166 友人。
『それで僕なんだね、光栄だよ』
《まぁ、本人を知ってるしな》
ロミオや蛍の妖精、それこそマリー歯科医師の旦那か、だったんだが。
結局は香水屋に頼る事に。
本当に、俺には友人が居ない。
『何がショックなんだろう』
《言って貰えなかった事、相談されなかった事。実はまだ、全く、吹っ切れそうも無いと自覚した事》
何でも、では無いにせよ、大事な事は言ってくれるだろう。
そうした期待が有った、勝手にそう思い込んでいた。
『君が能力を得る為に努力していたから、その邪魔をしない為、だけじゃないかな』
《そこまで必死になってたつもりは》
『当然の気配りだと思うよ、君なら同じ様にした筈、なのに君は自身を疎かにし過ぎだよ』
確かに。
俺の事は置いといて、言ってくれたら、と。
《はぁ、恥ずかしい、年下に説教したばかりなのに》
『老婆心ってヤツかな、年上の自負は時に負担になるらしいね』
《あ、クラム夫人は来たか》
『来たよ、新しい顧客をどうもありがとう。さ、次は君の事だよ』
《いや、あの人も》
『彼女には聖獣と魔獣が居る、年上の自負も、彼女には毒とならない筈』
《信頼が無いワケじゃないんだが》
『向こうは、そこまで関わりが無いと問題になるのかも知れないけれど、基本は夫婦となったら夫婦だけで解決出来る事になってる。しかも聖獣や魔獣が居るなら、寧ろ周りは心配しない、人種同士が最も心配される組み合わせだよ』
《脆くか弱く、勘も鈍く知識も浅い、人種》
『大昔は、寧ろ人種同士が当たり前、妖精や聖獣と番う者は半人前。そう扱われてたらしいけれど、それも結局は、人種を守る為だった』
《先祖返りを防ぐ為、人種を減らさない為の、1つの政策に過ぎなかった》
『勉強したんだね』
《あぁ、本当に、何処までも不完全だな》
『水は不完全じゃないよ、それが本来の姿、不完全だと思う事は寧ろ自然な事』
《本来の、人の姿》
『僕らは君を責めない、今君を責めているのは、落胆しているのは君自身』
《もっと、スッパリ諦められると思ってた、未練がましいヤツは自己認識が甘いクソだと思ってた》
『確かに自己認識が甘いね、諦める他に無いと分かっていても、時には諦められない事も有るとは知らなかった』
《成功する要素が欠片も無い、どうしようも無い事なのにな》
『万が一、何かが起こって、君だけだったら。その先は、どうしたい』
俺は、喜んで迎えに行く。
そして何年掛けても説得して、どんな手を使っても、必ず手に入れる。
《だから、事件が起こるんだろうな》
『けれど君は選べない、選ばない、そこは胸を張って良いと思うよ』
《ヒナが居るからな》
『それは寧ろ、他人からしたら有利だと思うけどね、協力してくれるんじゃないかな』
《言い包めれば、利用しようと思えば。俺は中途半端なんだろうか》
『善人の選択を中途半端だなんて、悪人への造詣が深い事と、悪人は別じゃないかな』
《本気で得たいなら、善人ぶるなよと思ってた》
『どれも限度が有るからね、悪人ぶるのと悪人は違う。分かってる筈、根っからの悪人にはなれない事も、根っからの悪人が如何に人間離れしてるかを』
《その狭間に居るのが、最も厄介だけどな》
『その中でも、悪意無しに害悪を齎す者が、最も僕は厄介だと思うけれどね』
《けど、神経を使った善意ですら、害悪になる場合も有るだろ》
『それは運だよ、不運、完璧が存在しない証明』
運か。
《成程な》
『折角だし、一緒に見世物小屋に行こうか』
《唐突だな》
『大人の見世物小屋だよ、娼館の従業員も一緒に居る、特別な見世物小屋』
《誠実に生きないと能力を失うんだが》
『悶々として悩み続けるより、力技でも良いから吹っ切った方が、心には良い場合も有るんじゃないかな』
《根っから男だな》
『どうだろうね、僕が利用するとは限らないよ、紹介だけかも知れないし』
《数少ない、気を紛らわせる娯楽か》
『そうだね』
独身の友人を、もう少し作るべきかも知れないな。
コイツには、いつも相談してばかりだ。
《分かった、なら俺に奢らせろよ》
『嫌だよ、利用したかどうか知られてもね。お客さんを紹介してくれるだけで良いよ、今はね』
《あぁ、追々な》
『だね』
友人とは、良く分からないモノだと思っていたけれど。
彼に関して言えば、確かに友人とは何かを、良く理解出来る気がする。
《強壮剤》
『単なるお酒は出せないからね、薬酒の名目で、度数が強い程に不味いよ』
《その不味さを好むヤツには、どうするんだ》
『大丈夫、酸味と甘みと塩味と苦味が壊滅的なバランスで、しかも草臭いから』
《あぁ、味覚が破壊されそうだな》
『そうだね、口直しを買っておくのがオススメだよ』
《詳しいな》
『新しい出会いだとか、他に目を向けるだとか、僕なりに頑張ったからね』
《そうか、先輩だったな》
『半人前だけれどね』
まさか、自分の失恋に利用価値が出来るとは思ってもいなかった。
ただただ傷付いて、打ちのめされた残骸だとしか思っていなかったのに、意外にも活躍の機会が有った。
有効活用するか、死蔵か。
確かに、この方がまだ昇華出来る気がする。
《クッソ不味いな本当に》
『だから僕は程々の、中々に美味しいよ』
《いや、すっごい味だぞ》
『まぁ、好き嫌いは分かれるかもね』
《何か、知ってる味なんだが》
『ベースはサルミアッキだよ』
《あぁ》
『甘じょっぱくて美味しいと思うんだけど』
《いやしょっぱいが先で、絶妙に甘くて臭いのが、何かダメだ》
『健康にも良いんだけどね』
《何か、ダメだわ》
『コレは大丈夫な筈、アンチョビポテト』
《美味い、助かる》
ココからでも分かる、薬酒の匂い。
『レンズ、もしかして君、相当に酒豪なのかな』
《まぁ、そうだが》
『あぁ、だからか。もしかしたらその内容量、殆どお酒かも』
蓋付きのビアマグは氷入りにせよ、かなりの量になる。
《マジか》
『ちょっと良いかな』
《あぁ、おう》
濃い。
『薬酒販売員は、相手のお酒の強さに合わせて出すんだ、だから僕のはコレでも良い薄め具合なんだけど』
《コレから、地獄が続くのか》
本気で困ってる。
『まぁ、量が量だから、言えばシロップか何かを少しは足してくれると思うよ』
《何を足せと》
『酸味、かな?』
《いっそ甘い方が良い気が、いや、相談してくる》
『うん、待ってるよ』
面白い事も共有する、それが友人らしいけど。
寧ろ、面白い事が起こるのが友人、なのかも知れない。
《ガチだったんだが》
『向こうには無いの?』
《無い、筈だ》
途中までは屋台や出店を楽しむ、夜祭りの様な感覚だったんだが。
いざ見世物小屋に入ると、舞台で男女の媾いが始まっていた。
最初は上階、立見席だったんだが。
香水屋が既に席を確保してたらしく、個別に覆いを被せられた席に別々に案内され。
暫くすると、娼館から出張して来たと言う男女が手持ちの案内板を持ち、買わないかと。
正直、後半は断った事を若干後悔しそうになったが。
そもそも最初にしか現れなかった事、同行者の事、それと酒の味で何とか思い留まった。
『もしかして断ったの?』
《誠実さとは掛け離れるだろ》
『そうかな、下手に素人に迷うより、後腐れ無くプロに慰めて貰う方が良いと思うけど』
《まだ、そこまで開き直れないんだ》
『だろうね、けれど少しは気が紛れたでしょう』
《あぁ、直ぐに帰ってどうにかしたいな》
『そうそう、お礼を考えてたんだけど、あの景品が凄く欲しいんだ。頼めるよね?』
《分かった、捕れるまでな》
『宜しく』
正直、舐めてた。
たかが瓶を立てるだけの筈が、僅かに傾斜が有る程度で、こうも難しいとは。
《物凄く難しいんだが》
『しょうがない、見本を見せてあげるよ』
コイツ、1回で。
《なん》
『仕方無い、次はアレで妥協してあげるよ』
それからまぁ、輪投げだ瓶倒しだと。
大人げなく散々に遊び尽くすと、それこそ性欲すら吹き飛んでて、正直驚いた。
《凄いな、本当に荒治療が利いた》
『友人とは言えないけれど、妖精にね、こうして連れ出して貰った事が有ったんだ。本当に、感謝してるよ』
《そうか》
『今日はこの位にしようか、いつでも挑戦を受けるよ』
《おう、じゃあ、また来るか》
『だね』
多分、俺の友人の感覚は高校生で止まってるんだろうな。