159 陶芸工房。
何処の工房でも、先ずは髪をしっかり結い上げます。
引っ掛かっては危ないですし、とても邪魔になります。
それから今回は特に汚れてしまうので、作業着を着ます。
作業着は灰色の作務衣と呼ばれる服です。
着物みたいに、裾やお腹の部分は紐を閉めて着ます。
とても楽です。
「よし、厚さも均一だな、上手いぞ」
『ありがとうございます』
今はクルクル回る陶芸の道具で、湯呑みを製作中です。
全員、お揃いにしたいので、全部同じ作りにしています。
そして私の名を後ろに入れて、色付けをして完成しますが。
その前には乾燥も必要で、とても長い工程になります。
魔法で乾かすと、どうしても脆くなるんだそうです。
なので、乾燥も焼きも時間が掛かります。
待つ工程が最も長い工房かも知れません。
「後は10日待つだけだ」
『何かする事は有りませんか』
「職人なら、幾らでも作業は有るが、そのつもりは本当に無いんだな」
『はい、やはり今の所は紙漉きかガラス工房です』
「あぁ、人気だからなぁ」
『ですが陶芸にも良い点は有ります、それに私の成熟度はまだまだです、いつか良さが分かるかも知れません』
「そっか、ありがとな」
『いえ、作品はとても良い物ばかりですから』
真っ白で滑らかで綺麗だったり、絵柄が細かくて凝っていたり、陶芸には様々な種類が有ります。
ですが私には好みと言える程のモノは無いので、どれが良いかを選べませんでした。
なのでレンズやネネさんが気に入るだろう、白磁緑釉と呼ばれる製法を選んだだけ、です。
好きをお仕事にするには、幾つか欠けている様に思えました。
「よし、じゃあ、また10日後にな」
『はい、ありがとうございました』
最初は泥がいっぱい撥ねて、髪や顔に付いていましたが。
今はかなり減りました。
「お疲れ様でした」
『はい、次は10日後です。泥は付いてますか』
「少し髪に、ですが随分と上達されましたね」
『こんな所に飛んでましたか』
「はい、少しだけですが」
泥は予測が付かない場所に飛びます。
少し不思議です。
『何故でしょう』
「もしかして、他の方の泥では」
『確かに、多分そうです』
お隣で覗き込みながら作業している者に、付いてしまった事が有りました。
成程。
「今日は、どうなさいますか」
『もう少し陶芸について学びたいと思います、図書館に行きます』
「では、参りましょうか」
『はい』
ヒナが引き寄せられたのか、偶々か。
「あ、ヒナちゃん」
「ネネさんと、妙さんとロミオ。不思議な組み合わせです、何か有りましたか」
《いや、偶々だ、ヒナこそどうしたんだ》
『図書館に行っていました、そして帰りの露店でジュリアが好きそうなお菓子が売っていたので、以前のお礼に届ける事にしました』
偶々か。
けど、これも悪魔の計算通りかも知れないんだよな。
《そうか、どんなお菓子だ》
『龍鬚糖です』
「えっ、売ってたんですか、凄い」
『若葉マークが付いていましたが、妖精が付いていました、冷気の妖精です』
《冷気の妖精、そんなのも居るのか》
『はい、Grandiniliです、虹の国の下の方が由来です』
「あぁ、イタリア」
『はい、悪魔の知識に有りました、霜の妖精だそうです』
「成程、龍鬚糖も霜の様ですからね」
『はい、多分それが気に入ったのだと思います、ジュリアは何処でしょうか』
《シイラと本探しだ》
『待つべきでしょうか』
《あぁ、少しな、重要そうだった》
「悪魔にも分からない事、なんでしょうか」
《確かに、そこなんだよな》
あまり探る気は無いが、2人だけで話したいと言って。
そのままジュリアと探しに行って、かなり経つからな。
『悪魔は万能では有りません、ですのでラウムは今日も愛を探しています』
「あぁ、確かに」
《もしかすれば、そうした事か》
『どう言う事でしょうか』
《もしかして、自分が本当の相手じゃない、と疑ってるんじゃないかと思ってな》
「あぁ、まだ詳しくは存知てませんが、その可能性は有るかと」
『悪魔は相手を間違える事は、ラウム位です』
《けどシイラは自信が無い方だからなぁ》
「まるで兄妹でしたね、失敗が関わる方が、やはり打ち解け易いんでしょうか」
《まぁ、心理学的にも実践でもそうだが、別に敢えてじゃないからな》
「本気で気にしてますもんね」
《おう、ヒナが居なかったらマジで凹んだままだったかもな》
『かなり大きい困惑でした』
「成程、凄いですねシイラさん、レンズを動揺させる事が出来たワケですから」
《安い恋愛劇ならな、そう恋愛が始まりそうだが》
「もう既にお相手が居る、クラムさんも妙さんも、残念でしたね」
《アレだろ、前世の業だ》
「ですね、本気で失恋してしまえば良いのに」
《だな、そうすれば少しは禊の終わりも見えそうだが、な》
『行ってみます』
《おう、けど邪魔になりそうなら戻って来いよ》
『はい』
アズールは、付いて行かないんだな。
《なぁ、俺の聖獣や魔獣について、相談しても良いか》
「でしたら、定番は知識の探究では」
《何処までも知れたら俺が凶器になりそうなんで、そこは外部委託したいんだ》
「不慣れで申し訳無いのですが、現在はどの様な状況なんでしょうか」
「嘘を見抜く魔法、魔道具化はどうだろう、となっていますね」
「あの、初歩的な質問で申し訳無いのですが、何がなさりたいのでしょうか」
《身を守る事、誰かの身が守れる事、誰かの役に立つ事だな》
「もう少し、具体的に」
「ほら、だから相談に乗るのが難しいって言ったじゃないですか」
《魔法が無い世界で長年生きてたんだ、確かに多少は勉強したが、俺に合いそうなのが無かったんだよ》
「無いものですかね」
《物語ともなると、主人公格が1番に目立つ事になるだろ、大概は知識と治癒だな》
もう少し具体的に。
それは分かるんだが、な。
「物理的にと言うか、こう、心を治癒する的なのって無いですかね」
《無茶を、それは洗脳とかの類だろ》
「いえ、鬱は脳のホルモンのバランス次第だそうですから、そこをこう」
《明らかに繊細そうなんだが、と言うか、その逆も出来る事になるんじゃないか》
「確かに」
「では、やはり嘘を見抜く魔法が妥当かと。魔獣や聖獣とて万能では無いですから、そこから話し合い、最も合う方と組まれてみてはどうでしょう」
《そこは、大雑把で良いのか》
「それを良しとするかは、相手次第ですから」
《今でも聞こえてるのか》
「はい、出来るモノに聞こえますから。ですが正式に番えば聞こえなくなるそうですので、そうした事は寧ろ、他の方にお伺いすべきかと」
「成程、黒蛇さんもコンちゃんも、聞こえているんでしょうか」
《いや、中に居る間は聞こえない》
『うん、俺も』
「そうなんですね、ありがとうございます、不勉強で申し訳御座いません」
「意外にも、知らない事が有るんですね」
「そうですね、僕も囲われた環境のままに、安全な場所で過ごしていましたから」
「アレで安全、ですか」
「確かに気分を害される事は有りましたが、身の危険は一切、有りませんでしたから」
《最近は特に、危ないのも増えたからな》
「はい、ですから身を守る事も、問題は無いかと思います」
「あ、アレはどうですか、嘘を吐くと電気が流れる的なヤツ」
《いや面白そうだが、まぁ、確かに威力次第だな》
「有るんでしょうか、向こうに」
「手動ですけどね」
《だな》
半ば巫山戯た内容だが、確かに身を守る事も出来るしな。
ただ、サイコパスやソシオパスには通用しないとなると、やはり攻撃系は別に欲しいな。
「あ、アレはどうですか、スタンガン」
《それで、ぶっ倒れたんだが》
「アレはヒナちゃん専用だからで、次は自分用に調整すれば問題無いのでは」
《けど死角からだと負けるだろ》
「敵意専用で、一定の範囲内に入った場合、攻撃すれば良いのでは。防御にもなりますよ」
《結構、オタクだな》
「いやコレは真面目に想定しての事ですからね、不意に至近距離に現れた時に、良く考えたんです。どうすれば身を守れるのか、どうすれば互いに最低限の被害で済むか」
根本から違うんだよな。
ネネは本当に、絶体絶命の状態だった。
裏では安全装置が有ったにせよ、本人は本当に身の危険を感じていた。
《やっぱり、ぶん殴っておけば良かったな》
「何時でもどうぞ、私は止めませんから」
あぁ、帰って来たか。
『渡してきました』
《おう、そうか》
「その分厚い本は?」
『レンズにと渡されました、怠惰国の裏の歴史書です』
「《裏》」
『はい、迷う来訪者や宿星に貸し出される物だそうです』