139 農家の子。6
『無神経、想像力が無さ過ぎて、獣以下の老害』
「まっ、妙ちゃん」
この女、随分と表情が動かないな。
『善人ぶった悪人、偽善者、分かったフリしてなんも分かって無い』
《何処の誰が犯罪者と結婚させたがるんだよ、何処の戦争末期だ、時代遅れじゃ済まされないぞ》
揺さぶる為に煽った筈が、表情に出るまでに僅かに差が有る。
しかも言葉や表情にも、ズレが。
「何なのかしらアナタは、私は妙ちゃんとご両親の為に」
《もしかして、アンタが住所を教えたのか》
あぁ、マジかよ。
「違うの」
《嘘ですね、彼女が居ないと知り呆然としている男の姿を見て、可哀想だからと大まかな所在地と働き先を教えた》
シトリー、良い所で出て来たな本当に。
『アンタが、アンタのせいで』
「違うのよ、まさかこんな事になるだなんて」
《だから帳尻合わせの為に、向こうに返そうとしたのか》
「誤解しないで、ご両親だって悲し」
《アンタが何も教えなかったら悲しむ事は無かっただろう》
「でもだって、彼は良い人そうで」
『名前も顔も知らない相手から、いきなり君との赤ちゃんが見たいって、変な合成写真を送られて喜べますか』
「それは、良いじゃない、それだけアナタを思って」
《あぁ、旦那に相手にされないからって妬んでるのか、羨ましいんだな》
「そりゃ、確かに会話は少ないけれど」
《エロ本だのメロドラマみたいで羨ましい、私なら受け入れるのにってか、心底下らないな》
「でもね、愛されないより」
『無理に結婚するからですよオバさん、オジさんには好きな人が居たのに、無理に結婚したんですよね』
「それは違うわ」
《嘘ですよ、お相手が好意を寄せていた女性を遠ざけ、親の金と力を使って見合いを成立させ結婚した》
「それは親が勝手に」
《嘘ですね、あの男と結婚出来ないなら都会に出てやると脅し、相手の女性には他にも女が居るのだと遠ざけた》
「だって、いずれは私の」
《妙さん、コレは自分の歪んだ理想を押し付けた、不満で歪んだ感想を言っただけだ。真に受けちゃいけない、ずっと夢を見て寝言を言っているだけ、他人の事なんて何も気にしてない獣以下だ》
「そんな、獣以下だなんて」
『獣の方がマシですよ、変な理想だとか不満を押し付けないんですから。オバさんの事、信じてたのに、大嫌い』
「違うの、誤解なのよ、きっと良く話し合えば」
《なら先ずはアンタの誤解を解いてみろよ、話し合えば分かり合えるんだろ》
「あのね、良かれと思って」
『オバさん、子供が同じ事をしても、同じ事をされても許すんですか』
「勿論よ、ちょっとした誤解が有るだけで、根っからの悪人なんて居ないのだもの」
まさか、こんな回答が出るとは本気で思わなかった。
だが同時に、腑に落ちた。
《じゃあサイコパスだとかソシオパスはどうするんだ?》
「サイコパス?」
《本当に無知だな、根っから共感性が無いヤツだよ》
「それ、治るのかしら?」
《いいや、向こうで治療法は確立されて無い》
「でも、それは、家族が一緒に頑張れば」
《相手がどんなに悲しんでいても、悲しんでいる事は分かっても、決して共感出来無い》
「それは悲しいわね、でもそれは悲しいって、伝えれば良いだけじゃない?」
コイツも、本当に本物だったとはな。
《サイコパスは自覚する事が難しいらしい、アンタみたいにな》
「私?私は違うわよ、だって妙ちゃんが事件に巻き込まれたって知って、とっても悲しかったもの」
《嘘ですよ、残念だわ、程度でしたよ》
「そんな、残念だし、悲しい事よねって」
《凄いな本当に》
《考えた、だけ、感じたワケでは無いでしょう》
「頭と心って、分けられないでしょう?一体、どうやって区別するのかしら?」
血が沸き立ってたみたいだったのに、今度は手から冷や汗が出て来た。
怒ってた、腹が立ってたのに、急に怖くなった。
『オバさん、違うよ、全然違うよ』
「そう?可哀想な事件を見たら、可哀想だなと思うでしょ?私も同じよ?」
《では私から質問を、全く同じ事件が遠くで赤の他人に起きたらなら、どう思われますか》
「そうねぇ、きっと何か誤解だとかが。行き違いが有ったのね、可哀想そうね、残念だわって。誰だってそう思っているのでしょう?可哀想だ、残念だって、良く言うじゃない」
《そうですか、一方的な思い込みからの凶行だとしても、ですか》
「誰だって間違うのだし、可哀想だけれど、許してあげるのも優しさでしょう?」
知ってるのに、同じ生き物じゃないみたいだった。
『オバさん、だからオジさんが喋ってくれないんだよ、だから子供達に逃げられるんだよ』
「妙ちゃんはまだ分からないかも知れないけれど、夫婦なんてこんなもの、子供の事だって」
《アンタ、そこは普通、怒ったり悲しんだりする所だぞ》
「それは分かって無いからよ、仕方無いじゃない、経験しないと分からない事は沢山有るもの」
《いや、経験しなくたって自分の似た何かと照らし合わせて、悲しんだり怒ったり普通は考える間も無く出来るんだよ》
「それは私が落ち着いてるからじゃないかしら、良く言われるの、おっとりしてるだとか」
《天然だとか空気が読めないってか、女のサイコパスが良く言われる台詞だな。共感性が無いから弾かれ、友人は良く似た違う種類しか居ない》
『オバさんが、サイコパスだったなんて』
「良く分からないけれど、私にはちゃんと、共感性は有るわよ?」
《少し前、俺は葉っぱで指の間をスパッと切った》
「あら可哀想ね、もう大丈夫?」
私は少し、うわっと思って、思わず顔に出たのに。
オバさんは何も顔に出さないで、直ぐに心配した。
違うんだ。
猫を被った何かだったんだ。
『優しい近所のオバさんだと思ってた、落ち着いてて、どうしてオジさんも子供も離れたのか全く分からなかった』
「夫婦でも親子でも、合わなくなる時が来ると思うの、仕方の無い事なの。でも私は一緒に居られるだけで十分、偶に連絡が来るだけで、十分幸せなの」
《そう思うのと考えるのは微妙に違う。頭で分かってる、だけ、だろう》
《そうですね、思うと考えると感じるを混同したまま、普通をコピーしただけですから》
「誰だってそうでしょう?何を言っているの?」
違う。
似てるけど、全然違うのに。
『オバさん、共感はコピーじゃないよ、照らし合わせだよ』
「だから、照らし合わせて」
『状況を照らし合わせてるだけで、その時に感じた事が同時に浮かばないのは、共感じゃないよ』
「そう、ならやっぱり、同じじゃない?」
『違うよ、痛そうな顔、しなかったじゃない』
「オバさん、どんくさいから、出なかったのかも知れないわね」
《マイペース、どんくさい、天然。おっとりしてる、落ち着いてる、物静か。空気が読めない、ズレてる、偶に話が噛み合わない》
『本物の、サイコパス』
「良く分からないけれど、オバさん本当に、アナタの事は悲しかったし」
『過去形、殺させておいて、過去形』
「殺させただなんて誤解だわ、良い子だと聞いてたし、話し合えば何とかなるかと思って」
『オバさんのせいで殺されたのに、まだ、話し合えばって。おかしいよオバさん』
「そうね、ごめんなさい。でもオバさん、良かれと思って」
『免罪符にならないよ、良かれと思ってだなんて、人殺しの手助けをしたんだよ?』
「でも、殺すだなんて思って無かったの」
『あんなに、ストーカー事件が有るのに?』
テレビばっかり見てたのに。
それしか趣味が無いって、そう言ってたのに。
「オバさん、妙ちゃんを信じて無いワケじゃ無いけれど、もしかしたら妙ちゃんが忘れてるだけで。もしかしたら、お話しした事が有ったかも知れないじゃない?」
『本当に無いし、だからって』
《サイコパスにだって願望や欲望は有る、結論に理想を混ぜ込んで出したら、クソになったんだろうよ》
《ですね》
「妙ちゃん、この方、少し口が悪いみたいだし。お付き合いする方を、もう少し選んだ方が良いわよ?」
《分からない事には触れない、だからこそ時には些末な事に口を出したり、的外れな事を言う時が有る》
《なまじ賢い者は擬態をし、偽装する、全ては生きる為に》
オバさん、もうレンズを無視してる。
都合の悪い事は、全部、後回し。
「妙ちゃん」
『オバさんとは合わないみたい、ごめんなさい、さようなら』
「良いのよ、いつかきっと分かり合える筈、またね妙ちゃん」
悪意無しに害を成す者は居る。
例えば、今の女性の様に。
《おやおや、少し刺激が強過ぎた様で、知恵熱ですね》
《大丈夫か》
『何か、頭がボーっとしてるの、知恵熱だったんですかね』
《いえ、今、上がってきましたね》
《帰るぞ、歩けるか?》
『はい、熱には強いので』
《シトリーに抱えさせても良いか?》
『大丈夫ですよ、目は見えてるんですから』
《無理をしますと、悪化しますよ?長引いても宜しいんですか?》
『重いですよ』
《大丈夫ですよ、魔法が有りますから》
『あぁ、はい、宜しくお願いします』
人も人種も、か弱く脆い。
だからこそ免疫を付けさせる為、学習させ、補強させる。
『アイスが食べたい場合』
《何が良い》
『リンゴと、ハチミツレモン』
《おう、買っといてやる》
『あ、有るんですね』
《有るぞ、キュウリ味もな》
『それは、嫌だ』
《嫌か》
『すみません』
《大丈夫だ、心配するな》
人種は単独で生きる事は、非常に難しい。
それは老いれば老いる程。
幼ければ幼い程。
牙も角も毛皮も無いのです、強さだけなら、獣以下なのですから。