119 2人の少女。1
ふっくらとした少女を心配する者が2人。
《ヒナ様、遊びに行きましょう》
『結構です、本を読んでいますので』
《それだけでは不健康ですわ、さ、遊びに参りましょう》
『ご心配無く、結構です』
《ですから》
「あの、ヒナ様、この本について少し宜しいでしょうか」
『はい、どうぞお掛け下さい』
「ありがとうございます」
2人は共に、ヒナ様の心身を心配してらっしゃった。
ですが2人の思惑はすれ違い、見事に問題を生じさせた。
《アナタ、以前に割って入ってらっしゃった方よね》
「すみません、先日はお邪魔致しました」
《一体、あんな風に取り入ろうとなさって、何のつもりですの。ヒナ様の健康をお考えではありませんの?》
「そんなつもりは無いのですが、ご不快な思いをさせてしまったなら謝罪致します、申し訳御座いませんでした」
《今後、邪魔しないで頂ければ結構よ》
「はい、承知しました」
今の私には、友人になろうとしている者が2人居ます。
1人は外で遊戯をと誘い、もう1人は今でも近くで様子を伺い続けています。
《ヒナ様、そう毎日本ばかりでは》
『今日も彼女と読書の感想を話し合います、下がって頂けますか』
私は本が読みたかったので、彼女を利用しました。
獣と魔獣は私の知らない知識だからです。
《私は、ヒナ様の為を思うからこそ、こうしてお誘い申し上げているのです》
私は健康体重の範囲内、上限ギリギリの筈ですが。
どうしてか、不健康に思えている様です。
『そうですか、では詳しくお伺いします』
《その体型では不健康ですわ》
いいえ、確かに上限ギリギリです。
学園の侍医にも確認しました。
『それだけですか』
《それだけで無く、このままでは醜く太る一方。勿論、健康の事もですが、将来誰にも選ばれなくてはあまりに悲しい結末ですもの》
子供が太ましいは良い事だ、レンズもネネさんもそう言っていました。
なのに、何故、どうして醜いなどと言うのでしょうか。
『後は何か』
醜いと本気で思っているのですね。
《他にも御座いますが、どうかお体の為》
『分かりました、ですが約束を曲げるワケには参りませんので』
《分かりました、失礼致しました》
醜いと思うなら、関わらなければ良いだけの筈。
一体、彼女は何がしたいんでしょうか。
『アナタを口実に使いました、実行はお任せします』
「あの、不躾だとは重々承知の事なのですが、ヒナ様は何かお体に」
『いえ至って健康です、今は本を読みたい時期なだけです』
愛の図書館で借りた本です。
今は愛を知りたいのです。
「では、お怪我や運動へのご不安は」
『いえ有りません』
「では、お悩みは」
『有ります』
「そうでしたか、ありがとうございます」
『アナタはどうですか、健康などについて』
「いえ、ただ悩みは有ります」
『そうですか』
私の悩みは人種についてのみです。
分からない事を解決しても、次から次に分からない事が出てきます。
今も、こうして分からない事が増え続けています。
何故、どうして。
「おはようございます、お母様」
《おはようございます、あら、早起きですね》
「はい、夢を見てしまい、起きました」
《悪夢でしたか》
「半々、でした」
《夢は時に悩みの圧縮、解放を行っているそうです。いつでも、ご相談をお受け致しますよ》
「はい、ありがとうございます」
私は転生した。
この思いもしない地で、地獄と呼ばれる場所で。
けれど名とは逆の場所。
様々な外見の者が存在している。
そして、常識も幾ばくか違う。
けれど、私にとっては天国。
『ありがとうございます、お陰で体重が減りましたわ』
「私も」
《大した事は無いですわ、適度に食べ身になる運動をしっかり行えば、誰しも美しい体を手に入れる事が出来るんですもの》
『流石ですわ』
「コレからもご指導下さい」
《勿論、皆様の為ですもの》
いえ、やっぱり地獄です。
以前の私は、痩せている事を美とし、善とした。
そして少しでも美容体重から外れている者を、可哀想な者、醜い者とした。
貶めているつもりも、悪としているつもりも無かった。
本気で心配していた。
美しくなければ蔑ろにされる、だから心配し、手助けしていただけだ。
そう考え、そう実行していた。
けれど、同級生は私の言動により、亡くなった。
「おはようございます」
《今日こそ、邪魔しないで下さいね、私はヒナ様の為を思い助言しているのですから》
私も、以前の私も、そうだった。
「はい」
私の痩せた姿を見て喜び、本気で安心し、心配していたと言われ。
私はもう、生きる事が出来なくなってしまった。
ありのままを愛せと言いながらも、太っている事を醜いとし、悪とする。
誰も害していないのに、ただ太っていると言うだけで揶揄され、通りすがりに悪態を吐かれ。
相談すれば全ては太っている事が原因とされ、例え何も言わずとも、心配と言う名の過剰なお節介を受ける事になる。
幾ら善良に過ごそうとも、太っているだけで、さも犯罪者か病人の様に扱われ。
全ての悪い事は太っているからだ、とされた。
愛されない事も、就職やバイトに受からない事も、犯罪に巻き込まれる事も。
謗られる事も馬鹿にされる事も、何もかも、太っている事を絡め私を責める。
それは褒める時でも同じだった。
どんなに可愛いネイルをしようとも、痩せていればもっと可愛いのに。
もう少し痩せれば、もっと似合う。
その悲しみは痩せれば消える。
痩せれば変わる。
そう暗喩されない為に、私は痩せた。
痩せれば幸せになる。
痩せれば悩みは消え、愛されると思っていた。
けれど、寧ろ悩みは増えた。
素敵になったわね、じゃあ次は髪色ね、髪型ね。
ネイル、服装、更なる食事制限や運動について最先端を追い続けなければならなくなった。
大好きだった編み物をする時間も無く、私は私では無くなっていた。
他人が好む言動をする私、太っている事を悪とし、以前の私を否定しなければいけない私。
太っている事を気にし、健康の心配をするフリをしながら美しくないと暗にほのめかし、こちら側に同調しなければ更に圧力を掛ける。
私は病的に痩せる行為へ傾いた。
けれど誰も心配せず、次々に褒め、痩せる行為を止められなくなった。
そしてとうとう、病院へ運び込まれる事になった。
けれど、そこでも私は否定された。
ありのままの自分を受け入れるべきだ、と。
受け入れさせない人が多いのに、どうやって。
このままで私は大丈夫。
そう言うと今度は泣きながら訴えて来るアナタが居る限り、私は私を受け入れられない。
太っている事を醜いとし、悪とする者が大勢居るのに、排除しようとするのに。
どうやって、その中で私を貫けと言うの。
私には分からなかった。
もう生きる事が苦痛で仕方無い。
痩せる事と美しさの事ばかり考える悪魔の様な人達の中で、私は生き方が分からなくなった。
弱い者と言われても、もう構わない。
悪魔同士、潰し合えば良い。
善意と言う名の偽善を押し付け、押し付けられ続けなければいけないなら、自由を選ぶ。
例え地獄に落ちようとも、寧ろ私は死へ向かう。
天国が偽善者の場所なら、地獄では寧ろ、ありのままに生きられる筈なのだから。