122 悪魔と失敗。
『初めて失敗しました、しかも2回もです』
かなり落ち込んでる、らしいな。
《そうか、初めてだったか》
『はい、耳を落としてしまいました、それにレンズに説明不足でした』
《耳を落としたのは仕方無い、アレは不可抗力だ、それに俺の事も挽回出来無い事でも無い。次はどうすれば良いか分かってるな?》
『はい、もう少し機会を探します、それとレンズに良く説明します』
《そうだな。そして俺は良く知らない物の説明を請う、今回は請わなかった、俺への失敗はお互い様だ》
『もう大丈夫ですか』
《おう、よしよし》
『ビックリしました』
《だろうな》
『生き返らせる事は出来ますが、少し怖かったです』
《大丈夫、全くの健康だ》
『何処も痛くないですか』
《おう。反省して改善点も既に出した、十分だ、寝ろ》
『はい』
向こうだと、この年に昼寝をさせないらしいが。
こうリセットさせるにしても、やっぱり必要だとは思う。
そもそも、寝る事で記憶が定着するとも言うんだし。
寝る子は育つって言うしな。
早いな、もう爆睡の域か。
《少し出掛けてくる》
「はい、行ってらっしゃいませ」
任せられて嬉しそうなのに、どうして自覚が無いかな全く。
「見ぃつけた」
屋敷の門を出て直ぐ、声を聞いて。
何処だココは。
真っ暗な部屋に、人影が。
《なぁ》
「かくれんぼしよう」
意識を失う前に聞いた声だ。
しかも、何なんだ。
《何でホラーなんだよ》
「10、9、8……」
薄暗いが僅かに陰影が見える中、ドアらしいドアを探して開けても。
レンガ詰みの壁、木の板が打ち付けられた壁。
壁、壁。
《ヒナ!!》
『はい、どうしましたか』
《悪夢の中に居るらしい、出してくれ》
『はい、捕まって下さい』
ヒナを抱き締めると、体が浮いた感覚が有った。
それから光の中に入ったかと思うと、勝手に体が動き出して。
《何でだ》
『干渉を受けました、また探しに行きます』
体がビクっと跳ねると共に、俺は起き上がったが。
「良かった、間違えた場所に行っちゃったから、どうしようかと思ったの」
聞き覚えの有る声。
《お前か》
「うん、私がアナタの番い、運命の相手」
触れられるだけで、激しい生理的嫌悪が沸き起こった。
コレが勘なのか。
《絶対に違う》
「酷い、まだ私の事、何も知らないのに」
《この状況はお前だろ、有り得ない》
「だって、仕方無いじゃない、私の都合の良い世界なんだから」
狂ってる。
知ってる。
狂気の目だ。
《何で、俺なんだ》
「だって、カッコイイから、こんな私でも愛してくれそうだから」
完全に狂ってるなら、まだ良い。
けどコレはダメだ。
コレは不味い。
《俺に、選ぶ権利は》
「有るワケ無いじゃない、だって私の世界なんだもの」
どうする。
全く意味は分からないが、魔法か何かでこうして。
何故だ。
悪魔や精霊が。
いや、抜け出したのは1人じゃないのか。
《監督所から逃げ出したのか、お前も》
「そうなの、流石、ふふふ」
どう抜け出す。
どうすれば抜け出せる。
《ヒナ、居るか》
「ロリコン、どうせアンタも幼女を育てて結婚するんでしょ。でも大丈夫、そんな外道な道には行かせないから」
《元々そんな気は》
「皆さん、そう仰るんですよ。なのに、どうしてか娶る。幼い子でも成長すれば良い、中身が大人だから身体は大人だからって、ロリコンの言い訳って本当に醜い」
《俺にそんな趣味は》
「けど、情愛が目覚めたら食べちゃうんでしょ?成長したからって、親代わりをしていたのに抱く、子供が同じ目に遭っても良いクソ野郎共が」
《俺は》
『レンズ、どうしますか』
「邪魔しないで、コレはアナタの為でも有るの」
『レンズは違います、それに好きな人が居ます』
「でも叶わないんでしょ、なら私でも良いじゃない?」
『どうしますか』
《無理だ、有り得ない》
「まだ私の事、何も」
《誰に襲われた、ソイツを恨んでるが、男には愛されたいんだろ》
「そうなの、愛されたい。他の人みたいに、普通に、何の悩みも無しに愛されたい。でも、無理なの、私みたいな女の物語、何処にも無いんだもん」
《なら、ココで》
「うん、だからココで叶えるの、他の物語みたいにバカばっかりで揃えて私が無双するの。私、バカだから、そうしないと何も褒めて貰えないから」
《違う、ココは違うんだ、ちゃんと》
「忘れたいけど忘れられない、だって、凄く嫌だったから。ずっと、ずーっと、終わったのに他の人がまだ虐めるんだもの」
《ココは違う、忘れる事だって出来る》
「もう、私の一部になっちゃったの、忘れたら私が欠けちゃう」
《なら補えば良い、ココで》
「嫌、もう努力したくない、もう疲れちゃった。だから全部を分かってくれて、愛してくれて、一緒に居れば忘れられる愛が欲しい」
《そう、やっと言ってくれたわね、良い子》
『アシュタロト、アナタの子ですか』
《そうなの、でも願いを中々口にしてくれなかったから、少しお散歩に出したの》
可愛いドレスもネイルも、幻みたいに消え去った。
逃げ出した時のまま、そのまま。
「そんな、私、魔法を」
《私が叶えてあげていただけ、彼の様に少し影が有る、大人の男が良いのね》
「嫌、用意された相手じゃなくて、私が選びたい」
《そうね》
「お願い、記憶を消さないで、もう同じ間違いは」
《大丈夫、アナタの辛い過去は消さない、アナタの一部だものね》
「嫌、箱庭に入れないで、物語にしないで」
《大丈夫、アナタだけの真実だもの、誰にも見せないわ》
「幸せになりたかった」
《そうね》
「何処に居ても、なれなかった」
《そうね》
「幸せになりたい」
《なれるわ、アナタみたいな子でも、幸せになれるのがこの世界よ》
「愛して」
《愛してるわ》
「愛されたい」
《愛してるわ》
「幸せになりたい」
《なれるわ》
綺麗じゃなくても、幸せになれるの。
《俺は餌か》
《勘が働いたでしょう?》
《あぁ、アレはどうなる》
《秘密、でも幸せになるわ》
《箱庭は、見れるのか》
《勿論、見て良い箱庭だけ、ね》
『私は寝ます』
《おう、助かった》
《さ、どうぞ》
悪夢以上に悍ましく、恐ろしかった。
全体の知能が低過ぎて結局は滅びる箱庭、嫉妬から大殺戮が行われる箱庭、同じ事をされ崩壊する箱庭。
何度も何度も繰り返し、あらゆる破滅を繰り返す箱庭。
《どうしてなんだ》
《考えてもみて、もし本当に存在していたら、どれだけの犠牲が出ているか。たかが物語、だなんて無粋な事は無し、人が生んだ悲惨な子達の怨嗟は何処へ行けば良いのかしら》
《だけか》
《それに、人って物語が大好きでしょう、だからこうして用意してあげているの。その人種が考えた最高の箱庭に入れてあげる為、味わって貰う為、お勉強の為に》
《あの子は、幸せなんだろうか》
《勿論、用意は嫌でも、運命は受け入れる子だもの》
《俺の箱庭も》
《残念だけれど無いわ、未だ、アナタは必要としてはいないもの》
都合の良い箱庭。
俺だけの、俺が幸せになる箱庭。
『おはようございます』
《おう、おはよう》
抱っこされました。
『どうしましたか』
《助けてくれてありがとう》
『家族として当然です』
《本当に、マジで怖かった、ヒナだけが頼りだった》
『シトリーも夢に介入出来ます』
《アイツ、本当に便利だな》
『レンズは私を食べますか』
《無い、絶対に無い、有り得ない》
『どうして言い切れますか』
《家族愛は発情しない、例えヒナがどんな美人に育っても、俺の中では小さな妹のままだ》
『でも他は食べるそうですが』
《稀だ、常じゃない、偶々で例外だ。自分より幼い者を食べてたらキリが無い、後が続かない、続く事が有ってもいずれ行き詰まる》
なのに、教師が生徒を食べます。
実の子を食べます。
他人に与えます。
行き詰まるのに。
途切れ終わってしまうのに。
レンズは、まだ悲しんでいます。
『箱庭を観ましたか』
《あぁ、あの子のじゃないが、似た子は幸せになれてた》
『合う子が見付かれば放つ、その為の保管場所だそうです』
《そうなのか》
『はい、アシュタロトは特に愛情深いですから』
《そうか》
『失敗を挽回します、奢ります』
《お、良い手を思い付いたな》
『はい、あの子に教えて貰いました、奢って誤魔化すのもアリだそうです』
あの子は優しくしてくれました。
心配して、色んな事を教えてくれました。
《そうか、じゃあ奢られてやろう》
『はい』
嫌な事をされたからと言って、無関係な誰かに嫌な思いをさせてはいけません。
ですが、幸せになる権利は有ります。
罪を犯していないなら、特にです。
《で、何を奢ってくれるんだろうか》
『ハギスです』
《お前、あ、逃げるな》
『逃げてません、走ってるだけです』