132 父の日の準備。
今はお父さんの日の準備をしています。
母の日には花飾りを用意して、お花を用意して、私が作ったカットガラスの細い花瓶を用意しました。
ですが先代は来ませんでした。
それは分かっていた事なので、いつ来ても良い様に箱にしまいました。
箱の中に今日までの日記と花瓶、花をドライフラワーにして、それと花飾りを少しクッションの為に入れました。
外側は学園の授業で色付けをした紙を包装紙にして包んで、リボンは1番のお気に入りを巻いて、残りの花飾りを付けました。
この案はアンバーが教えてくれました。
どうしてもお誕生日や記念日に会えない時は、こうして箱に詰めているんだそうです。
《良い色だな》
『はい、この色も良いと思います』
今はお父さんの日の包装紙を作る為、レンズと一緒に東の紙漉き工房に居ます。
「下の紙に絶対触るなよ、歪んだらやり直しが効かないんだからな」
『はい、気を付けます』
工房の長は東の国で修業した凄い方です。
凄く薄くて大きな紙を作れます。
試しに小さい木枠で紙漉きをしましたが、どうしても厚くなってしまいます、凄いコツを得ている職人です。
《はぁ、この位にしておくか》
『台無しにして良いですか』
《断る》
レンズは名刺用の紙を作っています。
魔獣探しやお仕事に使うんだそうで、後何枚か大判を作ります。
私は残り1枚です。
3枚合わせて包んで先代に送ります。
お父さんの日の飾りはレンズとアズールと相談して、男用にする事になりました。
色に性別は無いですが。
お母さんの日は黄色と白と赤だったので、反対の色の青と黒と緑にします。
お母さんとお父さんは、本来は補い合うんだそうです。
お互いに得意な事をして、家が滞りなく回る様にする。
それが夫婦で家族なんだそうです。
殆どの人種が、そうなんだそうです。
ですが、稀に別々に暮らす事も有るそうです。
大好きでも、どうしても長く一緒に居られない。
獣の本能が強い人種も居るそうです。
家族だけが欲しい者も居るそうです。
『出来ました、乾燥させに行きます』
《おう、声出しな》
『はい、通りまーす、通りまーす』
紙漉きは繊細です。
ぶつかって少しズレるだけで、穴が開きます。
穴が開いたら塞げません、汚くなって脆くなります。
なので一からやり直しです。
どんなに綺麗に加工しても、最初からやり直しです。
「おう、上手に持って来れたな」
『はい、帰りも気を付けます』
「おう、頑張れよ」
『はい、通りまーす、通りまーす』
ガラスも好きですが、紙も好きです。
それに香水も。
「お、戻って来てどうした」
『香水を嗅ぐ紙はココで良いですか』
「成程な、練習生にやらせるか」
『はい、宜しくお願いします』
香水屋でも紙を使います。
紙は便利で凄いです。
『可愛い試香紙だね』
『はい、作りました』
《自分で裁断もしたんだよな》
『はい、痛いのは嫌なので緊張しました』
『じゃあ今日は休憩からにしようか』
『はい、休憩します』
子供は可愛い。
以前は幸せそうな子供程、憎らしかったけれど。
今は不幸な子供を知っている。
自分より不幸な子供、虐げられていた子供達を知っている。
《はぁ、本当に緊張したな、あの工房は》
『そうなんだね』
『凄い緊張感でした、ガラス工房は危ないので分かりますが、真剣がいっぱいでした』
《あぁ、だな》
『レースみたいな和紙は初めて見ました、知っていましたか』
『あぁ、最高級品だからね、幾つかお屋敷で見た事が有るよ』
《マジか、アレ凄い高いんだろ》
『普通の和紙の何倍もの値段だと聞きました』
『僕も値段を知らないけれど、とても良い場所に飾られていたよ』
《あぁ、俺に興味が有ればな》
『レンズは人が好きです、物が好きな者とは違う気がします』
『そうだね、僕もそう思うよ』
《ならアンタはどっちなんだ》
『僕は、どっちも好きだよ』
『だと思います』
《だな》
『けれど、僕の年齢で子供が居ないのは珍しい、レンズもね』
『はい、珍しいです』
《追々な》
『羨ましいね、僕にはまだ恋心すら分からないんだ』
『私と同じです、仲間ですね』
『ふふふ、そうだね』
《アンタ、アレじゃないか》
『ノンセクやアセクね、かも知れないね』
『もしかしたら私もそうかも知れません』
『君はまだ、とっても若いから、まだ心配しなくても大丈夫だよ』
『はい、友人も好きな人は居ません』
『それは良い事だね、平和で穏やかで幸せだからだよ』
《あぁ、庇護者を請う事にも繋がるか》
『うん、僕は僕を保護してくれた悪魔を好きになった、けれどそれは違うときっぱり断られた』
保護者を好きになるのは、生存に不安を抱える生き物が、無意識に無自覚に発する防衛反応の1つに過ぎない。
その相手を守りたいと思えない限り、決して君の好意は純粋な好意では無い、と。
『好きを間違う事が有りますか』
『うん、守って貰いたいから好きになる。心の拠り所を強固にする為、失わない様に好意を示し、守られる為の防衛反応』
『私は強いので守って貰う必要は有りません』
『けれど指標にはしてる筈、その指標を守る為、好意を示し示される。互いに利益が無いなら、生き物は動かない』
『利益』
『居るだけでも安心する、傍に居てくれるだけで嬉しい、好きな相手から好きを得たい』
『家族もそうです』
『その相手と溶け合いたい、混ざり合いたい』
『分かりません』
『そうだね、まだまだ成長が必要だからね』
『経験と学びで得られますか』
『それと沢山出会う事、些細な違いが大きな違いになる、とても似ているけど全く違うと気付ける様になる』
『はい、そうします。おトイレに行ってきます』
『行ってらっしゃい』
自身が抱える不安を理解しても、恋心だと否定したかった。
けれど、自身を否定したくない事に気付き、恋心では無かったのだと理解させられた。
《そう分かっているなら、ノンセクでは無いんじゃないか》
『君も良く分かるだろう、良い相手が居れば、けど自分から探しに行く気が無い』
叶わない辛さを知った。
理解する辛さを知った。
《アンタの悪魔は、それを願っているんだろうか》
『なら君の悪魔は、そう願っているんだろうか』
分かっていても、受け入れられない。
受け入れる利が、まだ無い。
《コレから凄く恥ずかしい事を言うが、良いか》
『今更、僕らの仲じゃないか、どうしたんだい?』
《俺は友人らしい友人が居なかった、損得だけで考え、相談すら利用してた》
『また、賢い自慢かい?流石に怒るよ?』
《いや、友人になって欲しい、けど俺が与えられる事がそう無い気がする》
良い年をして何を言ってるんだと思われても仕方無いが、年を食えば食う程、こうした事が難しくなるんだ。
仕方が無いだろ。
『ふふっ、ふふふ』
《幼稚で悪かったな、仲間は居ても友人は、殆ど居なかったんだ》
『ふふ、それはどうだろうね、君だけが未だ友人ではないと思ってただけかも知れない。今と同じでね、僕としては友人だと思っていたのに、悲しい限りだよ』
《いや、友人の概念が》
『そうだね、君のはココでも歪んだ考え、気が合う仲間は友人じゃないかな?』
《あぁ、警戒心が高いんだ》
友人なら、そう考えた事は有る。
だが俺が、一線を引いていた。
『だろうね、僕もそうだったよ』
《なら、どうすればアンタみたいに》
『そのままで良いと思うよ、歪みには理由が有る、それを直す利があまりに少ないから直さないだけ。それに、受け入れる側に大して不利益が無いなら、矯正を望むのは間違いなんじゃないかな』
《あぁ、だよな、全くピッタリ合うなんてそう無い》
『そうそう、君は警戒心が高く実際に失敗も経験している、なら警戒心は必要な道具。その道具に不快感を示すなら、どう足掻いても理解し合えない、合わないと言う事』
気が合う仲間。
友人なら、そう思える相手。
《勝手に遊びに来るからな》
『良いよ、あぁ、僕にも利が有るよ』
《何だ?》
『売り込み方を実践しながら教えてくれたら、とても利になるし、宣伝もしてくれると助かるよ』
《宣伝しなくても、そこそこ来るだろ?》
『僕らみたいな者に、だよ。ココを中世だと思い込み、香水屋が有るとすら思って無いか、そもそも無いと思っているらしい』
《あぁ、ハーブ屋だポプリ屋だと有るからな》
『そうそう、来ても貴族が殆どなんだ、香りは仕事の邪魔になるからね』
《殆ど常連か》
『だね、庶民用の小さな香水瓶も置いてはいるんだけど、やっぱり貴族用の印象が強いらしい』
《何処まで忙しくなりたい》
『本当に、頭にくるね君は、僕がどれだけ悩んでたか』
《少し営業すれば良いだけだろ、それこそ監督所や何かに行けば》
『もう良いですか、お菓子が食べたいです』
《あぁ、待っててくれたのか、すまんすまん》
『何処に行きますか』
《宣伝にな、監督所はどうだって事になってたんだ》
『忙しくなりたいですか』
『程々にね、でも動くのが、少し面倒なのも有るんだ』
『レンズがすれば良いです』
《決め打ちな》
『ふふふ、頼めるかな、程々で』
《程々で、な》