120 2人の少女。2
《ヒナ様、今日こそ》
『前から疑問だったのですが、答えて貰えますか』
《はい、私で良ければ》
『例え他者を害しそうな過体重だったとしても、どんなに醜くとも、関わらなければ良いだけでは無いでしょうか』
《一体、何を》
『因みにですが私は健康体重の範囲内です、アナタの範囲を侵略はしていませんよね』
《私は別に、ヒナ様が誰かを害そうなどとは》
『嫌悪するなら視界に入れなければ良い筈です、そう気にしなければ良い筈、アナタにはその程度の自由は有った筈ですが』
《私は》
『人には様々な理由が有る筈、なのに太っている事は怠けだ、無知な愚か者だ。悪だ、醜い、としか思わないのは何故ですか』
《そんな事は》
『何故、アナタには無関係な筈が、どうして見かけを気にするんですか』
《私は、ただ》
心配している、で突き通せると思っているのでしょうか。
《ヒナ様、やっと仰いましたのね、お労しや》
「本当、浅慮で押し付けがましい、まるで固定概念で出来た木偶の棒に。何故、どうして、ヒナ様が立ち入られなければならないのでしょうね」
『嫌ね本当、立ち入るべき場所と、そうで無い場所の区別が付かないのかしら』
《私は、本当に心配で、ヒナ様の為を思って》
『健康を害する可能性が有る、ですか、アナタは医者か相応の資格をお持ちですか』
《いえ、ですが》
『では根拠や論拠は有りますか』
《向こうには健康体重、BMIと言うものが》
『それは何処の国、どんな種類の者に対してですか、誰が決めた事ですか』
「失礼します、少し宜しいでしょうか」
『どうぞ』
「天文学者であり数学者、統計学者であり社会学者が、平均的な者を見い出そうとした方程式を元に作られた1つの基準点。医師でも無く、そうした研究者でも無い者が、健康指標を作る目的では無く作ったモノです」
彼女が勉強していたのは歴史書でした。
『成程』
「しかも年齢や性別、何処の国の誰か、そうした事で健康指標としてはかなり左右されます。塩分が良い例です、必ずしも一概に規制すれば良いワケでは無い、汗が出る土地と出ない土地が有るからです」
『そうですね』
歴史の有る土地なら、食事には理由が有る。
体重にも理由が有る事を、改めて学んでいたのだと思います。
《アナタ、なん》
「そうした指標を時には悪しき事にも利用しようとした専門家が動き、一時は痩せている事こそが健康だ、とされましたが。結果として、低体重は過体重以上の死亡率が有る、けれど大々的には広まってはいない。あくまでも目安の1つ、との結論に至っている筈ですが」
《何、アナタ》
「最たる問題は、過体重を醜いとしている事です、アナタにとっては殆どのヴィーナスや仏像が醜く見えているのでしょう」
《いえ、ですがアレは絵画や像、芸術品であって》
「ですが痩せた方が美しいと仰っていたのを伺いました、絵画や像で美しいとされなくとも、歴史に残らずとも」
《それは、時代背景と言うものが》
「少しでも美容体重を越えている者を醜いとし、より死亡率の高い痩せ過ぎを称賛する時代背景とは、果たして褒められるべき時代背景でしょうか」
《でも、だって》
「痩せて美しく、健康に。痩せ過ぎる事は過体重以上の死亡率であるとは警告せず、痩せは美しいとし数多の品物を売りながらも、日常的に口にする食品に対しての規制や気配りが無い。そうした二律背反的資本主義に傾倒し、一時は過体重者以上の数の摂食障害患者を死に追い遣る時代背景を、どう慮れと言うのですか」
《それは、行き過ぎる者が、確かに居たとは思いますが》
「美を健康とすり替え、痩せる為の品物を売ろうとする、一方で極端な過体重者を持ち上げ諍いを生み出す。そんな歪で偏らせている世に対し何の疑問も抱かぬ者の言う事を、何故、ヒナ様が気にしなければならないのでしょうか」
レンズがマッチポンプだと言っていました。
対立を煽り、購買意欲を煽る、悪しき資本主義だと。
《ヒナ様、出過ぎた真似をし、大変申し訳》
『私が生まれ育った国の食べ物は健康的でした、そして大きな国の平均的食事が如何に健康的では無いのかを体験しました。この体型は、その結果です、平均の中央値を採用した結果ですが健康体重の範囲内です。なのにアナタには醜悪に映りました、当たり前で仕方の無い事は醜悪なのに、国を変える気概も無く身近に毒を吐き続ける事は綺麗な事ですか』
「結果的には褒められる為に他者を貶めた、例え悪意が無くとも、誤った常識を押し付ける事は醜悪な行為では無いのでしょうか」
何で、どうして過去の事まで知られてるの。
何故、どうして。
《ですが、その時は、良かれと思い》
「ココを良くご覧になれば分かる筈です、如何にご自分が間違っていたのかを」
《アナタ、さっきから》
「豊満な方、男性でありながら女性の恰好をしている方、美しいのに常に簡素な方。様々な方がいらっしゃいます、ですが悪では無い、それは向こうと本当は同じなんです」
《私はただ、良かれと》
「その基準点の修正をすべきだった、何故です、ココは違う世界ですよ」
『己の価値観に縋り続けるしか無かった、何故なら彼女の様に過去の自分を責めなければいけなくなってしまうから、自己を否定する事を避ける為に他者を否定した。そして取り入る事で正しさを証明しようとした、成程、そうですか』
《この子だって!》
『事情が有るのかと聞いてくれました、アナタのように押し付けず私が話すのを待ってくれました、しかも彼女は改めて勉強までしていました。アナタには試練の間が相応しい、少しは分かると良いですね』
私に、ココは相応しく無い。
例の彼女が送られた先を見学させて頂いて、私はそう考えるしか無かった。
「どうか、私も試練の間へ、お願い致します」
『何故です』
「私も、嘗ては死に至らしめた者です、償いをしなければならない」
趣味を作れぬ理由が有るのかも知れない。
食べる事に依存する理由が有るのかも知れない。
その体型に至るには、何かが有るのかも知れない。
私はそこに思い至らず、ただ食べて太っただけ、我慢し運動すれば痩せる。
そう彼女を励まし、貶めた。
何かしら病を抱えているのかも知れない。
もしかすれば、食べさせられているのかも知れない。
そんな事を考えもせず、ただ自らの正義や善意を押し付けた。
そして彼女は亡くなった。
『大変ですよ』
「はい、承知しています、ですがこのままでは生きられません」
せめて、彼女が苦しんだ分だけ償わなければ。
この天国には居られない。
『分かりました、帰りを楽しみにしています』
「はい、ありがとうございます、ヒナ様」
1つだけ、分かって欲しい事が有る。
あの時の私には、本当に善意しか無かったのです、例え歪んだ考えだったとしても。
ごめんなさい、理解しようともせず、本当にごめんなさい。
《痛かっただだろ》
もう既に反省し理解している彼女を、試練の間は吐き出しました。
誰かが間違えて入っても、こうして排出される仕組みです。
「ココは」
『私の家の庭です、そして彼は私の兄です』
「何も」
『アレは被害者の怨嗟の塊です、少なくとも試練の間が許し納得したなら、それ以上の事は起こりません』
《アレは償いが行えるかどうか試される場だ、単なる自傷行為より、誰かの幸福の為に動いた方が良い》
「でも、関わる事が、怖いんです。また、無意識に誰かを傷付けてしまうかも知れない」
《なら補佐を頼めば良い、関わらなくても出来る事を探せ。本当に償う気が有るなら、そうすべきだ》
『はい、そうです』
償いの方法を考えるのも、償いの1つです。
どうすれば自分なら許せるのか、本当に身を置き換え考えらえるなら、試練の間は誰も傷付けません。