164 レンズの願い。
《玉響か》
《はい》
確か俺は、強欲国の森で願ったんだが。
《だけ、か》
《いいえ、ですが皆、譲って下さいました》
《そうか》
《アナタ様は敢えて傍に置こうとはなさらなかった、そうした事に共感した者も多いのです。人種は脆くか弱い、だからこそ傍に居る事には耐えられないモノも居る》
《成程な》
《魔道具を欲された事は正解かと、そして権限の制御も、お見事です。コチラをどうぞ》
俺の願いは、嘘を見抜く魔道具の核。
そして悪意のみに反応する、スタンガンの様な魔道具の核、なんだが。
《1つだけ、か》
《私は電気を発する石の精霊、過熱や圧力により電位を操作する事が出来る、どちらの願いにも1つで対応が可能です》
《トルマリンは、東の国で産出されるのか》
《地は繋がっております、深く、見えない場所ですらも》
《けれど言葉は難しいか》
《あまり東の者は外に出ませんから、はい、外の文字も不得手です》
《苦労は、問題は無いのか》
《はい、お色は如何ですか》
《あぁ、いや、問題無い。ただ、対価は》
《誠実に生きて下さいませ、でなければ石は砕け能力は消えます》
《それだけ、か》
《はい、時には期待とは酷く大きなモノとなる、それともアナタ様には簡単な事でしょうか》
《いや、ありがとう》
《いえ、では、失礼致します》
深い青と緑の2色、しかも内包物がキラキラとして。
しかも、キャッツアイ。
コレだけでも、相当に価値が有るだろうに。
本当に、誠実に生きるだけで、本当に良いのか。
『綺麗な色の石です』
《あぁ、宝石にしたって、かなりの価値が有る筈なんだが》
『コレが宝石ですか』
《このまま、先ずは宝石屋に行くか》
『何故ですか』
《他の宝石も気になるだろ、加工場も近くだ、本体を誤魔化す方が良いかも知れない》
『分かりました、行きましょう』
今日はレンズの願いが叶う日です。
魔道具は悪魔貴族が承認しない限りは、決して作られる事は有りません。
なので付き添う事にしましたが。
まだ普通への考察は、不十分です。
「コチラの一帯が、全て宝石商です」
《凄い、数なんだが》
「大きさにより店舗が異なるそうですので、先ずは適当な店で、大きさを確認なさるべきかと」
《あぁ、大きさにより違うだけか》
「はい」
『では先ず真ん中に行ってみましょう』
《あぁ、そうだな》
何処も外に警備が居ます。
それに巡回の憲兵も居ます。
人手はあまり有りません。
そしてお店の前まで行くと、幾つか品物が飾られていました。
レンズの石と似た大きさです。
『近い大きさです』
《だな、入ってみるか》
中にも警備が居ました。
『大きさの確認をお願いします』
「あぁ、はいはい、いらっしゃいませ」
《コレなんだが》
「あぁ、魔石でしょうかね」
《見た目で分かるのか》
「コレは珍しいですから、はい」
『珍しいですか』
「はい、コチラの青い方がカラーチェンジパライバトルマリンと申しまして、コチラはイリュージョンクロムトルマリンと申します。しかもキャッツアイ、天然では存在する事はほぼ無いかと」
店主が窓辺に行くと、片方の色が濃くなりました。
『色が変わりました』
《売る気は全く無いんだが、もし》
「好事家なら、幾つかの家と土地をかなり処分なさるかと。ですが、成程、コレから流行るかも知れませんね」
《流行る、とは》
『私達は宝石初心者です、説明して頂けますか』
「はい、では、紅茶等は如何でしょうか」
『はい、頂きます』
ドワーフだとかノーム種、鉱物種が居るとは知っていたが。
宝石は寧ろ、注文加工が本来。
そして貴族が身分を示す為、更に大元は王族が身分を示す為の品だった。
だからこそ庶民は滅多に買う事は無いが、石の大きさは遥かに小さいモノ。
しかも指輪は基本、代々受け継ぐ物、更に庶民は石は内側に付けるモノだと認識されているらしく。
客の殆どは好事家か、新興貴族か、らしい。
《それで生活が出来るんだろうか》
「あぁ、修理や研磨やサイズ調整、それこそ土台の変更のご相談もお受け致しますし。家賃等は発生致しませんから、まぁ、半ば趣味ですな」
『宝石が好きですか』
「えぇ、勿論、稼ぐ為の道具とは誰も思っては居りません。私共は美術館で働いている、そうした心持ちで無ければ、店を任される事は有りませんから」
『欲しい宝石が思い付いたら、ココに来れば良いのでしょうか』
「はい、ですが権利が既に存在する場合は、お譲りする事は叶いません」
『著作権の問題ですか』
「はい、新しいデザインの持ち主に権利が発生しますが、コチラは著作権が自由になっているモノの一部ですよ」
夜職の女のネイルみたいな、見た事も無い色とりどりのカッティングされた宝石は。
男の俺でも見入る程。
《凄いな》
『はい、もし権利が有るモノが欲しかったら、どうすれば良いですか』
「発案がかなり以前、しかも新作もお作りになってはいらっしゃらない場合でしたら。もしかすれば死蔵になっている可能性も有るので、交渉も可能かも知れませんね」
《案を譲って貰う事になるのか》
「はい、交渉が上手くいくとは限りませんが。未使用状態で20年を過ぎた場合、著作権切れとなります」
『石に尋ねますか』
「はい、触れられたく無いモノも確かに居りますが、大半は触れられる事を喜びますから」
《そもそも、石にも意志が有るのか》
「僅かですが、はい」
《だが、何で発案者じゃなく、持ち主なんだ》
「発案者の証拠で御座いますから」
《成程。ヒナ、継いだのは有るか》
『いえ、有りません』
《欲しいか》
『はい、ですが選べる気がしません、どれもとても綺麗です』
《店主、ちょっと相談を良いか》
「はい、構いませんよ」
ヒナの目に良く似た色で、真っ赤なムーンストーンを。
ラインは白か、若しくは反対に白地に赤黒いモノが無いか、調べて貰ったんだが。
《やっぱり有るのか》
「ですが、交渉が可能かと」
『どんな石を探してますか』
《秘密だ》
『何でですか』
《驚かせる為だ》
『私は秘密は守ります』
自分用だとは思わないんだな。
《だとしてもだ、ヒナは自分の石を選ばないのか》
『ヒントにします』
《じゃあ俺が選ぶから、気に入らなかったら俺が付ける》
『もう少し選びたいです』
《じゃあ、俺は魔道具屋に行くが、暫くココで見学するか》
相当、宝石が気に入ったんだな。
『付き添います、また来ても良いですか』
「はい、勿論、並んでいる子は見られる事が大好きですから」
《助かった、ありがとう》
「いえいえ、またお越し下さい」
計画的に、と思ったんだが。
つい、場当たり的になるな。
《よし、行くか》
『はい』
魔道具工房は、デザインで選びます。
繊細な装飾だったり、シンプルだったり、その中間だったり。
工房の窓辺には石が嵌っていない品物が、沢山置いて有りました。
そしてレンズは、その中間の工房に入りました。
『あぁ、珍しい色合いだな。だが、確かに魔力も有る、問題は無さそうだ』
『断言はしませんか』
『微調整が必要なんでな、それを怠れば問題は起きる、完成後もな』
『定期的に調整が必要ですか』
『暫くはな、馴染むまでだ』
『大変ですね』
『おう』
《デザインは任せたいんだが、可能か》
『少しは案をくれよ、じゃないと酷く奇抜にするぞ』
《奇抜》
『俺のオススメはコレだ』
金属の枠に布が付いた、どう見ても。
《どう見てもパンツなんだが》
『おう、隠せるし肌に密着する、しかも付け忘れが無いだろ』
『はい、確かに合理的です』
『ほらな』
《いや、少し、考えさせてくれ》
『ほら、見本帳だ、ゆっくり選んだ方が良い。一生、いや次の代にも使えるかも知れないんだからな』
《あぁ、助かる》
見本帳は3冊有りました。
女性用と男性用、それと聖獣や魔獣用です。
『沢山候補が有ります』
《すまん、場当たり的過ぎるな》
『計画は必ず遂行出来るとは限りません』
《まぁ、だな》
『新たな学園へ行こうと思います』
《どうしてだ》
『見本の母数が明らかに不足しています、下限は分かりませんが、2人だけでは不足だと感じました』
《そうか、なら学園だな》
『はい』
《普通を、どうして知りたい》
『多様性、大多数を知り、中庸を守る為です』
《どうして中庸を守りたい》
『私がすべき事だと、そう実感しているからです』
悪しき見本も、綺麗な宝石も存在すべきです。
良い事だけ、悪い事だけでは、全ての生き物は幸福ではいられません。
平均値、中央値。
それらを良く知り、最も幅の広い部分を維持し保持する事が、統治者の成すべき事です。
《守りたいか》
『はい、ネネさんの好きなアイス屋さんも、レンズが好きな料理も守りたいです』
《よし、コレが終わったら学校を選ぶか》
『いえ、そこは運にします、本来なら選びませんから』
《そうか、普通にしてみるんだな》
『はい、普通にしてみます』