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146 海の魔獣と来訪者。3

「はい、出来ました、ココに決めた1番の理由です」


『どれの事だ』

「お醬油、調味料です、高いんです」


『そうか』

「はい、じゃあ頂きます」

《頂きまーす》

《頂きます》


『そこは分かるのか』

《うん》


《うん、美味しい》

「ありがとうございます」


 返す為に働いたのに、得られてしまった。


《美味しい》


「単に初めてで、何でも美味しく感じてしまっているのでは」

『それは寧ろ幸運な事では無いだろうか』


「まぁ、美味しいですか?」

『あぁ、美味い』


「ただの南蛮漬けなんですけどね」

《もー、ご謙遜を、外には無いですからね?出た人に聞きましたけど、ほぼ和食無いんですよ》


「あぁ、じゃあ何処かに頼んでみましょうか。コレ少し手間なんですよ、揚げ物だし、タマネギが目に染みる」

《アレが毒じゃないのはおかしい》

《うん、分かる》


「ですよね本当」


《もしかして煮付けとかも出来ます?》


 偶に人種は、不思議な事をする。

 嘘を吐いたり、知らないフリをしたりする。


「そりゃ、まぁ、料理の基礎ですから」

《私の分もお願いします》


「構いませんが、お魚が手に入った時だけですからね?」

《払います、マジで、お願いします。ケーキセット1回分》


「いえ、魚は現物支給なので、出来るなら汁物とお米をお願いしたいんですが」

《じゃあそれで》


「はい」


《あ、フライも食べたい》

「タルタルソースは、流石にお金を取りますよ」


《そっか、生のタマネギとマヨネーズか》

「ちゃんとした所で買わないと、万が一が怖いですから」

《死んじゃうのか》


《だねぇ》

「ですねぇ」


《フライ》

「はいはい、殆ど毎日の事ですし、何処かに外部委託してみますよ」


《うん、宜しくお願いします》


 何故、どうして嘘を言ったり誤魔化したり、敢えて知らないフリをするんだろうか。


「はい、じゃあ、後は自由時間で」


《何故、気付かないフリをしたんだろう》

『あぁ、知り合いなのだろう』


「以前の私を知っている、けれども敢えて新しい私を受け入れてくれた。優しさだと思います、蛸さんでも分かりませんでしたか」

『私の血脈に、知識にそうした事を選択した者は居ない、忘れ去られる事を誰もが恐れる』


「向こうは忘れて貰う権利が薄いんです、それが例え被害者でも、犯罪では無くても」

《アレも忘れて欲しいのか》


「川口さん」

《川口さん》


「向こうでも、元男性だったそうですが、それを勝手にバラされ酷い目に遭ったんだそうです」


《何故》

「向こうでは性別を変える事は珍しいんです、なので慣れていない者が多く」

『贄の黒羊になるのだろう、異なるモノは忌避され、除外の対象となる』


「体さえ変わっていたら、女性だと思うんですが」

『弱い群れこそ、些末な違いから排除する、群れを守る為に』


「理屈は分かるんですが、理不尽で不条理だと思います」


 悲しい、悔しい。

 痛い。


《その痛いのはどうすれば治る》


「勝手に治るので大丈夫ですよ」

《早く治したい》


「なら、この中から食べたいモノを教えて下さい」

《カノンは何でも作れるのか》


「いいえ、なので作って貰えると助かります」

《じゃあカノンが好きな料理は何》


「私のはですねぇ……」




 料理を毎日する程、若くも無い、そこまで凄く好きでも無い。

 なので近くのお店に1日1食、フライか南蛮漬けを頼んでいたんですが。


《味が違う》

《だねぇ、悪く無いんだけどね》

「今日は我慢して下さい、次が見付かるまでウチで作りますよ」


《なら僕が次を見付ける》

『では私達は、話し合いに行くか』


「ですね、はぁ」

《美味しいは意外と難しい》


「みたいですね」


 現地の味に合わせる為、魔改造する事には賛成なんですが。

 本来の味を求めて来たのに、魔改造品を出されるのは困る。


《すみません、忙しさで、間違えてしまいました》


 あまり混んでいない揚げ物専門の飲み屋さんに、南蛮漬けやフライを頼んでいたのですが。

 最近は忙しくなり、しかも本来の味付けとは違う品物を出されたので、引き上げさせて頂く事に。


「改造は構わないんですが、以降は違う名で出して下さい。このままでは本来のお願いから逸脱してしまうので、もう引き上げさせて頂きますね」


 失敗だけが、引き上げの原因じゃないので。

 幾ばくか拗れるのは覚悟するしか無い。


《もう間違えない様にしますので》

『間違える前に何か対策をすべきだったんだが、忙しいのだろう』

「元は楽して美味しく食べたかっただけなので、すみませんが、今までありがとうございました」

『そんな、確かに少しは失敗しましたけど、誰だって』


『そう言って本当に足止めになると思うのか、コチラが大事に捉えていて、ソチラでは些末な事に思っている。コレではどの道、決別する他には無いと思うが』


 この強気の娘さんが苦手なんですよね。

 私も蛸さんも、蛤さんも。


『それは、でも』

《ごめんね、忙しくなってきたし、ココは私が》


『うん、けど諦めたらダメだよ、理不尽にはしっかり対応しないと』


 片や真っ青、片や納得がいかない様子ですが。

 明らかな間違いへのクレームに対して、文句を言われましても。


《本当にすみません、後日、改めてお詫びに》

「いえいえ、ココの方にも、南蛮漬けを気に入って頂けたのは喜ばしい事ですし」

『コレ以上不愉快にさせる気が無いなら、関わらないでくれないだろうか、時間が惜しい』


《ご恩を仇で返す様な事になってしまい、本当に》

「それより、お節介で敢えて言いますが、謝罪より従業員を入れ替えた方が良いかと」


 年が上だからこそ言わせて頂きますが、アレは本当に不味いですよ。


《それが、難しいんです》

「弱味を握られてるんですか」


 あぁ、動揺している。


《そこまででは、無いんですが》

「ココは場合によっては恥を消せます、一先ずは悪魔に相談してみて下さい」


 何を消したいかを、誰かに言う事は苦痛だけれど。

 結局は言うか言わないか。


《ねー、向こうのお店がやってくれるって》


 蛤さん。


《本当に、すみませんでした》

「いえいえ、我慢し続けるか解放されるかですよ、頑張って下さいね」


 どれだけの人が恥の無い人生を送れているのだろうか。

 少なくとも、私には無理だった。


 そして友人も。


『コレから仕事か』

「はい、それに誰も来ないなら、そのウチこの(わだかま)りも消えますよ」


《今日は蛸の番にするか》

『いや、お前で構わない』

「はいはい、仕事終わりでお願いします、来客が有るかも知れないんですから」


 聖獣や魔獣は過保護だ。


 本人達も不快感を感じるから、らしいけれど。

 悲しみや苦痛を出来るだけ避けさせようとする。


 あくまでも居心地が悪いだけで、好意では無いと思う。


 所詮は単なる刷り込み。

 いずれ飽きて、対価を払い終えたら終わる関係。


 聖獣や魔獣に期待してはいけない。

 知能が高いからこそ、人種同様に互いに用が無くなれば縁が切れる事も有る、と。


 監督所の教官も言っていたのだし。

 誤解はしてはならない。


 また恥になるかも知れないのだから。


『あの、今、大丈夫ですか』

「どうぞ、お茶を淹れますね、苦手な風味は何ですか?」


『ミントが苦手ですが、それ以外なら、はい』

「カモミールとハチミツ、それにミルクはどうでしょう?」


『はい、お願いします』


 夜間勤務で雇って貰う筈が、今は相談員になっている。


 人は思い悩むと眠れない。

 そして羞恥心が収まらないと、更に不安が増す事になる。


 その事を良く理解しているだろうから、と。


「はい、どうぞ、お好みでハチミツを足して下さい」

『ありがとうございます』


 彼女は私の担当する感覚、恥の相談に来たんだろうか。

 それとも、単なる愚痴、だろうか。

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