表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

176/194

174 純真無垢。3

 あの人に似ている。

 でも、僕は。


『良い子ね』


 僕と愛する人は、決して一緒になれない。

 僕の前世が罪人だからだ。


 諦めるしか無い。

 諦めるしか。


「凄い、お金持ちなんですね」


《いや、それ程でも》

「あ、ごめんなさい、働き者ですねって意味です」


《あぁ、どうも、ありがとうございます》


 彼女は愛する人に似ていた。


「だから、私と結婚した」

《違う、違うんだ》


「そう」


 妻に見捨てられ、僕はあの人の事を思い出した。

 相談せずには、会わずには居られなかった。


『そうなの、残念だけれど私達、暫く海外に行くのよ。ね』

「近日中に言うつもりだったんだが、長年の夢をな、叶えに行くんだ」


《えっ》

『でもお孫ちゃんには会わせてね』

「そうだぞ、弱気になるな」


《はい》

『大丈夫、きっと可愛い子が産まれるわ』


 僕はたった1人になった。

 僕の事を顧みない妻とは、一緒には居られなかった。


 あの人に似た顔で。

 僕を嫌な目で見る顔に、耐えられなかった。


《なぁ、泣いてるんだけど》


「そうね」


 妻は家の事も何もしなかった。

 酷く居心地の悪い場所で。


 だから僕は帰らなかった。


『だから自分は悪くないとでも仰いますか』


養母(かあ)さん》

『マザコン男』


《違う》

『養母だから違うと仰いますか』


養母(かあ)さん》

『気持ち悪い』


《違うんだ養母(かあ)さん》

『なら何故アナタは死んだのでしょう』


《何故、僕は死んだ?》

『何故アナタは死んだのか思い出して下さい』


《僕は、死んだ》


 いつ、何処で、どうやって。




『どうして』


 夫と海外旅行に出ている時だった。

 息子の子供が死に、更には戸籍が無かった、と。


 夫は知らせを聞き、そのまま逝去。

 私は急いで国に戻ったけれど、息子は、可笑しな事を言い出した。


《知らなかったんだ》


『何故なの、名前を届け出たって』

《仕事で、だから任せていたら、出して無かったんだ》


『そんな、予防接種や何かの知らせが』

《やったって》


『アナタ、確認はしたの』


《まさか、届け出すら出して無いなんて》

『アナタは確認したのか聞いているのよ!!』


 久し振りに、息子を叩いてしまった。

 私達に血の繋がりは無い、けれども大切に育ててきた、躾けもしてきた。


 なのに。


《だって、何もしてくれないんだ》


『だからって』

《まるで汚いモノを見る目で、僕を見るんだ》


『だとしてもアナタの子供でしょう!!』

《母さんとの子なら良かったのに!!》


『何を』

《母さんがずっと好きだったんだ、だから結婚したのに》


『アナタ、何を』

《もう父さんは居ないんだし、良いよね?》


『何を』

《母さんの事が好きなんだ、大好きなんだ、愛してるんだ。だから母さん、一緒になろう、ね?良いでしょ》


 私は無我夢中で抗い。

 気が付くと息子は倒れていた。


 私が刺していた。

 手近に有ったハサミで、何度も何度も。


 息子は死んだ。


 私は警察に連絡し、全ての事情を話した。

 すると、まだ孫は警察に発見すらされていないと知った。


《奥さん、本当に知らなかったんですか》


 知らなかった。

 七五三はしていたし、ランドセルを背負った写真も見た。


『まだ、私達が出た頃は』

《どうやら、その頃から世話を止めていたようです》


『でも、写真が』

《それが手が込んでいましてね、徐々に髪を切り写真を撮り貯め、逆の順番からアナタ達に送っていた》


『そんな』

《本当に気付かなかったんですか、お孫さん、随分と小さいですよね》


『それは食が細く、偏食で』

《だとしても、こうして見れば明らかに成長していない》


 私は絶句した。


 息子は、戸籍が無い事を知っていた。

 なのに、だからこそ私達を騙す為。


『そんな、何故なの』

《あのね奥さん、アナタも容疑者だ、痴情のもつれでは?》


『何を』

《襲われたのは本当ですか、お孫さんが亡くなった事を知り、口を封じたのでは》


『何で、そんな』

《血が繋がってらっしゃいませんよね、しかもお嫁さんは若い頃のアナタに似ている、可笑しいとは思わなかったんですか》


『何も有るワケ無いじゃない!!気が付いてたらこんな事にはなって無かったわよ!!』


 そうして私は激昂のあまり倒れ、病院へ運び込まれた。

 そして目が覚めると、私達の全てを知られていた。


 私が知らなかった事も、全て。


「奥さん!本当は知っていたんじゃないですか!!」

《ご家族なら気付けた筈ですよね!!》

『何か隠しているのでは!!』


 死にたかった。

 けれど、孫に合わせる顔が無い。


 だから私は裁判が終える迄、生きた。

 証拠も証言も何もかもし、後は判決が下るだけ。


 その前日の夜。

 私は自死した。


 遺言書を書き。

 首を吊って死んだ。


 なのに、何故。


《母さん》


『いやぁあああああああ!!』




 俺は、何処かで分かっていた。

 息子のおかしな執着に、気付いていた。


 最初は単に母親への思いが捻れただけだ、そう考えていた。

 いや、そう思おうとしていた。


 だからこそ、全寮制の中高一貫校へ入れ、大学も遠くにやった。

 だが息子は帰って来た。


「家を、売るか」


『あら、どうしたの急に』

「子や孫に渡すには、幾分か古いだろう、それに手入れも大変だ」


『まぁ、それはそうだけれど』

「いつどうなる事か、整理し、終の棲家を探したい。それにな、動けなくなる前に、一緒に旅をしよう」


『そうね』


 妻は気付いているのかどうか分からなかったが、どうでも良かった。

 貞淑で真面目な妻が、本当の息子の様に育てた男を相手にする筈が無い。


 ただ引き離せば良い。


 その考えが甘かった。

 俺が先に死んだ後の事も、孫の事も、考えが至らなかった。


『分かっていたのに何もしなかった』


「お前は」

『気付いていたのに何もしなかった』


「出来る事はした!!」

『して無い、逃げただけ』


「子供に何が分かる!!」

『だってそっくりだから、何もしない所が本当にそっくり』


「何をっ!!」

『いやぁあああああああ!!』


 目の前には、孫が居る筈が。


「お前、どうして」

『止めて!!近寄らないで!!』


「一体」

《母さん》

『いやぁあああああああ!!』


『「ほら、そっくり」』


 俺は息子を止めようとした。

 妻を守ろうとした。


 けれど、俺は棒立ちのまま動く事が出来無い。


『ほら今も昔も変わらない、死んでからも変わらない』

「五月蝿い!!」

『アナタ!何をしてるの!!』


 嫁も息子も、妻も孫もコチラを見ていた。


「違う、俺は」

「本当にそっくり、同じ言い訳」


『アナタ、気付いて』

「だから何もしなかった、したくもなかった」


『だからって』

「私と会った時、アナタ達は気付くべきだった!言うべきだったのに!!」

「誰が言えるか!ウチの息子がおかしいと、どうして言える」


『アナタも、気付いていたなら』

「言ってどうなる!離婚でもするか!!そうなればコイツの思い通りに」

「渡したくないけれど、何もしなかった」


「子供を殺したお前に何が分かる!!」

「殺して無い!勝手に死んだの!!」

『世話をしなければ死んで当然でしょ!!』


「私だけの責任じゃない!!」


『何で、どうして』


《母さんにそっくりな顔で睨まれるのが、嫌だったんだ。冷たい目で、僕を責める様な目で》

『子供は関係無いでしょう!!』


《だって、全然似て無いんだ。僕に似て、全然、母さんに似てないんだ》


『アンタなんか、アンタなんか育てなければ良かった』


《母さん》

『そんな風に呼ばないで頂戴!アンタが死ねば良かったのよ!!死ね!!あの子が苦しんだ分だけ苦しみなさい!!』


『お祖母ちゃん』


『ごめんね、本当にごめんね』

『本当に気付かなかったの、お母さんと若い頃の自分が似てるって、本当に気付かなかったの』


『それは、単に母親の面影を、私に重ねただけだと思ったの』

『私が死んで悲しかった?』


『勿論、何故、どうしてなのか本当に分からなかった。気付けなくてごめんなさい、本当にごめんなさい』


『あの人、そう聞いたら怒ったの』


「いや、俺は」

『ごめんね、お祖母ちゃんが後で怒っておくわね』

『何でこの人は怒ったの』


『〇〇ちゃんにはまだ早いかも知れないけれど、図星を突かれると怒る事も有るのよ』

「違うんだ、俺はただ」

『見殺しの次は、怒って殴ろうとした』


『ごめんなさいね、私が結婚しなかったら、あの子を育てなければ』

『ううん、誰が育てても同じ、この人が居る限り。必ず言う、実の母親は男と逃げた糞女だ、お前はそっくりだって言う』


『アナタ』

「違う、俺は、そんな事」

《母さんが同窓会で居ない日、酔った父さんが僕に言ったんだ。実の母親は男と逃げた糞女だ、お前はそっくりだ、同窓会で再会した男と逃げたって》


『なんて事を』

「俺は言って無い!」

《じゃあ嘘なんだ》


「違う、だが、俺が言って何になる」

『もう気付いてたから』


『アナタ』

「俺は覚えて無い!!」

《僕は覚えてる!!》


「だからって、許されるとでも思ってるの?好きなフリして、結局はアナタだって、子供の世話をしなかった」

《君が!》

『アンタも悪いのよ!!』


《父さんが何も言わなければ!!》

「お前が母さんに執着したからだろう!!あぁ、思い出した、確かに言ったが。既に母さんに執着していたからだ!!」

「だったら何とかしなさいよ!!」


「どうしろって言うんだ!!」

『私に言えば良かったでしょう!!』


「言えるワケが、言えるワケが無いだろう」


 自分の息子が。

 血の繋がった息子が、おかしいなどと。


『嫌われたく無かった。皆、自分ばっかり』

『そうね、本当にごめんなさい』


『それにお祖母ちゃんも、謝るだけ』

『そうね、どうして欲しい?』


『苦しんで欲しい、私が知った苦しみの分まで』


『分かったわ』


「止めろ、何を」

『私が殺したの、襲われたから』


「悪かった、謝る、だから」

『もう遅いんです、全部、全て』


「すまない、許してくれ」

『いえ、無理ですね』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ