154 19番目の悪魔の相手。1
「あの、すみません、アナタを知っています」
正直、面食らった。
《そうか》
「あの、でも私としては、アレに関してはどうとも思っていません。と言うかそれは、罪についてです。無知で教養不足ですが、アレは、私は罪だとは思いません」
《ありがとう》
あまりの事に、俺は愛想笑いしか出なかった。
「そうなりますよね、分かります、すみません」
《いや》
「すみません、出しゃばりました、失礼しました」
謙遜が如何に人を傷付けるか、分かっていた筈が。
『レンズ』
《悪い、謝ってくる》
『はい、待ってます』
突然の事だったとしても、向こうは俺の為に話し掛けて来たのに。
俺は想定していたのに、あまりに無愛想だった、反応が悪過ぎた。
《すまない》
「へ、何で、しょうか」
《悪かった、突然の事と言えど、想定していたのに。本当に、すまなかった》
「いえ、すみません、もう少しお知り合いになってからとは思ったんですが。それも何か、違うかと、思って。すみません、コレは私の自己満足なんです、本当にすみませんでした」
《いや、少なくとも俺の為にも、言ってくれただろうに。本当にすまなかった》
「いえ、本当に大丈夫ですから、本当にすみませんでした」
最悪だ、もっとしっかり想定していれば、覚悟をしていれば。
こんな謝罪合戦には、ならなかった筈が。
『そろそろ、もう良いかな』
「あ、私は大丈夫なんですが」
《すまない、アナタは、保護者か後見人だろうか》
『夫だよ』
しまった、悪魔が相手だからと。
《違うんだ本当に、すまなかった、どれもコレも初めててで。他意は無いんだ、本当にすまなかった》
『悪魔を夫とする人に会ったのも、敢えて話し掛けられ許しを得たのも、初めてなんだね』
《あぁ》
「すみません、戸惑わせるつもりは」
《違うんだ、嬉しかった、本当にありがとう》
最初から、こう言えていれば良かったものを。
本当に。
『不慣れだったそうだよ、大丈夫』
「でも、本当にすみませんでした」
《違うんだ、アナタは本当に間違って無い。ありがとう、なのに本当に、すまなかった》
『今回は彼の失敗だよ、気にしないであげる事も優しさじゃないかな』
《是非そうしてくれ、頼む》
「じゃあ、お言葉に甘えます」
《ありがとう》
『じゃあ、失礼するよ』
《あぁ、ありがとう、本当に助かった》
『いえいえ』
悪魔が居てくれて、本当に助かった。
繊細な相手への対応の仕方が、まだまだ不慣れだ。
もっと勉強して、もっと想定を具体的にしないと。
いつか、本当に傷付ける事になる。
《はぁ、すまなかった》
『いえ、当惑していたのは分かりました。ですが何故ですか、善意でした、勇気を持っての発言でした』
《だよな、なのに面食らった、驚きが勝って初動をミスった》
驚いた、慌てた。
そして愛想笑いで流そうとした。
本当に、最悪だ。
『勇気と繊細さは別の筈です、繊細だからと言って、必ず勇気が無いワケでは無い筈です』
全く以って、その通り。
なのに身構えた、相手が無神経だったり目立ちたがり屋だと、無意識に無自覚に構え。
酷い対応をした。
《だよな、なのに、本当に間違えた》
ココでの初めての、大きな失敗かも知れない。
善意からの勇気有る発言に対して、あんな態度は、マジで失礼だ。
『向こうには居ませんでしたか』
《あぁ、出会わなかった。周りに居ても、多分、気付かなかっただろうな》
目立ちたくて宣言するか、周囲との同調の為に発言するか、気を引きたくて言い寄って来るか。
単なる善意で、俺の為に言って来た人間が居たとしても。
俺には気付け無かった。
『無いならお友達になるべきでは』
《あぁ、だな》
余計な事では無かったと信じたかったけれど、あの反応は。
『ヤキモチを妬いてしまうよ?』
東洋のフツ女と西洋の美男。
そりゃ夫婦には見えませんよね、しかもイケメンにしてみれば、さぞ有り得なかったんでしょう。
やっぱり、余計な事をした。
もう少し、前フリをするか何かを。
『私の兄が失礼しました』
白い美幼女が、飛んで来た。
何故。
と言うか、兄って。
「あの、さっきの方の」
『妹です、レンズは不器用です、環境が良くありませんでした』
「あぁ」
『友人になりたいそうです、まだ反省しています、学びたいんだそうです』
「一体、私から何を」
『レンズが話します、良いですか』
美幼女のお願いを断れる者が、向こうでもココでも居るんだろうか。
『断っても構わないよ。必ずしも、彼女で無ければいけないワケでは無いだろう?』
『はい、ですが折角です、出会いは時に運です』
無表情が、逆に可愛い。
何ですか、この生きるお人形さんは。
許されるなら剝製にするかお人形にしたい位の、美幼女。
凄い、自分にはそんな趣味は無かった筈なのに。
コレクターになってしまいそう。
『どうしたい』
「私のお願いを、聞いてくれますでしょうか」
『内容によります』
可愛くて美しくて、賢くてらっしゃる。
「もしドレスを選ぶ事が有れば、私も同行させて下さい」
『今で良いですか』
「はい、何かご入り用で?」
『いいえ、レンズの為です、それに着せ替えが楽しい事だと分かりますので構いません』
「ありがとうございます、では鑑賞している間に、お話をお伺いさせて頂きます」
『ありがとうございます、レンズ、早く来て下さい』
走って来てる。
やっぱり彼は悪人じゃない。
と思う。
多分。
《正直に言うと、無意識に無自覚に、警戒してた。もっと言うと目立ちたくて宣言するか、周囲との同調の為に発言するか、気を引きたくて言い寄って来るか。そんなんばっかだ、その警戒心が抜けきれて無かった、すまなかった》
俺の方から、こうして詳しく話し合おうと誘えば良かったんだ。
なのにだ、本当に、全く。
「想定してましたが、彼が夫では無いと思われた所で、完全に心が折れ掛かりました」
『折れてたけれどね』
《そこは本当にすまなかった、初めてなんだ、悪魔のマトモな連れ合いに出会ったのは》
「マトモでは無いかもですが」
《いやそれは無いだろ、バカは善意から善意を伝えない》
「何か狙いが有るかも知れない」
《それは》
『彼女の事は、フラウロスと最後まで競り合ったんだ、良い猜疑心だろう?』
「褒められてる気がしない」
『だろうね、君が良い事だと認めていないのだから』
「コレ、過度な猜疑心は悪では?」
《いや、多分、アナタの場合は過度じゃないだろ》
「ならアナタのも過度な警戒心では無いのでは」
『失敗した事が、殆ど無いんじゃないかな』
《正直、少ない方だと思ってるし、失敗の殆どは挽回するか誤魔化してきた》
「流石、天の才」
『それ、ネネさんも言ってました、流行りでしたか』
勢い良く試着室から飛び出て来たと思ったら、クルクル回るのか。
サービス精神を、一体何処で覚えたんだヒナは。
「何でも似合ってしまう。はい、一部で流行りましたが、知り合いにネネと言う方は居ません」
『ネットだね』
《あぁ、成程な》
『何でココにネットは有りませんか』
『有るよ、簡易で疑似的なモノだけれど、美術館は行った事は有るかな』
『無いです、有りますか』
『有るよ』
《有るのか》
「有るんだ」
『ふふふ、感想の言い合いや解説、裏話や妄想を書き込めるノートだよ。だから病院の様な場所にも置いてある、愚痴や改善策の相談、励ましの為にね』
「何で教えてくれませんでしたか」
『勿論、僕だけを頼って欲しいからだよ』
凄いな、本気で言ってるぞ。
『悪魔は嫉妬深くて独占欲が強いです』
《ヒナは違うけどな》
『まだ愛が良く分からないからだと思います』
「成程」
《もう少し待ってくれ、良いな?》
『はい』
「レンズさん、コレを私へのお詫びと、彼女へのお礼に買ってあげて下さい」
成程、賞罰感覚が良いからこそ、悪魔に気に入られたのかも知れないな。
確かに、妥当に思える。
《おう、分かった》