138 農家の子。5
ヒナちゃんのお家に行く前に、悪魔さんを紹介して貰ったんだけど。
見えない。
全然、悪魔に見えない。
「成程」
『はい、頼めますかバルバトス』
「あぁ、構わない」
『すみません、宜しくお願い致します』
「いや、万が一の為だろう、あくまでも予備だ。それとも何か、他に受け入れられぬ理由が有るのだろうか」
悪魔だからって、何でも分かるワケじゃ無いのかな。
うん、本当に無知だな私、ココの事を何も知らないや。
『アナタ様の様に、落ち着いて立派な体格の方が、はい』
「妖精ともなれば確かに体躯は小さいが、人種に変化すれば違う姿になる筈だ」
『あ、そうなんですね、本当に無知ですみません』
「それも、ある意味では妖精の罪だ。無知なままで子飼いにしようとした罰、とでも思えば良い」
『でも、善意も、有ったのかなと』
「悪霊種は知らないか」
『はい、すみません』
『悪戯好きです、妖精の中には悪戯が好きなモノも居ます、なので気にしない方が良いと思います』
「そう、悪戯だった、それで互いに済ませた方が良い」
『はい、そうしてみます』
好意は怖い。
けれど、友人を失う事も悲しい。
「友人を失う悲しみか」
『はい、向こうでも、沢山失いました』
お金持ちなんだから付き合えば良いのに。
そこまで好きになってくれる相手は、もう現れないかも知れないよ。
コッチの気も知らずに、好き勝手に言う。
友達だと思ってたのに。
仲間だと思ってたのに。
「意外と、敵は多かった」
『はい』
「羊の皮を被った狼より、猫を被る人の方が多いだろう、そう言う事だ」
確かに、レンズさんは結局狼の皮を被された羊だったし。
香水屋さんは、ずっと羊だった。
ネネさんもそう。
私が逃げ出せる場まで繋げてくれた。
綺麗事は言わないし、何でも他人にベラベラ言わないし。
向こうが変なんだ。
皮を被って紛れてる、だけ。
『人の皮を被った、猫だったんだと思います』
「あぁ、猫以下、ココでは獣と言う」
『虎と魔獣の物語です、どうぞ』
「あぁ、良い物語だ、読んでみると良い」
『あー、私、読めませんで』
「では、私が読んでやろう」
とても分かり易くて、良いお話だったんですが。
『意外と、しっかり読み聞かせて下さるんですね』
「あぁ、すまない、子供扱いをしたつもりは無いんだが」
『いえ迫真の演技で、実に迫力が有りまして、ついソチラに意識が向いてしまって』
「そうか、獣については分かってくれただろうか」
『はい、とても、良く分かりました』
『妖精は獣でした、人種の居るべき環境では有りません』
「ただ、居心地は悪くは無かった、そして友人としても」
『はい』
甘えているつもりも、利用しているつもりも無かった。
本当に、単なる善意だと。
「暫く、監督所を見学してみてはどうだ」
『監督所』
『コチラに来たばかりだったり、問題を起こした者が入る場所です』
『なら、私も』
「いや、精霊が存在を許した、それだけで問題は無い」
『はい、大丈夫です』
「だが、家族を作るなら、母親教室には行った方が良いかも知れないな」
『良い先生です、多分同じ所から来ました』
同じ。
なら。
「懸念している事に問題は無い、ソレはコチラには来ていない」
『あぁ、生きてるんですね』
「そしてココに現れる事も無い、遥か地下に行くだけだ」
『犯罪者は本当の地獄で裁かれます』
「気を紛らわすには最適だろう、良い意味でも、悪い意味でもな」
アズールは、機会が来るまで何かを話す気は無かったのだろう。
だが、機会は訪れた。
「僕は、悩んでいます」
「あぁ、だろうな」
「ヒナ様は、この為にも、もしかすればバルバトス様を頼ったのかも知れません」
我々悪魔は、人を最も好むが。
他の種がどうでも良いワケでは無い。
「答えを急ぎ出したい気持ちが、分かったか」
「はい、とても、もどかしいです」
人種が生まれる過程で生まれた命、妖精種。
だが人種の為に生まれた命では無い。
あらゆる種が人を形作る命。
どちらが欠けても成立はしない。
「ソレは不出来さでは無い、乳歯が生えるもどかしさと同じ事、焦っても何も生まれはしない。真に理解したいのなら、偏らず分析し、消化し昇華する必要が有る」
「はい」
「悩みとは生きる事、命の有るモノにしか無く、獣には存在しないモノ。悪い事では無い、それは考える事も同じ事、良く考え悩むと良い」
「はい」
感情や欲望を引き摺り出し、目覚めさせる事は簡単な事。
だが、それは自然だろうか。
何処かに粗が出ないと、どうして言い切れるだろうか。
葛藤こそ、知恵の有る生き物の理。
悩みとは、生きる際に付属する重力。
重力無くしては、人は彷徨う事になる。
地に足を付けるには、重力は無くてはならないモノ。
『アズール、もう良いんですか』
「はい、ありがとうございます」
アズールに、やっと重力が備わった。
『バルバトスは遠慮は望まない筈です、いつ来ても構いません』
「あぁ、そうだな」
「はい、ありがとうございます」
『今日はアズールの好きなモノを食べに行きます、案内して下さい』
「はい」
「では、またな」
「はい」
『お邪魔しました、また来ます』
「あぁ、そうだな」
次は喜ばしい報告なら、良いのだが。
『はぁ、私、マトモですね?』
《おう、稼げるし、俺よりマトモだ》
妖精の試練が終わるまで妙さんの面倒を見る事になり、先ずは商店で野菜を売り。
次に監督所に来たんだが、前半でもう、コレだ。
いや、普通、大多数はこうだよな。
『あ、野菜、あんなに良い値で売れるとは思いませんでしたよ』
《作ってみて分かったが、やっぱり手間暇が掛かるしな》
『あ、特許とか有るんですかね、使用料のお金も』
《どうどう、落ち着け》
『すみません、何だかもう、グルグルで』
《だよな、分かる》
コレを見たら監督所の必要性が分かると思うんだが。
どうしてか、バカは自由にしろだ何だと言う。
もし、それで被害が出たら責任が取れなくてもだ。
『何か、こんな自信、付いて良いんでしょうかね』
《まぁ、最底辺じゃ無い事は確かなんだ、匙加減は任せる》
『ふぇい』
俺のストーカーは仕方が無いと思えたが。
この子のは。
「あぁ、妙ちゃん」
『あ、どうも』
「ココに居たんだねぇ、私も、死んじゃったみたいなんだよ」
『あぁ、そうなんですね』
「癌がねぇ。あ、コチラのお兄さんは、どなた?」
『知り合いで、付き添いをして貰ってるだけです』
「そう、やっぱり、妙ちゃんはモテるねぇ」
『いえ、コレは違うんです、事情を知ってる知り合いが』
「妙ちゃん、戻る気は無いのかい?」
『はい』
「分かるよ、けどね、いっそ切り替えてね。お父さんやお母さんの為にも、結婚しちゃった方が良かったと思うけどねぇ」
コレが、妙さんの本当の敵か。
小声でも反応してくれるか、シトリー。
《シトリー、居ないなら俺が暴れるが、どうする》
《はいはい、悪魔使いが上手になりましたね、レンズ》
《どうしてこんなのがココに居る》
《何故だと思いますか》
《まさか、免疫の為だとでも》
《はい、ご名答、正解です》
全部、悪魔の手の上か。
けど、実際に言えるのと溜め込むだけには、かなりの違いが有る。
だが。
いや、溜め込ませるのは良くない。
《妙さん、言いたい事が有るならハッキリ言った方が良い。コレは生きる悪しき見本だ、悪い意味で生かされてる、だけだ》
本当に居るとはな。
しかも、この中に。
この監督所の中で、職員として居るとは。