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149 海の魔獣と来訪者。6

 老後の資金は安泰。

 好きな事を好き勝手出来ているし、相手も出来た。


《店長、結婚します》


「えっ、おめでとうございます、川口さん」

《辞めませんから大丈夫ですよ》


「あの、でも、何も気付きませんで」

《いえ、心配掛けたく無かったので言いませんでした、すみません》


「いえ、それは構わないんですが」

《店長はいつですか?待ってたんですが?》


「いえ、アレは、ただの刷り込みでしょうから」


《成程、でも刷り込みって強いですよね、塗り替える位はしないと無理では》


「ですかね、やっぱり、娼館に行って貰おうかと思ってたんですよ」


 クラムさんは多分、幸せが怖い系。

 幸せは苦労して得られるモノ、そんな間違った価値観の元で育ったり、幼少期に突然の大きな不幸に見舞われた方に多いらしい。


《私も怖かったです、幸せになる事や誰かと関わる事、でも根本の考えが間違ってるって教わったんです》


「根本」

《良いですか、幸せは苦労して得られるモノなら、苦労した順に苦労した分だけ幸せになれる筈。なら、不幸の連続で死んじゃった方はどうなるんですか?堪え性が無いって本気で思いますか?》


「いえ、苦労や不幸は、人其々なので」

《そうです、逆に言えば他人にしてみたら凄く幸せそうでも、実態が違う場合も有る。結局は苦労次第で得られる幸福なんてモノは幻想なんです、問題は維持です、賢くないと維持は難しい》


「はい」

《幸せは苦労して得られた賢さに依存する。つまりは、幸せは苦労して得た賢さが無いと維持が難しい。この言葉が簡略化や省略化された結果、ちょっと意味が曲がっちゃったんですよ》


「成程」


 コレは受け売りです。

 受け身のままで悩んでいた時、娼館の方々に相談に乗って頂き、教えて貰った考え。


 そして、コレも受け売りですが。

 さ、追撃しますよ。


《もし手放したとします、その先で相手が不幸になっても、何も出来無い。手放したと同時に、関わる権利を放棄しているからです。関わりたいなら別れるな、別れたなら関わるな。コレ、当たり前なんですけど、私もつい頭から消えていました》


 もっと凄い言われ方をしましたけどね。


 手放した後に身を崩して、クソ女に良い様に利用されて、ボロ雑巾の様に捨てられても良いのか。

 アナタは、何もする権利が無くなるのよ、って。


「はい、成程」

《結婚って、お互いを幸せにする覚悟の証明だって言われました。だから逆に、覚悟させられない方が悪いんだって》


「そう、なります?」

《だって、誰だって損益より利幅が大きい方が良いじゃないですか、そこに損が無くて利しか無いなら誰だって契約する筈。条件を揃えられない方が悪い、無くても良いモノなのに選んで欲しいなら、選ばれるだけの事をしろって事ですよ》


 鉢植えが良い例ですよ。

 無くても死なない、でも買って欲しいなら、売り手は何をするか。


「やっぱり、返品が嫌なので、良く考えて欲しいんですが」

《そう条件を呈示すれば良いんですよ、但し不履行になった場合、損が無い条件も揃える。真に納得を得られるかどうか、です。私はクラムさんにも幸せになって欲しいんです、資格や価値なら私が認めますから、いっそしっかり選んでみませんか》


 良いんです。

 本当の悪人じゃないなら、聖人君主でなくても、幸せになったらいけない世じゃないんですから。


「はい、宜しくお願いします」




 カノンに言われ、娼館にも行って尋ねてみたが。

 捕食される際の快楽を得られるモノ、噛み千切りたいモノは稀有らしい。


『そろそろ、噛み千切られたい』


「また、生えてきたばっかりなのに」

『あの高揚感は何物にも代え難い』

《今日こそ女体で試したい》


「前から疑問だったんですが、アナタ達ですれば良いのでは」


『それは違う』

《どの人種でも良いワケじゃない、クラムが良い》


「蛤さん、アナタを食べたがる人種は、そう居ないと分かりましたよね」


《そうじゃない、分からず屋だ》

『どうしてか受け入れられないらしい』


《蛸は分かってるんでしょう》

『作り変えられた容姿、姿を受け入れられる事に慣れていないのだろう』

「寧ろ何で簡単に受け入れられるのか分からないんですが」


『中身が重要であるなら、外見など些末な事では』


「ぐっ」

《負けた?》

『こうした問題の難しい所は、単なる勝ち負けでは解決しない所だな、納得が必要となる。何が納得し難い』


「良く吟味し選んで頂きたいんです、ある程度使用し返品されるのは、不愉快ですので」


『蛤、お前の事だぞ』

《何で?知ったよ?》


 蛤のと共に娼館に行きはしたが、行為は無かった。

 共に、興味は湧かなかった。


『容姿が良いからだろうな』


《悪くする?》

『それで誰も相手にしなかったなら、いよいよ受け入れるしかなくなると思うが、どうする』


《そんなに嫌?何がダメ?》


「恥の多い人生を」

『些末な事だ』

《僕も何か恥ずかしい事をすれば良いの?》


 躊躇いが有るのは分かる。

 だが具体的な内容は、口に出して貰わなければ分からない。


「私の中の、自称常識人達が騒ぐんです、お前が幸せになれるなんておかしい。世の中にはもっと可哀想な者や努力している者が居るのに、大した信念も理念も功績の無い者が、こんな幸福を得るなんて間違っている。と」


『対価を支払わなければ必ず幸福を得られないなら、それは対価を支払えない者の幸福を否定するのではないだろうか』


「はい」

『功績と対価の査定を誰が行う、その者の倫理や道徳や行動が、本当に正しいのだと誰が査定する』


 有るのは根強い恐怖心と、失敗への羞恥心。

 慎重さは賢さ故、けれども私達を少しは信用して欲しい。


「もう少し、時間を下さい」

『では若返りを対価として得ろ、それとも私達に寿命の譲渡を行って欲しいか』

《凄く余ってる、体調不良になるかも知れない》


 若返りは寿命を延ばす事は無い、些末な事。

 だが向こうの者は、特に受け入れ難いらしい。


「それも、追々で」

『そこまで体調不良になって欲しいか』


「そこまでですか」

『それでも補えるかどうかだ、コチラにも利が出てしまうだろうしな』

《いっぱいする体力が付くよ》


 対価を補う為と言いながら、私達は利を得ている。

 利を共有し合っている。


「暫くタダ働きをお願いします、料理も掃除も、お任せします」


『分かった、暫く時間をやろう』


 幸福を得る資格とは、他者を幸福にすれば十分だと思うが。

 向こうの何処かの誰かは、納得し難いらしい。




《好き》


 川口さんの説得は、とても利いた。

 けれど私には、どうしても曲げられない信念が有った。


 行為の最中以外にも、しっかりと好意を口にして貰えるかどうか。

 もしそれが無いなら、結局は単なる肉欲、好意では無い。


 そう線引きをしていた。


「急に、どうしたんですか」

《思ったら言って良いって知ったから》


「あぁ」


 蛤さんは言ってくれた。

 けれど、蛸さんはまだ。


『愛してる』


 満面の笑み。


 謀られた。

 彼は敢えて、言わなかっただけ。


 負けた。

 精霊と悪魔の根源は、やっぱり強い。


《何で悔しいの》


「受け入れる機会を、蛸さんは明らかに伺っていたのに、私は全く」

『殻を閉じ続けていれば、周囲の状況をつぶさに把握する事は難しいだろう』


《どう言う事》

『カノンが受け入れる態勢になるまで、私は待っていただけ、機会を伺い的確な言葉を適切な場面で言った。だがそう機会を狙われていたとはカノンは微塵も思わず、喜び、受け入れたと同時に私の考えを理解した。その悔しさだろう』

「私を騙したり罠に嵌めたりしないで下さい」


『サプライズはどうすれば良い』


「それは、まぁ、喜べるモノなら例外としますが」

『ココに指輪が3つ有る、今日で構わないか』

《蛸と一緒に選んだ》


 嬉しいけれど、やっぱり怖い。


 幸福が怖い。

 また不意に、いつ崩れるのか分からない。


 幸せになる事が怖い。


『何が恐ろしい』


「裏切りや、幸福の崩壊です」

《裏切らないし守る》

『来世になろうと裏切らない、幸福を守り続ける』


《うん、死んでも一緒に居る》


「凄く、嬉しいんですが」

『何故、私が他を排除したか分かるか』


「人種への変化の為では」

『それだけカノンが他に奪われる可能性が有った、それは今でも変わらない、私は他のモノに奪われる事を今でも恐れている』


「それ、もう少し早く、仰って頂けませんでしたかね」


『以前に言ったつもりだが』


「アレは、単に人化の独占だけかと」

『悪かった、独占欲や恐れは私達にも有る』

《うん、他を選ばないで欲しい、僕らだけが良い》


「そこです、良く共有出来ますね」

《一緒に居て、喜ばせる事が1番だから》

『あぁ、だな、引き留める為なら些末な事だ』


 価値観が違う。

 嫉妬心も独占欲も無いと思っていたのに。


 実は違った。


「日付は、改めて、またお願いします」

『分かった』

《あ、若返って、いっぱいしようね》


 コレは、若返らないと本気で生活に支障が出る。

 それに、寿命を譲渡されても困る。


「分かりました」


 受け入れるしかない。

 理解した上で、そう追い込んでくれた。


 魔獣や聖獣の愛は、何処までも深いらしい。

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