177 実際の書、ヒナの書。
《本当に、どうしようも無いな》
悲しみと苛立ちと虚しさ。
当事者は悪意が無かったと、責任逃ればかり、だが。
『祖父はね、もう読んだろう、あの言い分通りだよ』
《あぁ、気付かないフリをしてたってヤツか》
『まぁ、自分の血が入った、自分が育てた子が全く理解の及ばない何かになったら。そりゃね、分かるけれど、昔は製造責任を取ったもんだよ』
《ココは、そのままだからな》
『あぁ、子の責任は親が取る、当たり前の筈なんだけれどねぇ』
そして何もせず死に、妻に全ての負担が行った。
《ヒナに起こった事は、あの語られてた事は》
『あの子は魂の座にまで干渉した、アレは模倣でも何でも無い、魂そのままだよ』
魂の剝き身の状態。
だからこそ曝け出し、実際の書とは違い暴露合戦が始まった。
《全員、死んでるのか》
『あぁ、いずれね』
《どう言う事なんだ》
『アレは未来で起こる事、どうやっても、アンタには防げなかった事なんだよ』
《時差が、有るのか》
『同一時間軸から、その順に来るとは限らない。誰も、何も選べないんだよ』
《けど、なら》
『アンタが死んで、数ヶ月後の事だよ』
《なら、もっと何か》
『アンタは神でも何でも無い、しかも制約が有った、出来るだけの事をしたんだよ』
《何で、何も》
『それ以上は人の領分を遥かに超えるからだよ、そして少しでも超えたら、その存在は消えちまう。悪魔ですら、そうなったら手は出せないんだよ』
《だとしても、1人位、救わせてくれたって良いじゃないか》
『救うって何だい、仮にだ、あのまま祖父母が引き取るとしよう。だが、父親がアレだ、いずれ母親に似た子に何もしないと本気で思うのかい』
実子に手を出す親が居る。
それを無視する親も居る。
あの容姿に、あまり変化が無いなら。
《幸福に、無難に生きるのは、本当に難しい事なんだな》
『向こうは特にね。被害者だから私刑にしても構わない、無知だから、子供だから、病気だから仕方無い。けれど自分の身に起きたら、そう考えられるのが、どれ位居るだろうね』
嘘ですら、流布される方が悪い、と宣う奴も居る。
開き直りを開き直りと気付かないまま、自分が正しいと信じ込んだまま、正当な意見だと自慢気に批判する。
だが間違いを指摘されれば逃げる、誤魔化す、減刑を懇願する。
正面から間違いを認め、控訴もせず罪を受け入れるヤツが、どれだけ少ないか。
《あぁ、そんな場所で生かしても、な》
『幸せになるかも知れないが、どんだけボロボロになって、どんだけの幸せが掴めるんだろうね』
言うだけなら、単に見守るだけなら、何だって言える。
けど、傷を負うのは本人、その傷の手当ても本人。
そして俺は、諦めた。
アレの罪悪感が見せた夢。
若しくは垂れ流していたテレビが見せた夢なんだ、だから償うだけ償おう、と。
《俺は、見本を示せなかった》
『アンタは万能じゃない、ましてや神でも無い。人間には寿命が有る、出来る事には限りが有る、守るべき家族が居たろう』
《守れてたか、分からない》
『全く、悲しみや悔しさで判断を鈍らすんじゃないよ。少なくとも、アンタに感謝してた筈だ、最後までね』
《けど、俺が居なかったら、もっと早くに死んでたら》
『身限ろうとした事を後悔してた筈だ、アンタが生きててくれて、本当に良かったと言われた筈だよ』
《でも、信じきれなかった》
『だろうね、アンタは傷付いた、アレだけ犠牲にして守ってたのに裏切られたんだ。仕方無い、仕方無い事だよ』
本当なら、向き合うべきだった。
逃げ出すんじゃなかった。
確かに、そう後悔されたが。
俺を見限った事も、裁く立場で居た事も、俺は許せなかった。
《けど、もっと》
『アンタは万能じゃない、完璧じゃなかった、でもそれは悪い事じゃ無い筈だ』
出来る事は限られてた。
しかも、そう生きる気力も最後は失っていた。
けれど、でも。
《悔しい》
『だろうね、けど人間なんだ、仕方無いんだよ』
《でも、もし俺に、神の様な》
『神とは何か、からだ。そして神が万能なら、悪魔とは一体、何なんだろうねぇ』
珍しく、レンズの妹、次代の女王は1人で店にやって来た。
息を荒げなら店に来るなり、あの無表情な顔で、真剣に懇願された。
レンズの具合が悪くなったから、面倒を看て欲しい、と。
そして僕は今、人生で初めて出来た友人のお見舞いに来ている。
《すまん》
『知恵熱とはね。君が知ってるだろう物語を朗読するから、黙って聞いている様に、良いね』
《分かった》
彼は熱を出し、フラフラしながら帰って来たらしい。
そして、自分を見て泣き出すばかりで、どうすれば良いのか分からなかったと。
『寝ましたか』
『うん、ちゃんと嫌味も聞けたよ』
『ありがとうございます』
『大丈夫、君が悪いワケじゃない、コレは彼の問題だよ』
『言い切れますか』
『勿論』
『何も出来無いのは、歯痒いです』
彼女には欠けが有る。
だからこそ、僕が呼ばれたワケだけれど。
『もう少し、噛み砕いた表現にしてみようか』
『悔しいです、悲しいです。淋しくて、怖いです』
『何が怖いのかな』
『何処かに行って、戻って来ないかも知れません』
『離れられるのが嫌なんだね』
『いつかは離れます、でも今は、嫌です』
『一緒に手紙を書こうか、言いたい事は書けば良い、手も有るし字も書けるんだからね』
『はい』
彼ら兄妹は、器用で不器用。
とても人間らしい、家族らしい家族。
けれど、双方に自信が無い。
僕にしてみれば、思い合っている、それだけで十分に家族と言える関係だと思うけれど。
彼ら彼女達は、まだ、家族が良く分からないらしい。
それは友人と言う概念に関しても。
彼には、彼が友人とは認めない友人知人が、大勢見舞いに来た。
《代理でお伺いさせて頂きました、お辛そうですね》
《玉響か、すまん》
《何を謝っておいでで》
《不足が有るんじゃないかと思って、品物を用意する筈だったんだ》
あぁ、やはり熱で朦朧となさってらっしゃる。
《ありがとうございます、ではお待ち申し上げておりますね。お飲み物は飲まれましたか》
《あぁ、ヒナにアホ程飲まされた》
《自身の事より、妹君の事で熱を出されたそうで》
『あぁ、事情は説明出来て無いんだが、その通りだ』
《アナタ様らしいですね》
触れられる事を嫌がるかも知れない、そう思っていたのですが。
やはり、人肌が恋しくなるのですね。
《冷え性か》
《いえ、鉱物種ですから、体温の調節も可能なんです》
《本当に、便利だな》
《ふふふ、ありがとうございます》
まだまだ、ネネ様の事がお心の大半を占めてらっしゃる。
ですが、無理も無い事かと。
似た境遇の方が、コチラに現れたのですから。
《本当に、綺麗な石をありがとう》
《気に入って頂けて何よりです、幾つでもお出し出来ますから》
《それは、全く同じ物が作れるのか》
《いいえ、幾ばくか内包物が変わりますが、ほぼ同じ品がお出し出来ますよ》
《キラキラして、色も変わって、本当に綺麗だと思う》
《ありがとうございます》
アナタ様を思い作った石です。
お気に召して頂けたなら、何よりです。
《他意は無いんだが、暫く手を、当ててくれないか》
《マイナスイオンなるモノが出るそうですから、どうぞ、今はゆっくりお休み下さい》
《すまん、ありがとう》
どうか、今は何も考えずお心をお鎮め下さい。
長引いては、誰も喜ばないのですから。
『ありがとうございます』
《いえいえ、私こそ、お招き頂きありがとうございます》
『いえ、ネネさんでは、もっとレンズは動揺してしまうかも知れませんから』
蛸から、ヒナちゃんが困っていると教えられ、コチラに大急ぎでお伺いしたんですが。
どうやら精霊の方が気を利かせての事だったらしく、僅かに驚いた表情を見せたヒナちゃんから、熱い抱擁を受け留まる事にしたのですが。
本当に、レンズさんは様々な方に思われている。
と言うかレンズさん、ネネさんの事が好きだったんですね。
私、やっぱり鈍感なんでしょうか。
『カノン』
「あぁ、失礼しました、私クラム・カノンと申します」
『あ、海辺の雑貨屋さんの店主さんです』
《あぁ、大変美味しい佃煮を頂きまして、玉響と申します》
『“ふふふ、こうすると、やっと同郷だと分かるね。話す間やお辞儀の仕方で特に”』
「あぁ」
『“話す間やお辞儀の仕方で同郷だと良く分かる、だそうです”』
《ふふふ、習性はそう変えられるモノでは有りませんからね》
「ですね」
『彼は香水屋さんです、“香水屋さん、彼女はネネさんのお世話係です”』
『“どうぞ宜しく”』
《どうもご丁寧に、玉響と申します、宜しくお願い致します》
『“香水屋さんの名前を知りません”』
『“あぁ、はい、名刺をどうぞ”』
《ありがとうございます》
「ヒナちゃんは、香水屋さんの名前を知らなかったのね」
『はい、レンズも香水屋と呼んでます』
「そう、男の子だからきっと、気恥ずかしいのね」
《かも知れませんね、ふふふ》
『“レンズは何と呼んでいますか”』
『“香水屋、だね、名刺を見てる筈なんだけれどね”』
『“嫌では無いですか”』
『“きっと、名前で呼ぶのが恥ずかしいんだよ、彼は友人と呼べる存在が殆ど居なかったらしいから”』
《“だろうね、警戒心が高く、恥ずかしがり屋だから”》
『彼は歯科医師マリーの旦那さんです、虫歯の妖精です』
《歯の妖精ね、宜しく、妻も君と同郷の者なんだ》
「もしかして、検診の時に来てらっしゃった方、かしら」
《あぁ、そうだね、監督所の検診は僕の妻の担当だよ》
「その説はお世話になりまして、とても気の良い優しい方で、宜しくお伝え下さい」
《ありがとう、とても褒められていたと伝えておくよ》
「はい」
《ふふふ、レンズ様の繋がりもまた、面白いものですね》
『はい、お世話になります、宜しくお願いします』
《大丈夫、レンズ様は死にません、何処へも行きません。受け入れ、受け入れられる準備が整っただけ、そう良い事も含む事ですよ》
『はい』
玉響さん、とてもしっかりした美少女、なんですが。
もしかして、妖精さんか何かなのでしょうか。
多分、香水屋さんの名前は出て無い筈なんですが、既に出していたらご報告お待ちしております。