141 農家の子。8
「はい、もう大丈夫ですね」
1日寝込んで、1日暇を持て余して、今日で3日目。
『ご心配お掛けしました』
『いえ、まだ予断は許しません、お酒はまだダメです』
「はい、ですね」
《残念だったな、まだ先だ》
『えぇー』
『他に何がしたいですか』
『んー、やっぱり土いじりかなぁ。何も考えないで済むのって、それ位だし』
『少し不安です、刺繍はどうですか』
『あぁ、なら教えてあげようか。“刺し子、こぎん刺し”って言うの、知ってる?』
『知らないです、何を用意すれば良いですか』
『麻布と木綿糸が有れば大丈夫、木枠も何にも要らないよ』
『糸の太さに指定は有りますか』
『お出掛けは、良い?』
「はい、馬車なら、ですね」
《けど無理せずだ》
『はーい、じゃあ行きましょうか』
『はい、行きます』
《おう、行ってこい》
お世話になりっぱなしで、何か出来無いかなと思ってたから。
本当に良かった。
図書館の人に読み聞かせをして貰ったんだけど。
英語だと、やっぱりどうにも頭に入らなくて。
そのまま世間話になったんだけど、そうなると外の事が気になって。
結局、レンズさんに読み聞かせて貰ってたんだけど。
ヒナちゃんがベッタリだもんで、つい、遠慮したりで。
『ごめんねぇ、レンズさんを沢山借りて』
『構いません、慣れていないので落ち着けて貰っていました』
『そっかぁ、私を心配してくれてたんだねぇ』
『はい、ソワソワしました、アレは慣れません。ネネさんも熱を出した事が有ります』
『あぁ、言ってたねぇ』
『私もレンズもまだです、何か不便は有りましたか』
『ううん、何も無かったよ、本当にありがとう』
『いいえ、不快は少ない方が良いです、短い方が良いです』
『そうだね』
問題は山積みなんですが。
知恵熱が長引くと、熱が下がっても頭痛が起きる様になったり、直ぐに熱が上がる様になるんだそうで。
もう如何に暇を潰すか、ですよ。
けどお酒もダメ、土いじりはもう少し先、となると。
やっぱり慣れた手仕事。
お小遣い稼ぎで始めたんですよ、冬はやる事が少ないから。
『良くなったら劇もバレエも有ります、ネネさんが好きです』
『バレエかぁ、見た事が無いなぁ』
『凄い飛びます』
『飛ぶのかぁ、じゃあアイススケートは有るかな?氷の上で踊って滑るの』
『有りますか』
「はい、有りますよ、冬季限定ですが」
『有るんだぁ、楽しそう』
『はい、私も見てみたいです』
『だねぇ、稼がないとなぁ』
食べるだけなら、何も気を付け無いで良かったし。
畑を貸すのだって、結局は近くの村の人に斡旋して貰っただけで。
『考えるのは後です、何色を買いますか』
『あー、基本は紺と白なんだけど、何でも大丈夫だよ』
『どんな刺繍ですか』
『んー、カクカクしてる、角が多い』
『性別は有りますか』
大元は丈夫にする為、次に寒さを凌ぐ為で。
ネクタイも有るし、名刺入れにも使うし。
『どっちでも大丈夫』
『少し考えてみます』
『だねぇ』
レンズさんに贈るのかしらね。
『お邪魔します、初めて見る刺繍を習います』
《あぁ、そうなのね、いらっしゃいませ》
『お邪魔します』
《どうぞどうぞ、ゆっくり選んで頂戴ね》
『ありがとうございます、先ずは見本用に基本を教えて下さい』
『はいはい、先ずは紺の麻布と、白い木綿の糸は少し太いのにします』
『コレ位ですか』
『ですね』
《あら随分と太いのね》
『そうなんですよ、けどもう1種類は普通ので』
『コレでどうですか』
『うんうん、コレだね』
『生地はコレですか』
『最初だし、もうちょっと目が粗い方が良いねぇ』
《なら、コレ位かねぇ》
『ですねぇ』
《そう、どんな刺繍なんだろうねぇ》
『カクカクしてるそうです』
《そう、折角だし少し見せてくれないかねぇ》
『あぁ、私は構いませんが』
『針は普通で良いですか、持っています』
『んー、コレだね』
《あら長い針だねぇ、楽しみだねぇ》
『はい』
《うんうん、お茶を用意させようねぇ》
『はい、ありがとうございます』
中庭で直ぐに縫ってくれました。
本当にカクカクした刺繍でした。
『コレを組み合わせて縫うんだよ』
《そうなのねぇ》
『組み合わせがいっぱいです』
『だねぇ』
図案には名前が付いていました、でも良く分かりませんでした。
『あげます』
《おぉ、向こうで縫ってきたのか》
『お茶を用意して貰って、あっと言う間、教える事が殆ど無かったんですよ』
『でもまだ名前が良く分かりません、コレの名前は“猫のマナグ”って言います』
『あぁ、猫の“まなこ、まなご”だよ』
『方言ですか』
『だねぇ』
『コレは何ですか』
『コレはねぇ……』
コレは、ネネには教えられない事。
それに俺にも。
方言は教えられても、技術は全く無い。
『レンズ、方言は何か無いですか』
《“びんた”》
『頬を打つ事では無いですよね』
《おう、頭の事だ》
『分かりません』
《だよなぁ》
『良いねぇ、レンズさん、もっと方言教えてよ』
《じゃあ、交互にな》
『“がっぺ”』
『“がっぺ”』
《“がっぺ、ムカつく”もしかして、頭か》
『正解です』
《成程な》
『もー、何で頭にしますかね』
『もっと教えて下さい』
《じゃあ“豆腐”》
『“とうふ”』
《は、同じかよ》
『そっちは何なんですか』
《“オカベ”》
『何も、かすってもいない』
《次、ソッチだ》
『“あたま”』
《は?》
『オタマジャクシ』
《あぁ》
『ほら、ちゃんと規則性が有るんですよ、何ですか“オカベ”て』
《なら“がっぺ”って何だよ》
『知りませんよ、そう言うんですから』
『凄い分からない方が勝ちにします』
《“すっぱい”》
『“ころころ”』
『全く分かりません』
すっぱい、は全部。
ころころは、コオロギだった。
確かに、若干の規則性は有るな。
『本当に、何から何までお世話になりました』
3日目は、方言と刺繡祭り。
そして4日目は、郷土料理についてと、少しの料理の仕込み。
5日目にして、やっとお料理の披露。
もう、田舎料理が恥ずかしいだとかは、有りません。
誰にでも有るワケじゃない。
そう理解しましたから。
『もう戻るのですか』
『はい、決着を付けねばなりませんから』
『でしたらレンズを貸します、2人だけは良くないと言ってました』
《おう、付き添うぞ、また熱が出ても困るしな》
味方が居る。
分かってくれる誰かが居る。
『すみませんが、宜しくお願いします』
《ヒナに色々と教えてくれたお礼だ、後は解決してからだ》
『はい』
オバさんは、生きる悪しき見本として監督所で生きる。
私は好きな場所で、好きに生きる。
妖精さんと、もし合意に至らなかったら。
蛍の妖精全体に、何かしらの貢献をするつもり。
内容については、まぁ、追々で。
《おぉ、アレか》
『えっ?本当にそう思います?随分と』
《まぁ、違ったら違っただ》
金色のフワフワの髪。
背が高くて体格も良くて。
顔もカッコイイ。
『あのー』
《ごめんね、俺、こんなに苦しくさせるなんて思って無かったんだ》
『あぁ、妖精さんでしたか』
《嫌な事して、本当にごめんね》
優しくて、知識も付いた。
外見だって、向こうでもモテると思う。
でも、揺らがない。
『いいえ、コチラこそ、本当にごめんなさい』
《この外見がダメなら》
『そうじゃないんです、性別も多分、関係無いんです』
《俺がダメ?》
『コレからご説明します、良く考えて下さい』
何故、私が揺らがないか。
何故、サイコパスやソシオパスの知恵が、私に有ったか。
何故、私が帰らないのか。