133 好意とは。
今日は東の紙漉き工房に行った後、香水屋に行きました。
そして夕食を食べ、もう眠る時間です。
『レンズは好きを分かっていますか』
《おう》
『混ざりたかったですか』
《おう》
『友人とは混ざりたく無いですか、ヴァイオレットが今度、3人で似たドレスを仕立てようと言っています』
《あー、それは少し違うな。友人とは似た部分を増やしたいだけ、混ざるって言うより、色を増やしたいだけだな。仲間だ、そう名実共に知らしめる為、確認し合う為に》
『けど恋心は違いますか』
《だな、出来るなら全部混ざり合いたい、少し足すだけじゃなくて染めたり染められたい》
『それが肉欲ですか』
《だけなら、それは単なる肉欲だけ、種を保存するか保護を求めているだけだ》
『守って欲しいと思いますか』
《いや、寧ろ守りたい。ただコレは立場や性別も若干関わると思う、少なくとも俺は守りたいし、混ざり合いたかった》
『もう良いんですか』
《若干な、圧勝の反対、完敗なんだ》
『どうしても勝てませんか』
《いや、模索中だが、かなり意欲は無くなった。ヒナを目の前にした蟻だ、勝てるワケが無い》
『私は強いです、蟻に勝つつもりは有りません』
《だろうな、状況がそんな感じだったんだと知ったんだ、俺は何番目か分からない蟻だ》
『でも私が居ます』
《それな、俺は出来るだけ俺の力だけで得たかった。相手の為に、自分の為に、けどそこも少し変える》
『魔獣を得ますか』
《おう、前向きに検討してる》
『玉響はどうですか、相性が良いです』
《あぁ、そうなのか、検討しておく》
人種は本当に勘が悪いです。
レンズは全く何も気付いていません。
何だかモヤモヤします。
『今日はアズールに寝かし付けて貰います』
《俺の兎姿がそんなに嫌か》
『いえ、ですが気分が変わりました』
《そうか、じゃあ、呼んでくる》
『はい、宜しくどうぞ』
兎になってからの変更は初めて、ですが。
一体、何が有ったのでしょうか。
「どうなさいましたか」
『モヤモヤしたので変えました、レンズは玉響の事に気付いていません。仕方無いとは思いますが、モヤモヤします』
ネネ様の精霊と、レンズ様。
「そうだったんですね」
『アズールは分かりますか、恋心について、混ざり合いたいと思った事は有りますか』
初めて与えられた考えで。
僕は。
「分かりません、思った事も有りませんので」
『アズールは関わりが多いのに分かりませんでしたか』
「はい、ですね。汚く臭い、毒草ばかりでした」
だからこそ、バルバトス騎士爵は僕を外に出した。
僕の為に。
『良い匂いも有ります、アズールも知るべきです』
「はい」
『玉響は放っといて欲しいそうです、でもモヤモヤします』
言いたくとも言えない。
だからこそ、今日は僕と交代なさった。
「では、レンズ様の勘を信じては如何でしょうか、目覚めたばかりですが鋭いかと」
『はい、そうします、おやすみなさい』
「はい、おやすみなさいませ」
僕はただ、こうしてお傍に居たいだけで。
混ざり合いたいとは思ってもいない。
ただ、お支えしたいだけ。
《あぁ、おはよう》
「おはようございます、少し、宜しいでしょうか」
アズール少年の火薬庫は鎮火はしても、まだ火種が燻り続けている。
《あぁ》
「失礼致します」
燻り続けているのは別に良いんだが。
少しでも方向を間違うと、俺や香水屋と同じ運命を辿りそうだ。
《で、どうした》
「混ざり合いたいとは思えません、やはり僕は」
《待て待て、混ざり合いたいと思うだけが恋心じゃないからな。アレは例えだ、俺の場合のな》
「では、一体」
《傍に居たいだとか、喜んで貰えて嬉しいだとか。好意を得たい、自分に似ている部分が嬉しい、もっと自分の事を考えて欲しいとかも有るからな》
どれかは、当て嵌まってくれたか。
「ですが仕える者としては」
《似ているが違う部分も有る、今は良く考察しろ。自分がどう感じるか、どう思うかを受け止める時期だ。焦って出した答えなんて碌なもんじゃない、良いな?》
「はい」
拒絶したいのは分かるが。
ダメだ、絶対に拒絶させないからな。
『早いね、次の日に来るなんて』
《あの執事がヒナの事を気になってるんだが、拒絶しようとしてやがる》
『あぁ、シルキー種には良く有る事だよ』
その殆どが恋に臆病になるか、何処までも追い掛けるか。
《それは分かるんだが》
『嘆きのバンシーとなるか、最悪は命を落とす事になる』
拒絶は死を招く。
けれど、誰にでも忌避する権利が有る。
この世も、相性だけで縁は繋がらない。
《けど、だからって拒絶はダメだろう》
『それだけ重要だって事を、無意識に無自覚に理解してるからこそだよ。彼の中の比重が、一定の重さに達してるんだね』
好意の前には興味が先立つ。
《で逃げるのか》
『経験が浅い子や、精霊との繋がりが薄い子は、寧ろ好意を直ぐに自覚する。結局は家族か周囲が、どちら側かに傾くのを防ぐ事になる』
追うか、逃げるか。
どの道、どちらかの対処をせざるを得ない。
《そうか、成程な》
『大変だね、お兄さん』
《改めて自覚すると、ココは本当に違うんだな》
僕も最初は、何て果てしないのだろうと思っていた。
知識を求めるにも、それなりに胆力が必要になる。
『幸いにも2人には寿命が無いのだろうし、焦る必要は無い筈。けれど、今度は君がモヤモヤするワケだ』
《だなぁ》
今の彼には意地悪かも知れないけれど、自身の問題にも目を向けさせる必要が有る。
『君の為に別の香水を調合してあるんだ、はい、どうぞ』
試香紙を渡して直ぐに、理解したのか。
僕の新しい友人は、カウンターに乗せていた腕に顔を埋めた。
《はぁ》
『その反応からして、この香水が何か分かってくれた様だね』
《あぁ》
『家族の事も大事だけれど、自分の事も少しは考えた方が良い。敢えてキツい言い方をするよ、家族は君の気を紛らわす為の道具じゃない』
逃げ込む場所だけれど。
逃げる為の道具じゃない。
《あぁ、そうだな》
『楽しめとは言わないけれど、少しは健全な趣味を持った方が良い、君にも気を紛らわす道具は必要じゃないかな』
《あぁ、にしても凄いな、本当に》
『人の何倍も嗅覚が良いし、何より本人を知ってるからね』
僕が作ったのは、彼女を思わせる香り。
彼女を思い出させる香り。
小指の爪程にも満たない、ほんの少しの量だけ。
《欲しくないんだが》
『君が趣味を見付けるまで持ってて貰う、じゃないと出入りは禁止にする、2人共ね』
《そこまでしなくても》
『本当にそう言える?向こうよりは遥かに娯楽が少ない、それに、君が自身の事に時間を割いている様には思えない』
服装や髪型に気を使っている気配も無い。
僕がそうだった様に、自身に目を向けている様には思えない。
《失くしそうなんだが》
『近くの雑貨屋に小物入れが有るよ』
僕は同郷との関わりも拒絶していた。
けれど、こうして背を押してくれる誰かが欲しかったと気付いたのは、独立し孤独に気付いてから。
《はぁ》
『大丈夫、もし失くしても代金は請求するし、また作るから』
《良い意地悪だな、畜生》
『ありがとう、素直にお礼だと受け取っておくよ』
趣味なんて、本当に何も無かった。
全てが仕事に直結して、だから全てが仕事だった。
『海が好きですか』
《あぁ、だな》
今までに行った家族旅行は2回。
1つは海で、1つは遊園地。
弟は、ずっと大事にしてたな。
海で拾った貝殻と、遊園地の半券。
『ウ〇コですか』
《あぁ、寒いしな》
ココらの大陸の殆どが水に囲まれてはいるが、地獄の北半分が海水。
南側は真水や汽水域。
あぁ、川にも連れてってやんないとな。
『初めて来ました』
《だよな、どうだ》
『ワカメの匂いがします』
《あぁ、確かにワカメだな》
『何で笑ってますか』
《俺は海の匂いって呼んでる》
『コレが海の匂いか分かりませんでした』
《だよな》
『何で嬉しそうですか』
《もう少し暑くなったら、海で遊ぼうな》
『川ではダメですか、ベトベトする気がします』
《じゃあ両方だ、それに山にも行こう》
『山で何をしますか』
《あー、俺も分からん、ネネに聞くか》
『はい、私もアンバー達に訊ねてみます』
確かに、頭で考えるばっかりじゃなくて。
こうして経験させる事も必要だよな。
《あそこ、土産屋らしいな》
『競争です』
コレだよなぁ、子供って。
本当なら、こうだよな。