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126 獣と魔獣。

 大昔、1人の女性がやって来た。


 だが女に特別な知恵も技術も無く、独りで生きる術も無く。

 諦めた女は、密林へと向かう他に無かった。


「やっぱり」


 初めてでありながらも、ココに似た何処かを良く知る女。

 その女の前には、1匹の獣。


 黄金に黒い縞を持つ、雄の虎が居た。


 そして女は服を脱ぎ、横になり祈った。

 せめて苦痛が長引きませんように、と。


 けれど獣は立ち去り。

 暫くして1本の櫛を咥えやって来ると、女の近くに置き、横になった。


「コレを、使えと」


 虎からの返事は無いものの、女は怯えながらも櫛を取り、虎を撫でた。


 虎はとても気に入ったので、人種を飼う事にした。

 この世界で初めて、獣が人種を飼う事になり。


 初めて変化を手に入れました。




「はぁ」


 最初は果物と水場だけで良かった。

 けれど人種は獣とは違い、とても手間の掛かる生き物。


 石鹼が無ければ満足に毛繕いが出来ず、雨風を凌げなければ容易く弱り。

 夜目も効かず、牙も鋭い爪も無い、弱く脆い存在。


 このままでは、いずれ弱ってしまう。

 そこで悪魔は手伝う事にした。


《どうも悪魔です》

「ひっ」


《あぁ、ご心配なさらないで下さい。アナタが最低限生きられる様に、少々お手伝いをするだけですから》


 悪魔はその場に家を生やし、その女が最低限生きられる様にしました。

 ですが獣は悪魔であれ何であれ、テリトリーに入られた事に苛立ちました。


「ありがとうございます」


 けれど女の機嫌が良いので、許しました。


 それ以降、獣は女を家から出さなくなりました。

 そして家に入る時は、戸を3回引っ掻く様になりました。


 以来、良く手入れをされる様になった獣は、毛艶が良くなり雌にも認められ。

 とうとう獣の頂点になると。


 更に人種を真似る様になりました。




「何で」


 若い黒豹が女の家に訪れました。

 しかも獣を真似、戸を3回引っ掻き、女に戸を開けさせると。


 女の上に覆い被さった。


 驚いた女は、いよいよ最後だと思いました。

 ですが黒豹は、そのまま家の中を彷徨い、新しく使われていない櫛を見付けると。


 女の前まで咥えて行き、落とすと俯せになりました。


 テリトリーに入られた女は、もう既に死を覚悟していました。

 獣に殺されるか、黒豹に殺されるかです。


 女は諦め、櫛で黒豹を撫でると。

 黒豹は獣と同じく、ゴロゴロと喉を鳴らしお腹を見せました。


「コレが終わったら、どうか一思いに殺して下さい」


 獣は悪魔ですらテリトリーに入る事は許しません。

 きっと自身も黒豹も殺されるだろう、そう女は諦めていました。


 そして黒豹は起き上がると、女の服を剥ぎ。

 自分のモノにしました。




《あぁ、折角です、争う前に選んで頂きましょう》


 獣は黒豹と女の混ざった匂いを嗅ぎ付け、急いで家にやって来ると。

 雄々しくも恐ろしい咆哮を響かせた。


 そして家の中から飛び出して来た黒豹に、獣が飛び掛かろうとしたその時。

 悪魔が仲裁にやって来ました。


 そして、女にどちらかを選ばせようとしました。


 ですが直ぐには女は選べませんでした。

 命を救い守ってくれていたのは、確かに獣なのですから。


「同じ歳月だけ、黒豹に時間を与えては頂けませんか」

《良いでしょう、では同じ歳月を、黒豹と共に過ごしてからで》


 悪魔は不公平が好きでは無いので、獣と同様に黒豹にも人種の知恵を授けました。


 するとどうでしょう、女は以前よりも幸せそうです。

 人種を真似られる様になった黒豹が、底を尽きる前に石鹸や薪を籠に入れ、持って帰って来るからです。


『愛してる』


 そして黒豹は人種の言葉を話し、女の世話を焼き。

 いつも傍に居ました。


 ですが、全く相手にされなくなった獣は不機嫌です。

 家の前に来ては、獣の言葉で黒豹を謗りました。




《獣として頂点を目指そうとせず、女の匂いばかりさせ、お前は獣として失格だ》


 黒豹は人種の言葉で返しました。


『獣として愛しているなら、彼女を獣にすれば良かった、何故しなかった』

《獣は櫛を使いこなす事は難しい、それに女が望まなかった》


『なら望ませれば良かった』

《その女は我儘だ、他の雌に、人種の雌に嫉妬した》


『あぁ、だから君は獣のまま、なら彼女は君を選ばない』

《何を言う、俺こそが獣の頂点、雌は俺を選ぶに決まっている》


『獣なら、けれど彼女は人種だ、絶対に君を選ばない』


 そうした言い争う声を聞き目覚めた女が、戸を開けました。


「また、まだ期限までは有るでしょう」


 獣は怒りから咆哮を浴びせ。

 黒豹は彼女を背に庇い、獣が放った言葉を教えました。


『君が自分を選ぶに決まってる、そう言っていたんだ』


 女は俯き、拳を握り震え出すと。

 怒りを露わにしました。


「私には石鹸が必要なの、炭や薪が必要なの。幾ら他の獣から守ってくれていても、私は生肉だけでは生きられない、石鹸や家が無ければ満足には生きられない生き物なの」


 獣は反論しましたが。

 女には通じません。


『家を守った、水場もエサも与えてやっただろう、と』

「アナタ達獣には足りても、私は違う。石鹸が無ければ満足に毛繕いが出来無いの、毛皮が無いから布が無くては凍える、火が無ければ暗闇で動けない。足りなくて辛かった、大変だった、何度もお願いした。なのにアナタは、獣の雌だけなら良かった、なのに人種の雌にまで手を出した」


 更に獣は反論しましたが、女には通じません。


『頂点として、種を繁栄させるのが義務だ』

「私には関係無い、私が望んだ事じゃない。生きてるだけで、これっぽちも幸せじゃなかった」


 散々に怒った女は、とうとう泣き出しました。


 女は獣の雌と何をしようとも、嫉妬すらしませんでした。

 ですが、人種の雌にまで手を出したと知った時、怒りと悲しみが湧きました。


 また、こんな思いをするだなんて。

 また、こんな事になるだなんて、と。


 その涙の匂いを嗅ぎ付けやって来たのが、黒豹でした。


 黒豹は、ずっと獣と女を観察していました。

 そして櫛で撫でられる事に興味が湧き、命を賭け家に向かった。


 黒豹は女も櫛も気に入った。

 だから争う事にしたのです。


《そろそろ、選んでも宜しいかと》


 痺れを切らした獣が襲おうとした瞬間、悪魔が間に入りました。




「私は、彼を選ぶ」

《では名付けてやって下さい、そうして彼はアナタのモノに、アナタは彼のモノになる》


「私で良いの」

『勿論』


「黒曜」

『うん、君だけを愛する、大切にする』


《何故だ、何故》

《アナタは人種になれたのに、言葉を交わす事もしなかった。アナタの最低限だけを与え、アナタと同じ獣扱いし、獣の本能のみを優先させた》


《何が悪い》

《いいえ、良い悪いでは無い。コレは獣と魔獣の境界線、アナタは獣、彼は魔獣。アナタは魔獣にはなれなかった、それだけです》


 以降、獣は獣のまま、人種を真似る事は出来ず獣のままとなり。

 魔獣は人種への変化を獲得し、その知恵は血によって受け継がれる様になった。


 愛しい人種の為に、魔獣はその血に知恵を残した。

 いつか、自身の様に人種を愛しても良い様に。

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