123 ムチムチ。
「ムチムチ」
『お好きですか』
「はい、お膝に来て頂けますか」
『はい、どうぞ』
ムチムチ。
ムニムニ。
子供は細いよりは太ましい方が良い。
犬やペンギンだってそうです。
モコモコでモフモフで可愛らしい。
ガリガリだと心配で堪らなくなる。
「このままで差し障りが無いなら、私はこのままでも良いと思います」
『前は、瘦せ過ぎですか』
「と言うか、ギリギリ、ですかね。何か有ったら死んでしまうんじゃないかと、若干、ですね」
『いつまでムニムニで大丈夫ですか』
「向こうでは、初潮を迎える頃まで、ですかね。ですがウチは瘦せ型でして、はい、そうした事が遅れがちな家系でしたね」
『妊娠に影響しますか』
「しますね、なのに、愛していたのに食べさせなかった親が居るそうです」
『何故ですか』
「その当時出たばかりの記事だったので、詳細は不明ですが、いつまでも子供で居て欲しかったのだと思います」
『レンズ、大人になって欲しいものでは無いのですか』
《勿論、ただ少し分かる事も有る。大人には大人の苦労が有る、それにいつまでも親が介入出来るワケでも無い。だから、出来るなら子供のままの方が良かった、楽だし安心だ。とでも思ったんだろうな》
「よっ、流石です」
『ネネさんもそうなのかもと思いますか』
「小さきものはいとおかし、大昔から小さい子供も生き物も可愛らしい、と思われていますから」
《そう進化したらしいって噂も有る、保護される為、可愛らしいからと保護される様にと》
「そのお陰か、熊と狼が仲良くしている事が目撃される事も有りますし、犬が人を育てる事も有る」
《どう思って育ててるかは分からないが、実際に向こうで犬に保護されていた少女が居たからな》
『どう、なりましたか』
《喋る、が分からないから相当に大変だったらしいが、何年も掛けて多少は人間社会に馴染めた》
『何故、そうなったのでしょうか』
「お酒だそうです、両親共にお酒に依存していた、そして少女は家の裏の犬小屋で過ごす様になった」
《それとジーニーと言う少女だな》
「あぁ、概要だけなら」
『どの様な女の子なのでしょうか』
《生まれて直ぐ、12年間閉じ込められ、話す事も禁じられていた。外に出たのは約13才の時、見た目は6才か7才に見えていた》
そこまでしか知りませんでしたが。
詳細は更に悲劇的でした。
父親により、日中はオムツを付けられ子供用の椅子に座らされ、夜は拘束具を付けられ檻に入れられた。
そして食事は子供用のミルクのみ、何か喋ろうとすれば棒で叩かれ、話し掛けられるのは犬の鳴き真似だけ。
母親と兄が居たが、父親を恐れ逆らえず。
母親がジーニーを連れ逃げ出す頃には兄は家出し、事件化し裁判に掛けられる前に、父親は【世界は決して理解しないだろう】との遺書を遺し自殺。
そして少女には特別に訓練要員が用意された。
言語学者や心理学者、様々な者が協力し言葉を教えたが、限界が有った。
言語には成長限界が有る。
『ウ〇コですか』
「ですね」
向こうに戻れた事には、メリットも有る。
ヒナの為に学べた事だ。
《表情模倣、同調表情は分かるか》
「いえ、言葉通り、字面でしか分かりませんね」
『はい、分かりませんが、同じ表情をする事ですか』
《笑顔を見たら笑顔になる、悲しい話で悲しい表情になる、他の誰かと同じ表情を無意識に生じる現象。どうしてだか分かるか》
『分かる為ですか』
《だな、それと一緒に感じる、共感は連結だ》
『何故、私は出来無いのでしょうか』
出来て無い事に自覚は有る。
しかも敢えて考えず尋ねてくれるのは、信頼の証。
《同調する意味が無かった、同調出来る材料が無かったか、同調する為の部位が損傷していた》
『頭に怪我をした事は無い筈です』
《栄養が足りないと上手く育たない、損傷に類する何らかの成長不足が有ったかも知れない》
『ですが今は元気です』
《なら残りの2つ、意味が無かった、材料が無かった》
『その両方だと思います』
《けれど今は違う》
『はい、意味は有ります、材料も有ります』
《言葉も表情も、何かをするには練習が必要になる。ヒナは悪魔の血で補佐して貰ってる事が多いが、全てじゃない、慣れたり練習する必要が有る》
『はい』
《だが、表情を読み過ぎると疲れる、だから感情が特に大きくない限りは読まないで良い。先ずは信頼出来る相手が大前提だ、そこで同じ何かをしている時の表情だけ、真似する》
『ガラス工房は無です、真剣です』
《なら遊びでだ、色んな相手の表情を模写する》
『はい』
《模倣すれば、いつか勝手に出る、それに出ない原因を俺らは十分に理解してる。焦る必要も無いし、無理をする必要も無い、余裕を持って出来る時にすれば良い》
『はい』
笑い掛ける事も話し掛ける事も、触れる事も教育になる。
真似をさせる、模倣させるのが親なのに。
全く。
「あの、1つ宜しいでしょうか」
《おう、何だ》
「何処の国でも、それらに差異は無いのでしょうか」
レンズが止まりました。
思い出そうとしているのかも知れません。
《いや、すまん、そこまでは分からない》
「そうですか、では予想で構わないんですが、表情の大きさが国によって違うじゃないですか」
《あぁ、俺らの国は無表情がちらしいが、出て無いんだ》
「何で、勿体無い」
《いや、そう旅行に》
「何事も経験ですよ経験、私は嫌ですが、行ってれば表情の差異について更に分かったかも知れないじゃないですか」
《すまん》
「いえ、責めているのでは無くて、遠慮が有ったにせよ私だったら行ってたなと言う事です。何ですか、修行僧ですか、現地取材が悪なら理念なんて広められないでしょうが」
《ご尤も》
「もう少しマシな方を好いて下さいよ、アナタの背を押せる方は居なかったんですか」
『レンズ、ウ〇コですか』
「あ、すみません、あんまり自罰的過ぎて」
《いや、押してくれても、俺には行けなかったと思う》
「そ、責めるつもりは無かったんです、ただアナタには結婚する権利が有った筈。なのに」
《そこは本当、すまん》
『1人でウ〇コしますか』
《アズール、良いか》
「はい」
「本当にご」
《いや、違うんだ、後で説明する》
レンズの弱点は、家族から違うモノになった気がします。
「何故、僕なんでしょうか」
《どうにか、誤魔化したい》
「僕は色恋については不得手です」
《そう分かってるだろ、だからだ》
「悔しいのでしょうか」
《あぁ、悔しい》
「悲しいのでしょうか」
《凄く、辛い。アイツが居たら、背を押してくれてた、もっと知れて、楽だった》
「楽になりたいからですか」
《いや、ただ、幸せだったんだろうなと思うと。それが分かると、実感すると、凄くキツい》
「似た方は、居なかったのですか」
《避けた、遠ざけた。虚像に縋った筈が、実物はもっと、綺麗だった》
僕には判断しかねますが、本当にココまで苦しむべきなのでしょうか。
いつまで苦しみ続け、いつまで償いを続ければ良いのでしょうか。
「何故、下限や上限を定めなかったのですか」
《怖かった、理不尽で不条理な世界だと知っていたからこそ、許しも何もかもが怖かった》
「得る事が怖かった、だから虚像に縋った」
《もう戻れない、アレで終わりだと思ってた、なのに戻れた》
「どちらが本当か怖い」
《もう、本当に、また同じ事が起こったら。俺は、自分を保てる自信が無い》
コレは、過度な罰では無いのでしょうか。
コレで、本当に気が済むのでしょうか。