129 黒蛇とレンズ。
《早とちりした》
《そうさせたからな》
本当に、侮れないな。
《俺がアンタの能力を》
《モノによるが、必ずしも与えられるとは限らない》
《そうか》
《知識を得たいなら相応のモノを、セイレーンに火は起せても鬼火止まりだ》
《成程、アンタは優しいな》
《あぁ、こう見えて諍いは求めない、そして安らぎを与える事を良しとしている》
《看取って何を得た》
《喜びと悲しみ、それだけだ。だからこそ人種を求めた、得られない何かを得る為、いつか共に居る幸福を得る為に》
《アンタも、好きなのか》
《好いと思わずして出来る行為か》
《いや、本来は、違う》
《能力次第だ、そこまで互いに求めぬなら、そこまでの行為は行わない》
《だが妖精は》
《アレはアレなりに考えての事、ネネの逃げ場を外に作った》
《あぁ》
《好まぬモノに手を貸す程、我々は悪趣味では無い。良いか無関心か、それだけだ》
本来の中世とは違い、ココは豊かに穏やかに暮らす世界。
だよな、魔獣だからと言って必ず気性が荒いワケじゃない。
俺は全然、まだまだ馴染んで無い。
お客様のまま。
自分の身すら守れない。
《虎の様に拘ってるつもりは無かった、見栄を張るつもりも無かった》
《仕方が無い、聞きかじりでしか知らないが、向こうは単独でも生きられるのだろう》
《いや、本当に独りは難しい、そう生きてるつもりも無かった》
《加減が難しい、か、だが人種には良く有る事だろう》
《本当に、優しいな》
《惚れてくれるなよ、今はネネだけで良い》
穏やかで綺麗で、おまけに知識も能力も有る。
俺には何の勝ち目も無かった。
ずっと、最初から。
《アンタみたいのを紹介してくれないか》
《ふふふ、世渡りが本当に上手いな、どうかネネに授けてやってくれ》
《あぁ、出来るだけする》
俺の見立ては間違い無かった。
ネネは良い女だ、だからこそコレだけ守られてる。
俺の出番は最初からココには無かった。
それにコレからも、全く無いだろうな。
《そう気を落とすな、勘を頼れ、随分と鋭くなっているだろう》
《分かるのか》
《僅かな気配を、だがココに来て直ぐの事だ》
《あぁ、気を張ってたからな、けど全く自覚が無いんだが》
《野生の勘だ、いつか合うモノに会えば分かるだろう》
《だと良いんだがな》
打ちのめされたと言うか、寧ろ清々しい程の完封試合が終わった感覚かも知れない。
全く隙が無い上に、既に順番待ちが何人も居る。
とんでもなく遠い存在で。
今は近い存在。
『終わりましたか』
《おう、ありがとう黒蛇》
《いや、単なる老婆心だ、気にするな》
《ヒナ、折角選ぶなら、黒蛇みたいなのもアリだな》
『はい、考えておきます。皆で苗を植える競争をします』
《おう、行きますか》
《あぁ、老体に鞭打とう》
『はい、頑張って下さい』
子供と田舎って、かなり相性が良い事が分かりました。
何でも遊びにするんですよ、本当。
何も無くても楽しめる。
《クソ》
「玉響ちゃん、流石です」
《ふふふ、ありがとうございます》
『私と似た背格好なのに強いです』
《コツですよ、コツ、ふふふ》
『どうすればコツを掴めますか』
《数をこなす、ですかね》
モロヘイヤ、枝豆、トウモロコシ。
空芯菜、紫蘇、つるむらさき。
今回はある程度、一気に成長させるので。
間引きが必要なニンジンは追々となりました。
そして、どれももう、玉響ちゃんが圧勝です。
そこに、しれっと執事君が総合2位。
我々はヒナちゃんと競う、と言う事態になりました。
《俺に田舎暮らしは無理だ》
《大丈夫ですよ、慣れですよ慣れ》
「田植えは毎日ではなくても、コレから手入れが続くんですよね」
《はい、ですね、でもそれこそが醍醐味ですよ》
「だそうですし、お願いしてみましょうか」
『はい、宜しくお願いします』
「はい」
生やすのは執事君なんですが。
凄い、キモい。
《まるで早回しだな》
「ですね」
ウネウネ、ニョキニョキと。
コレは、ちょっとキモいんですが。
《凄いな》
「良く平気ですね」
《ダメか》
「はい、ちょっと無理ですね」
ですが、ヒナちゃんはもう。
目がらんらん、キラキラでは無くらんらんです。
『次は雑草取りで競争です』
《休憩させてくれ》
《根が定着してからの方が良いですから、水を与え少し成長させてから、雑草取りを致しましょう》
『はい』
ヒナちゃんと玉響ちゃんのコラボ。
良い、和洋折衷で凄く良いです。
《マジで寝てんのか》
《そうですね》
ネネ様は部屋で独特な動きをなさいますが、あまり動かれませんし。
相変わらず真面目にお勉強をなさっていますから、相当に良い気分転換となったのでしょう。
《アンタは》
《ネネ様の背に居るモノの妹、従姉妹です、ふふふ》
私は従属しては居りませんが、ネネ様と繋がっている。
そして庭に住むモノ、ネネ様に従属するモノの情報にも繋がれる。
《そうか》
《私は限りなく精霊に近いモノ、種別は鉱物種、響くモノです》
《あぁ、ドワーフとかか》
《だそうで、曇りが随分と晴れましたね、少しは良い音で鳴りそうです》
あぁ、戯れに触れなければ良かった。
こんなに共鳴するだなんて。
《今の、魔法か何かか》
産土より遠く離れ様とも、私はネネ様の魔獣を媒体とし、根源との繋がりは衰えない。
彼にはまだ受け入れられるだけの器が無い、その器にはネネ様への想いで埋まっている。
私の入る隙間は、欠片も無い。
だと言うのに。
《静電気、かも知れませんね、失礼しました》
兄妹揃って、とても難しい相手と繋がっている。
神在月の出雲の方は、何をお考えになってらっしゃるのでしょうか。
《どんな兄貴だったか、聞いても良いか》
《とても無口で不器用で、神と崇められる事を非常に避けていたお方……》
最初から、私に興味が無い方でした。
単なる従姉妹、妹として私を扱い、私は兄として慕った。
《想いは無かったのか》
《はい、違うと互いに理解しておりましたから、形式上の妹なのです》
《あぁ、そう言う事か》
《流石です、博識でらっしゃいますね》
《馬鹿にされるのが嫌で、必死に勉強しただけだった》
《ですがご兄弟を助けた、手段は間違えど心意気は確かに正しいモノでした》
《だが、俺の様な者が居ると、不安じゃないのか》
《ふふふ、アナタに何が出来ますでしょうか、私達にとっては蟻も同然。如何様にも処分が出来るのですよ、どの様な脅威になると言うのでしょうか》
コレは、単なる脅し。
ですが。
《あぁ、だよな》
無力な人種には良く効く。
《ココは、求めなければ何も得られません。求めるべきは何か、それに気付く事が出来たなら、少しは手が届くかも知れませんね》
《いや、何回か生まれ変わってから考える、それより今だ。ココには無くて向こうに在るモノは何だ》
少しずつ、ネネ様の影が消えていく。
今の私には喜べない事。
出来るなら、まだ思い出にして頂きたく無い。
《お醬油や泡盛、清酒、それら以外ですね》
《魔獣か何かを得たいと思ってる、出来るなら知識が欲しい、安全なココの知識を》
新しい出会いは、想いを思い出にさせる。
風化させてしまう。
《では、双方のモノが必要ですね、東の国は何処とも繋がっては居りませんから》
《アンタは大丈夫なのか》
《はい、私は特別ですから》
不器用で真っ直ぐで、お優しい。
良かったですねお兄様、アナタ様の方が少し先に出会えていた。
僅かな差が、出会いを分けた。
今を変えた。