《活きが良い》
「煽らないと死にますか」
《かもな》
「あぁ」
弟さんを重ねてますか。
《ソレ、言うの耐えるの、辛いだろ》
何処までもお見通しですか。
「気を遣っての事なんですが」
《弟や向こうの家族の事じゃないんだ、本当に、俺とヒナの事だけだ》
だが流石に、中身を言うのはな。
「まだ、待って貰ってるんですが、伝言は有りますか」
《大丈夫だから普通を頑張れ、だな》
「分かりました」
突っ込まないのは、俺への気遣いか。
《ほら、相談しろよ、百戦錬磨様だぞ》
「非常に特殊なドМ」
《しっくりくる、前世では兄妹だったかもな》
「自信って、どうすれば付きますか」
《実績有るのみ》
「ですよね」
《羨ましいだろ》
「はい」
肩透かしな対応を。
いや、単に素直なんだよな。
《アレだ、一部のキャバでは売れるぞ》
「顔がアレなんで、マジで無理ですね」
恥故のヴェールかと思ったんだが。
《マジで顔に自信が無いのか》
「変えようか迷ってます、マジで、鏡を見るのが苦痛です。目に映る事すら、本来は嫌なんです」
《けど、変えないんだな》
「自己認識のズレで、おかしくなるのが嫌なんです」
《ならサレオスに似れば良いんじゃないか?》
「突飛」
《いや、混ぜる感じで、変えたい部分だけサレオスに近付けるとか。どうせ、変えても大して鏡は見ないだろ、なら見て驚かない顔にすれば良いんじゃないか》
「キャバクラって、本当に整形が一般的なんですね」
《まぁ、けど風呂の方が凄いな》
「あ、見世物小屋に特別展示が有りますよね」
《あぁ、香水屋と行ったが、凄かった》
「あ、じゃあ、この話題は止めましょうか」
《だな、顔を変える決心を付けさせてやるよ》
「豪語しますね」
《こうした事は断言からだろ、催眠術と同じだ》
「成程」
《まだ引っ掛かりが有るな》
「ソレは、私なんでしょうか」
《おう》
「即答」
《多少遺伝子が変わっても、シイラはシイラだろ、その疑心暗鬼と根暗さが治る気がしない》
「本当、お兄ちゃん属性ですね、凄い」
視点の飛び方が、本当に天然と言うか何と言うか。
その独特さが、恥に繋がるんだろうか。
《そもそも、ココでは外見は些末な事だろ》
「でも、中身って遺伝子が作り上げたのでは」
《全部じゃないだろ》
「そこ、ですかね、何処まで影響が有るのか。そして変わった自分を受け入れられたら、まるで、前の自分が否定される気がする」
《以前の自分が本当に間違ってたみたいだ、やっぱり、不細工は悪なのか》
「はい」
《多分、ココは大丈夫だ。本当に些末な事だからこそ気にしない、寧ろ特徴に気を配る、何故そう目立ちたいんだってな》
「ですが、そうなるとクラム夫人は」
《いや、アレは魔獣相手だから、毛色まで変えさせられただけで。寧ろ同情だろうな、あんなに愛されて大変だろう、看取る時はさぞ大変だろうってな》
「相手次第、ですか」
《だな、そもそも向こうと違って、本当に外見に特徴を付けようとしないらしい。服装でもお揃いはしても、自分だけ目立とうとはしない、寧ろ如何に馴染むかだな》
寧ろコッチでは、特徴的過ぎる何かが有れば直ぐに変える。
群れに如何に馴染むか。
変更により個が侵害される事は無い、単に馴染む為の行為、そう思ってるのが殆ど。
「根本が、歴史が違いますもんね」
《本当に、引き籠り続けてたんだな》
「はい、ずっと、罰だと思ってたので」
《さぞ悲しかったろうな、サレオスは》
「はい、仰る通りで」
だから報いたいのか。
若しくは償いか。
《本来の相談事が有ったんだよな》
「はい」
《主題だけ聞く》
「では、不死について考えた事は有りますか」
《いや、多分、他と同程度だと思うが》
「ラウム男爵の事はご存知ですか」
《あぁ、記憶の喪失と、愛を探す悪魔だと思ったが》
「不死を呪いだと思いますか、祝福だと思いますか」
《呪いだと思う》
「はい、私もそう思っています。そして、残す事も嫌です、どうにかしたい」
《それでか、図書館で調べてたのは》
「主に悪魔の情報収集です、失敗だけは吸収出来ました。神の祝福、新たな名付け、抹殺。どれも失敗し、悪魔の不死の呪いを誰も解けなかった」
《ヒナは違うぞ》
「えっ」
《ヒナは悪魔に喰われてあぁなったらしい、だからもう1人が先代として、何処かに居ると聞いてるが》
「それ、パラドックスが起きませんか」
《パラドックスになるのか?偏在する悪魔や、それこそ》
「あくまでも分身です、別の要素が混ざった個体は、今の所は確認出来ていません」
《別の要素、じゃあヒナは。いや、女王なのは確かなんだが》
「待て、待って下さい、それ以上は不味いかと」
《あぁ》
「すみません、余計な事を言ってしまって」
《いや、そもそも》
あぁ、ノックが。
「すみません、本当にごめんなさい、失礼します」
《いや、俺が》
《レンズ様》
《すまん、本当に俺が引き金なんだ》
「いえ、失礼しました」
《気にするな、マジで》
《このまま落ち着いて下されば問題は有りません、少し、目を閉じましょう》
熱の上がる感覚は、無いんだが。
追い掛けるのもな。
《あぁ》
多分、気にするだろうな。
俺が突っ込んだ事なのに。